第16話 忘れなさいよ、変態
よくわからない感想を最後に大人しくなったリリーシュカの手を繋いだまま駅を離れ、やっとのことでクリステラの街に出る。
耳朶を打つ喧騒。
多数向けられる視線をものともせず我が物顔で歩きながらリリーシュカの様子を横目で確認すれば、物珍しそうに街の建造物や行きかう人へ視線を巡らせていた。
「――ヘクスブルフとクリステラの街は違うか?」
「申し訳ないけれどわからないわ。ヘクスブルフでは街に出る機会が少なくて記憶が定かじゃないの」
「悪いことを聞いたか」
「いいわよ別に。悪気があったわけじゃないでしょう?」
「それはそうだが……」
どうやら早速話題を間違えたらしい。
故郷の街の話題で破綻するなんて流石に予想できなかった。
……というか街の記憶が定かじゃないってどういうことだ。
普通に生きていれば街に出る機会なんていくらでもあるはず。
俺も散歩がてら街を歩くことがある。
リリーシュカにはそれすら出来ない理由があった?
「あなたが気に病むことは欠片もないし、今を楽しむ方が建設的だと思わない?」
「一理あるな」
「街を楽しむより先にドレスの仕立てよね」
「無事に終わったら昼食と、気になった店でも見ていくか。学園の購買部じゃ買えない物もあるからな。もちろん支払いは俺持ちだ」
「……そのお金、怪しい手段で手に入れたものじゃないわよね?」
「政略結婚での予算に組み込まれているものだから実質俺の稼ぎと言っても差し支えないだろ」
「自慢げに言うことじゃないと思うのだけれど……?」
困惑気味なリリーシュカだが、俺がまともに働くと思っていたのだろうか。
この金は王子としての責務を全うする対価。
紛うことなき正当な理由で得た金銭である。
「でも……俺は結構楽しみにしてるぞ、リリーシュカのドレス姿」
「似合う気はしないけれどね」
「そうか? リリーシュカの体格なら似合わないなんてことは――」
そこまで言葉が出てからリリーシュカのジト目に気づき、口を閉ざす。
握っていた手がより強く握り返され、ほんのりと冷たい体温をさらに感じた。
「……忘れなさいよ、変態」
「誤解だ」
「…………今日のところはそういうことにしておいてあげる。その代わり私のドレス姿が本当に似合っていると思ったら正直に伝えて」
「わかった。嘘はつかないと約束する」
「ならこの話は終わり。それで肝心の仕立て屋は――」
「丁度着いたぞ」
話しているとガラス窓で遮られた向こうに華のようなドレスを着せたマネキンが飾られている小綺麗な店――目的の仕立て屋が視界に入る。
最後に来たのは礼服を仕立てた時か?
王家御用達ということもあり、出入りするのは明らかに身なりのいい上流階級の人ばかりで、リリーシュカは「本当にここに入るの?」と困惑気味に入り口を見つめていた。
「圧倒されてないで中入るぞ」
このままだと立ち尽くしたまま時間ばかりが過ぎる気がしたので声をかけて手を軽く引くと、おずおずと隣に引っ付いてくる。
扉を引いて店内に入ると妙齢の女性が笑顔で駆け寄ってきた。
「これはこれは……ウィル様、ご来店誠にありがとうございます。一年ほど前に礼服をお仕立てさせていただいた以来でしょうか」
「そうだな。今日の予定は全く別だが、その様子だと話は伝わっているのか?」
「書状にてお知らせいただいております。お連れの女性が
女性の見定めるような目がリリーシュカへ向けられる。
恐らく店側が知っているのはリリーシュカが俺の婚約者であることだけ。
政略結婚云々の話は伝わっていないはずだ。
だが、国内の貴族を余すことなく相手取る仕立て屋はリリーシュカが国の人間じゃないことくらいは容易く見抜く。
「……ウィルの婚約者、リリーシュカ・ニームヘインです。本日はよろしくお願いします」
少しだけ迷うような素振りを見せた後にリリーシュカが伝えて腰を折ると、女性の方は口元に手を当てて僅かに目を見開いた。
そして微笑ましい笑みを浮かべて視線を俺へ。
「随分とお熱いのですね。まさかウィル様がお名前だけで呼ばれているとは思いませんでした」
「婚約者にいちいち様を付けさせるとか俺は何様なんだよ」
「クリステラの第七王子様でありますが?」
「……本当に面倒な立場だな」
この女性とはなんだかんだで幼少期から付き合いがあり、やる気なし王子と呼ばれてからも態度を全く変えないために、どうにも頭が上がらない。
「ともかく、今日はリリーシュカのドレスの仕立てを頼む」
