戦略にゃっ!

「にゃー」

 こうやって、鏡で見ると、お母さんによく似た顔で、私すごく可愛くない? 犬派だったけど、猫もありだな。チャールズがつけてくれた、鈴のなる首輪も似合ってる。


 数日経って、チャールズの部屋で鏡を見ながら、自画自賛している。

「ほら、そろそろ行くよ? リリー?」


「にゃー」

 私の名前は、リリーに決まったらしい。


 毎朝、チャールズに抱き抱えられて、お城まで行く。といっても、寮から執務室まで思ったより近い。


「おはようございます。陛下」


「おはよう、チャールズとリリー」


「にゃー」


 毎朝ちゃんと挨拶をする。名前まで呼んでくれるなんて、陛下はいい上司だと思う。





ーーーー

「早速だが、一番重要な議題にうつる。」


 チャールズの膝の上に座って、会議に参加する。


「敵国の城だが、このような形状をしている。こちら側から一気に……」


 その地図を見て、ふと思い出す。え、これ、敵方が後ろから攻めてきたら詰むことない? 武田の軍師、山本勘助が川中島の戦いでやったやつ! 啄木鳥戦法だっけ?

 前世の私は、戦国オタクだ。そこから歴史オタクになって、無駄な戦法やら技術やら覚えてる。

 そう思いながら、机の上によじ登り、チャールズの目を盗んで、地図の上に飛び乗った。


「な、リリー! こら!」


 チャールズに止められる前に、地図に向かって猫パンチだ! ほら! 後ろから猫パンチしてるよ! 気づいて、陛下。もういっちょ、仕掛けるか。誰かの使っていた兵隊型のお人形……何これ、もしかして、ライターみたいなやつ? それをここに置いて……前向きで……よし、おっけ!


 チャールズや陛下は、口をぽかんと開けて私を見ている。よし、見ててよ? 後ろからダーイブ! あ、やば、勢いつきすぎた。兵隊落ちた……パリンって気のせいかな? あいつの犠牲の代わりに、兵士の命救って!


「俺の……初恋の人からの贈り物……」とか呟いてる。本当ごめん。



「そうか! ここに隠れておいて、後ろから攻められたら終わるな! リリー、でかした!」


 ゴロゴロ言いながら、陛下とチャールズに撫でられる。ついでに、兵隊の持ち主にお腹見せに行っておこうっと。



 後日、実際に啄木鳥戦法をとろうとしていたらしい敵国に打ち勝ち、兵隊の持ち主と私は褒賞を得た。またたびやばいって! 気が狂うって! 子猫にはダメぇー!






ーーーー

「リリー! ほら、今日の商談だよ?」


 あれから、私は毎回会議やらなんやらに出席するようになった。最初は、偶然のラッキーからの験担ぎ的な参加だった。毎回何かしら見つけていくうちに、私の意図が伝わり、机の上に私の専用席も出来上がった。ふかふかクッション最高。


「恐れ入りますが、猫用品を売りに商人が来てます」


 ふわりと香る、おかあさんの香り。


「にゃ!?」

 慌てて机から飛び降りて、匂いの方へ走る。


「リリー!? どうしたんだ?」


 チャールズが慌てて追いかけてくると、ドアから入ってきた商人にぶつかった。


「シャーーーーー! シャーーーーー!」

 こいつ! 私を捨てた“かいぬし”だ。こいつ! おかあさんに会わせろ!


「すみません。いつもは人に威嚇したりなんかしないのに……」


「ははっ、猫をたくさん飼っておりますゆえ、臭いでもしたのでしょう。私、最近猫グッズの販売を始めましたので、以後、お見知りおきを……」


 “かいぬし”が何かを差し出す。


「シャーーーーー!」

 おかあさんやおとうさん、兄弟たちを、いつもいじめておいて、よく私の前に顔を出せたな! 許さないぞ!


「こら、リリー。落ち着きなさい」

 チャールズに抱き上げられ、“かいぬし”と目が合った。


「おや……?」

 商人が私の顔を見て首を傾げる。


「シャーーーーー!」


「どうかなさいましたか?」

 チャールズが問いかける。


「いや、うちの猫に顔がそっくりなもんで、驚きまして……まぁ毛色は全然違うんですがね、ははは」


「この子は、森で死にかけているのを拾ったので、もしその猫ちゃんが保護猫なら、血の繋がりがあるかもしれませんね」


「森……? それはそれは、こんな素敵な飼い主さんに助けてもらえて、ついていたね? 子猫ちゃん」


「シャーーーーー!」

 私を捨てたお前が言うな!


 この国では、動物を虐待したり、飼育放棄することは禁じられている。“かいぬし”の行動だって、陛下たちにバレたら、一瞬で牢獄行きなんだからな!

 “かいぬし”もさすがに、あの時の子猫が私だと気づいたようだ。少し顔色が悪くなっている。


「いやいや、リリーは本当に賢くて……拾って助かったのは、我が国ですよ」


「国……猫に国が救えるわけないじゃないですか? 国ですか?」


「いやぁ、前に敵国との……」

 チャールズが“かいぬし”に私の行いを自慢し始めた。親バカだなぁ。シャーシャーするのをやめて、チャールズの腕にしっかり引っ付いておく。すると、話を聞いていた“かいぬし”の目の色が変わってきた。なんかその目、すごく嫌だ。


「素晴らしい子猫ちゃんですね! ぜひ、うちにもそんな子猫ちゃんがほしいくらいです」


「今いる猫ちゃんたちも、隠れた才能があるかもしれませんよ!」


「シャーーーーー!」

 おかあさんたちを大切にしなかったら、許さないぞ!




ーーーー

 翌週から、私を狙う人が現れた気がする。チャールズがぱぱっと追い払ってしまうが、確実に私を取り返そうとする“かいぬし”の行動であろう。


「にゃー」


「天才猫リリーとして、有名になっちゃったのか、君に会いたがる人が増えてね……狙われてそうだね? モテモテだ」


「にゃー」

 嬉しくないにゃん。


「僕が守ってあげるから、そばにいてね?」


「にゃー!」






 その日の夜、私がそっとトイレに抜け出したときに何者かに攫われた。ちりん、という音を残して。


「にゃ……」

 トイレだけ寮の共有部分にあるから、油断した。こんなことになるなら、そっと1人で扉を開けた抜け出すんじゃなくて、チャールズを起こせばよかった……。




ーーーー

「にゃー?」

 起きて、私のかわいい子猫ちゃん。帰ってきてくれたのね。


「にゃ…?」

 おかあ…さん? おかあさん! 私ね、リリーって名前をもらってね! 優しいチャールズに育ててもらっててね、それから、それから……あれ? ここは……“かいぬし”の家だ。


「にゃ」

 おかあさん、私と一緒にここを抜け出そう? 見たところ、兄弟たちはみんな売れたんだよね? おとうさんも連れて、抜け出そう? チャールズなら、私たちを育ててくれるよ?


「にゃー」

 抜け出すなんて、私たちには無理だよ。あの鍵付きの扉、見てごらんよ? おとうさんは、夜だけしか同じ部屋に入れてもらえないし。


「にゃっ」

 大丈夫。私に案があるの。

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