やる気なし天才王子と氷の魔女の花嫁授業

海月くらげ@書籍色々発売中!

第1話 やる気なし王子は政略結婚を引き受ける

「クリステラ王国第七王子たる我が息子、ウィルよ。王子の身分を捨てて自由の身となるか、魔女の国ヘクスブルフとの政略結婚をするか、はたまたわしの後を継いで王となるか――って、聞いておるか?」

「……ん? ああ、聞いてる聞いてる。ばっちり一言一句残らず聞いてたが」


 あくびをして目を擦りながら、俺は声の主へぞんざいな返事をする。


 クリステラ王国王城、玉座の間。

 尊大な物言いで理不尽を叩きつけてくるのは玉座に腰かけるクリステラ王国の国王であり、俺の父親でもあるゼフ・ヴァン・クリステラ。

 深いしわが刻まれながらも老いを感じさせない雰囲気を纏ったその人は、俺を見ながら呆れたように眉間を抑えつつ唸っていた。


「馬鹿みたいに口を開けてあくびをするな! まったく……立ったまま居眠りする奴がどこにおる。寝癖も直しとらん上にネクタイも首にかかってるだけじゃろ」

「気持ちよく昼寝してたとこを叩き起こされたからなあ……素直に来ただけありがたいと思ってくれ」

「それが王に対する態度か?」

「俺のやる気のなさは親父・・も良く知ってるだろうに」


 そう言えば今度は深いため息をつかれる。


「で、なんの話だ?」

「やっぱり聞いておらぬではないか。……王子の身分を捨てるか、魔女の国と政略結婚か、王になるか選べと言った」

「……部屋戻って寝なおしていいか」

「王位を継ぐということでいいんじゃな?」

「冗談は顔だけにしてくれ。将来の夢は一生働かず三食昼寝付きで生活すること――なんて言ってるろくでなしが国王はどう考えても無理だ。一夜で反乱がおきて国が崩壊する自信がある」


 そうなったら最後、愚王の俺は処刑されてしまう。

 俺はそんな未来を望んじゃいない。


「やる気を出せばよかろう。お前にはそれだけの才能も、能力もあることをわしは知っておる」

「……出せるなら『やる気なし王子』として白い眼を向けられる生活にはなってないだろうな。面倒だからどうでもいいが」


『やる気なし王子』。

 それは第七王子である俺——ウィル・ヴァン・クリステラにつけられた蔑称・・だ。


 王子としての責務を全うすることなく日々を怠惰に過ごし続けた末に囁かれ始めたその言葉を王国内で知らぬ者はいないだろう。


 だからといって俺は自分を改めない。

 正確には改められない・・・・・・、が正しいのだが。


「前も似たような話をしたな。あの時は確か……放逐か、魔術学園に通うか、王子として公務をするか、だったか」


 俺が思い出したのは二年前のこと。

 あの日も俺は親父に呼び出され、その三択の内から一番楽そうな魔術学園に通うことにしたのだ。


「学園生活のことは耳に挟んでいるぞ。成績は常に最低辺の上、『やる気なし王子』と馬鹿にされていることも」

「環境で人は変わらないといういい例だな」

「実に嘆かわしい! 本気のお前なら魔術学園で主席を取るくらい造作もないだろうに……」

「やる気なし王子が首席なんて取ったら悪目立ちするだろ? そういうのは望んでないんだよ」


 あからさまに残念そうな素振りを見せる親父は放置して、さっきの言葉についてを考える。


 選択肢は放逐、政略結婚、王の三つ。


 放逐は絶対にナシだ。

 俺がこの生活を出来ているのは王子という立場があってのことだから、これを捨てるのはあり得ない。


 次に王……これも絶対に嫌だ。

 そんな面倒なことをする気はないし、仮に王になったところで他に王位継承権を持つ王子や王女が俺の王位を奪おうと反乱を仕掛けてくるのが目に見えている。

 よって王になるのも却下。


 最後に残るのは政略結婚なわけだが――


「魔女の国? 休戦協定か」

「その通りだ。我々クリステラ王国と魔女の国ヘクスブルフは戦争関係にあったが、この度休戦協定を結ぶ運びとなった。そのことを内外へ周知させるための政略結婚というわけだ」

「……それ、俺以外じゃダメなのか?」

「その歳で婚約者がいないのはお前くらいだ」


 呆れたように見られるが、俺に婚約者がいないのは当然だとも思う。

 王族とはいえ誰が好き好んで遊び惚けているように見える俺と結婚したいと考えるだろうか。

 地位に興味のない者ならあるいは……と思ったが、だとしても俺と結婚なんて願い下げだと遠回しに断られるはず。


 それこそ、相手側にどうしようもない事情でもない限り。


 とはいえ三択の中で一番楽なのは政略結婚だとも思う。

 そもそも働くつもりも王になる気も最初からない俺が取れる選択は政略結婚だけ。


 元より王侯貴族なら避けては通れない道だ。

 政略結婚に愛はいらない。

 必要なのは互いの利益と建前だけ。


 政略結婚の材料くらいしか俺の王族としての利用価値はない。


「面倒だ」

「引き受ける気になったか?」

「初めから俺に押し付けるつもりだったくせによく言う」

「息子の将来を想ってのことだ。お前にとっても悪い話ではないはずだぞ? 政略結婚を受けるのなら当面はわしからお前をどうこうするつもりはない」

「……本当か?」

「本当だとも。魔女の国との休戦協定は急務だ。これ以上、国内を疲弊させるわけにはいかんからな」


 魔女の国ヘクスブルフとの戦争が始まったのは六年前。

 発端はクリステラ王国で採掘できる魔水晶……様々なものに加工可能な魔術資源を巡っての領土争いだ。

 兵が衝突、消耗しながら一進一退の攻防を繰り広げていたのは昔のことで、最近では小康状態に入ったのか小競り合いが数えるくらいしか発生していなかった。


 お互いに無駄なことだと気づいたのだろう。

 王国は正式な貿易として魔水晶を魔女の国に輸出すれば済むことで、魔女の国はただでさえ少ない兵力を温存しながら魔水晶を手に出来る。


 しかし、お互いになかったことにしましょう、と簡単に話をつけることは出来ない。

 戦争期間を過ごしていた国民を納得させるには相応の理由が欲しい。


 そこで持ち上がったのが休戦協定に付随した政略結婚なのだろう。


 親父の言う通り、俺にとっては悪い話ばかりではない。

 政略結婚を維持している間は王族をやめさせることも、王位継承させられることもないが苦労はするだろう。

 

 面倒だ、と思いながらため息をつき、せめて格好だけでも整えようと片膝立ちをして胸に右の拳を当て、国王へ頭を下げる。


「――第七王子ウィル・ヴァン・クリステラの名において、政略結婚の件、謹んで拝命いたします」


 王族らしい所作と振る舞いで受け答えしたのはこれが俺の意思ではなく王族という立場だから引き受けたのだと印象付けるため――つまりは自分に対する言い訳だ。

 俺は『やる気なし王子』で、出来ることなら何もせずに生きていたいのだから。


「そうか、そうか! 引き受けてくれるか! 流石はウィルだ! 肝心の婚約相手のことだが――」

「誰だろうと平等に興味がないから言わなくていい。相手も同じだろう? 俺の評判を知っていれば期待するわけがない」

「……ふむ。ならばわしからは何も言わん。精々楽しみにしておけ」


 その親父のにやりとした笑みがどうにも頭に残っていたが、何か裏でもあるんだろうと勝手に納得して王座の間を去った。


―――


あとがき


お久しぶりの新作です。20時過ぎにももう一話更新します!

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