第109話 該当者がいない……?
「え、お兄さん、レインさんのこと……男性だと思っていたんですか……?」
「気付いていたなら教えてくれよ!?」
温泉での一件について、今や唯一の俺以外の男となったノエルに話すと、予想外の返事が返ってきて面食らった。
「あ、あんなに美人な男性がいるわけないですよ……」
「お前がそれを言うか?」
むしろノエルがいたからこそ、男でもおかしくないと思ったのかもしれない。
「た、確かに、変なだなとは思ってました……レインさんにだけ、男性用のお風呂とトイレを教えてましたし……」
「マジでそのときに指摘してくれ……そうしたらあんな悲劇は起こらなかっただろう……」
とそこで、俺はあることに思い至る。
「待て。ノエル……お前は本当に男だろうな……?」
「ぼ、ぼくは男ですよっ!?」
「もはや実際に確かめるまでは信じられん」
「そ、そうですか……それならっ……今ここで……っ!」
覚悟を決めた顔になったノエルが、パンツに手をかけたところで俺は慌てて止めた。
「いや、別に見せなくていい! 脱ぐんじゃない!」
「でも、だったらどうやって確認するんですか……っ!? ぼくの年齢だと、女の子でもまだ胸は膨らんでないでしょうし……」
「信じる! 信じるから! だからこんなところで脱がないでくれっ!」
男の子とはいえ、その裸をチェックするなんて完全に変態である。
しかも見た目は男の娘なのだ。
傍から見たらヤバい光景にしか見えないだろう。
「じゃ、じゃあ、そのうち一緒に温泉に入ろう。その方がまだマシだ」
「……分かりました」
ちなみにあの後、レインには本当のことを伝えて謝った。
彼――いや、彼女もまさか俺が男だと勘違いしているとは思っていなかったらしい。
『では、男女だと、裸で温泉に入ったりはしないのか……?』
『まぁ、一応ないこともないんだが……混浴っていう言葉もあるし……』
『なるほど……ないこともないのか……』
『?』
『い、いや……確かに最初は恥ずかしかったのだけれど、やってみたら開放感があって、なんだか少し、その……気持ちよかったというか……興奮したというか……だから別に今後はその混浴でいいんじゃないかなっていう気も……』
もしかしたら俺は、眠っていた彼女の変な性癖を目覚めさせてしまったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
バルステ王国第四王女セレスティアは、その吉報を驚きをもって受け止めていた。
「旧テスラ王国を支配していたアンデッドが倒された……?」
「はい、間違いありません。夜が明けることがなかったあの地域に、太陽が出ていることも確認されております」
今からおよそ十年前。
バルステ王国と隣接していた小国、テスラ王国に突如として現れた最上級アンデッド。
危険度Aに指定されたその凶悪な魔物によってテスラ王国は滅ぼされ、それ以来、同王国領はアンデッドモンスターが蔓延り、永遠に朝が来ない魔境と化していたのだ。
「かつて我が王国からも援軍を派遣するも、大きな被害と共に撤退を余儀なくされました……そのアンデッドが討伐されるとは、一体何があったのですか? 今もなお国を取り戻すために活動しているという復興騎士団だけでは、戦力的にとても難しいはず……」
「詳しいことはまだ調査中ではございますが、どうやら勇者様が彼らに協力し、共に戦ったようです」
「勇者様が? ですが、少なくともわたくしの知る限り、テスラ王国に挑戦中の勇者はいなかったはず……」
かなり自由な行動を認めているとはいえ、勇者たちの動向はある程度、把握しているはずだった。
なにせ彼女が主導し、彼らをこの世界に召喚したのである。
「把握できていないのは数人だけ……ただ、ドラゴン級の勇者は全員、最近の居場所が分かっています。かなり動向が掴みづらいイチノセ=リン様も、しばらく大樹海に挑んでいたそうで音沙汰がありませんでしたが、つい先日、王宮に顔を出されましたし……」
となると、ドラゴン級以外の勇者ということになる。
「まだ確定ではございませんが、今のところ、タナカ=ウサギ様である可能性が有力です」
「……なるほど。確かに、あの方なら……」
ユニコーン級の【シーフ】だが、幾度となくよく死に戻りながらも、ドラゴン級に勝るとも劣らない数々の実績を積み上げているのが勇者ウサギだ。
しかも常にソロである。
「自由人過ぎて、まったくコントロールできない方ですが……まさか、これほどの活躍をされるとは……」
「そしてもう一人、別の勇者様が関わっていた可能性が」
「もう一人? どなたでしょう?」
「それが、こちらはあまり目撃情報もないようでして……それでも数少ない情報からその特徴を整理してみたのですが……まったくそれに当てはまる勇者様がいらっしゃらないのです」
「該当者がいない……?」
不思議な話に首を傾げるセレスティア。
しかし実は、該当者がいないわけではなかった。
単にその勇者――アナイ=マルオの存在が、忘れられていただけである。
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