「承りました。であれば採寸からいたしましょう。リリーシュカ様、奥の部屋へご案内いたします。ウィル様は別室でお待ちいただければと」
リリーシュカを送り出し、俺は別室へ通される。
貴族を相手にしても失礼のないほど整えられた内装の部屋。
ソファに腰を落ち着けてすぐ紅茶と茶菓子がテーブルに運ばれた。
紅茶の方は見慣れたものだが、茶菓子は初めて見る一口サイズの黒い立方体。
「見慣れない茶菓子だな」
「こちらは最近王都にて流行しているチョコレートという菓子になります。南国原産の植物を原料として作られた後を引く甘さが特徴的な一品です。よろしければご賞味ください」
「……なるほど。学園にいる間にこんなものが流通していたとは知らなかった。ありがたく頂こう」
聞いたところ甘い菓子のようだから食べられないことはないはずだ。
物は試しとチョコレートを摘まみ、口に運ぶと――味わったことのない濃厚な甘さが口全体へ広がった。
「いかがでしょうか?」
「……美味いな。もう少し甘さ控えめの方が俺は好きだが、確かにこれは人気になるのも頷ける」
「お口に合ったのであれば幸いです。こちらにご用意はありませんが、大通りのお店の方では甘さ控えめのビターチョコレートが販売されていますよ。もしお買い求めのご予定がありましたらこちらからご連絡しておきましょうか? 何分人気の商品となっていますので、売り切れの可能性もありまして……」
「……いや、いい。自分で足を運ぶ。どうせ俺は暇を持て余しているからな」
「左様ですか」
俺への反応に困ったのか、紹介をしてくれた若い男性は苦笑していた。
だが、その目を見れば俺への嫌悪を示すものではないとだけわかる。
本当にここの人間は教育が行き届いているな。
そこらの貴族よりもよっぽど人間が出来ているぞ。
ずる賢くならなければ貴族社会を生き抜けないのかもしれないが、その反例の最たる人はレーティアだろう。
逆に言えばあそこまでの圧倒的な才覚が必要なのかと思うと、それを全員に求めるのは酷かもしれない。
チョコレートの感想を聞き届けた男性は一礼して部屋を去る。
一人残された俺はチョコレートを摘まみつつ紅茶を嗜み、テーブルに置かれていた新聞にぼんやりと目を通しながら時間を潰す。
そうすること数十分ほどで部屋の扉が控えめにノックされた。
数秒待ってからゆっくりと扉が開き、何やら疲れた顔をしたリリーシュカと妙齢の女性が部屋に入ってくる。
リリーシュカが俺の隣に座ると疲労を滲ませた息をつく。
対面に女性が座ると一つの冊子をテーブルに置き、
「お待たせいたしましたウィル様。リリーシュカ様の採寸の方が終わりましたので、ご一緒にドレスの方を選びませんか?」
「……俺はいなくてもいいと思うんだが」
「大切なパートナーのドレスですよ? それにリリーシュカ様はこういった経験がないと聞きました。経験豊富なウィル様がリードせずしてどうするのですか」
それはそうだが……と眉間にしわを寄せていると、そっと袖が引っ張られる感覚。
指先で袖を摘まんだリリーシュカの上目遣いが間近で刺さる。
「…………お願い。私と一緒にドレスを選んで。あなたに恥をかかせたくないの」
縋るような口調に、庇護欲を掻き立てる眼差し。
……こんな顔をするやつだっただろうか。
「リリーシュカになにか仕込んだか?」
「仕込んだとは人聞きが悪いじゃないですか。わたくしは大切なお客様のために有効であろうアドバイスをしただけです」
「……全く、ああいえばこういう。完全に善意でやっているのも質が悪い」
女性も俺に責めるつもりがないことをわかっていたため、返ってくるのは笑顔のみ。
「迷惑……だったかしら」
それをわかっていないリリーシュカは神妙な表情で聞いてくるものだから、俺は頭を軽く掻いて「違う」と一言。
「リリーシュカが俺とドレスを選びたかった理由は恥をかかせないため――つまりは俺の面倒事を減らすためだ。それをどうして俺が責められる?」
「……なんていうか、色々と台無しよ」
「俺は心底真面目に言っているんだが」
どうして俺の方が呆れられているんだ?
その後リリーシュカのドレスを選ぶこととなったが……まあ、本人は満足していそうだったからよしとしよう。
―――
しばらくはラブコメ。ラブコメ……?多分ラブコメ。
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