君との約束、きみとの契約

かしわ 晴

……プロローグ

 ――八月一日。

 あれから、一五年という歳月が流れた。


 蝉の騒がしい声が響く朝だった。

 身体を起こし、ベッドサイドに置かれた常温のミネラルウォーターを飲み干す。少しずつ、潮が満ちるように体の奥底へと沁み渡っていく。

 沈殿した空気を入れ替えるために窓を開け放つと、夏の匂いが飛び込んできた。

 湿気を含んだ風がテーブルの上の読みかけた本をはらりとめくる。


 ――部屋をノックする音。

「おはようっ」


 愛する人の声だった。

 扉を開ける。

 辺り一面に花畑が咲き誇るような笑顔が、あの頃と寸分も違わぬままそこにあった。

 僕も同じように「おはよう」と答えて、優しく身体を引き寄せた。


 今日も、僕と君の一日が始まる。


 そして、これから先も、《永遠》に。


「今日は授賞式だねっ」

「未だに自分が小説家になった実感が湧かないよ」


 曲がったネクタイを整えてくれる君。

 あの日、君と語った未来に、僕は……僕たちは、いる。

「あいつも喜んでくれるかな」

 二人の視線は、棚に立て掛けられた数枚の写真の上を流れていく。

 三人で過ごした僅かな季節。刹那の時間。記憶。想い出。


 風が頁をめくった本を手に取り、二人で表紙を眺める。帯には仰々しく、


『――大賞受賞作』


 と、書かれている。


「授賞式の前に、もう一度だけ、読んでいこうか」

「うんっ。あたしたちの足跡を――二人で、一緒にっ」


 * * *


 これから、読んでいく物語は、僕たちの旅路を記した物語だ。


 これは、契約――を結んだ彼女と僕の物語であり、

 そして、約束――を交わした君と僕の物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る