少女は平凡を愛する
凪司工房
1
平凡という言葉に誰もあまり良い印象を抱かない。それは普通もそうだし、いい人だって大差ない。けれど大半の人間は平凡だし、
「おはようございます」
俯き加減で校門の前に立つ教師たちの目線を避けるように小声でそう返すと、
「美波。あんたってほんと平凡ね。成績も教科によるけど中の上から中の下、顔もあたしに似て普通、友だちがいない訳じゃないけど通知簿にもう少し積極的になりましょうということ以外に先生が書くことを見つけられないくらい、何の特徴もない。もっとこう、なりたいものとか、夢とか、自己表現とか、そういうのないの?」
昨夜の食事の席での母親の言葉だ。実の娘に向かって“平凡”という言葉を否定的な意味で使い、今の状態が悪いものと決めつける。彼女は小さい頃からそうだ。隣の芝生を青く見すぎていて、おそらくそういう人生を送ってきたのだろう。他人が
ただそれを娘に押し付けないでもらいたかった。
けれど平凡を愛する美波はわざわざ反論したり正論をぶったりはしない。
――うん。あんまり。
自己表現の苦手な、内気な思春期の女子を演じる。
周囲から意に介さない言葉を掛けられても言い返さなければ良い。抗わず、立ち向かわず、流れが収まるのを待つ。張り合いがないと感じた途端に彼らは美波を「平凡」という箱に押し込めて、去っていく。そうすればもう美波の勝利だ。
本当の勝利というのは見えない場所にこっそりと埋まっている。
グラウンドの桜がほぼ葉桜に変わってしまったこの日も、美波の一日は平凡という言葉に実に従順だった。
その安堵を抱えて地下鉄のホームに下りてくると人は
――あ。
ホームの対岸だった。文庫本から顔を上げて思わず視界に入れてしまったのは、真っ赤なショートヘアを揺らしてスマートフォンで音楽を聞いている同世代の女子だ。オレンジや紫の派手な迷彩柄のパーカーを着て、下はワニの革だろうか、
この派手な少女の名を、美波は知っていた。
――あんな風にはならない。
そう誓った彼女のその後のことをよく知らないが、相変わらず目立っているところを見ると、性格はひねたままなのだろう。美波は視線を合わせないように文庫本へと顔を戻したが、小さな光を感じて再度、ホームの向こう側を見る。何がおかしいのだろう。須藤紅音は美波のほうにスマートフォンを向け、笑いながら何度かシャッターを光らせた。
その一分後にLINEの着信音が鳴り「ひさしぶり」というメッセージと共に、美波の、びっくりして眼鏡の奥で目を大きくしている写真が貼り付けられていた。
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