キミのシルシ

みやぎ

第1話

よしくんっ………‼︎由くん‼︎鷲見すみよしくん‼︎」



 チャイムと同時に教科書をリュックにしまって、礼が終わると共に教室を出た。



 呼ばれてることには気づいてた。でも聞こえないふり。知らねぇ声だし知らねぇ。

 学校で俺に話しかけて来るヤツなんかひとりしか居ねぇんだよ。そいつじゃねぇ声だから知らねぇ。ほっとけ。俺は誰とも関わる気なんかねぇ。



 少しズレた気がするマスクを直しながら止まらず歩く。

 エレベーターの降下ボタンを連打。エレベーターは1階。そしてここは4階。

 エレベーターが早いか、追いつかれるのが早いか。



 追いつかれたら面倒だ。



 俺はエレベーターを諦めて階段に足を向けた。



「由くん‼︎」



 背中に聞こえる声。



 だから誰だよ、お前。



 チラッと見た俺の目にうつったのは、見たこともない男。

 白いパーカーにちょっとダボっとしたパンツ。

 髪の毛がふわふわしてて、わたあめだなって思った。



 そして思う。やっぱり知らねぇって。



 スルーして行こうと階段を降り始めた俺に、わたあめは叫んだ。



「鷲見由くん‼︎好きです‼︎僕と付き合って下さい‼︎」



 はあ⁉︎って思わず振り向いた。そいつを見た。思いっきり。



 わたあめだ。



 ………じゃ、なくて。

 何言ってんだ?こいつ。男だと思ったけど女なのか?



 って見ても、やっぱり男だと思う。男………だよな?



 わたあめの声を聞いて、まわりがざわつき始める。誰だ告白してるやつ‼︎とか、きゃーとか。



 わたあめが、階段のてっぺんから俺を見てる。

 わたあめを、階段の真ん中らへんから見上げてる。



 何が嬉しいのか、わたあめは俺を見て笑ってた。



 ………こいつ、脳みそもわたあめなのか?



「おい、男が男にコクったのかよ‼︎バッカじゃね⁉︎」



 誰かの声に、我に返った。



 そうだ。その通りだ。男が男にコクってどうすんだよ。ないだろ、それは。それに俺は。



 ………誰ともつるむ気も、付き合う気もねぇよ。

 っていうか、見たらお前だって二度とそんなこと言わなくなるだろ。



 もうクセになってる。



 俺はズレてもいないのに、マスクの位置を直してからわたあめに背中を向けた。



「由くん、また明日ねっ」



 俺の背中に、わたあめの声が聞こえた。たくさんの揶揄いの声と共に。




 俺の名前は鷲見すみよし



 通信制高校の1年生。

 通信制っつってもここはサポート校で、こうして普通に校舎があって、俺は毎日通ってる。別に通わなくてもいいのに。



 単位さえとれば通う必要はない。課題をやって、年に1回の進級試験に合格してスクーリングだけ行けば。



 それでも通うのは、ひとりでマンションに居ることに耐えられないから。



 俺は自分がキライだった。

 名前からすでにキライだった。



 鷲見も、由も。



 鷲見は母方のじいちゃんの名字。

 名前は………名前は、親が考えるのを放棄して、由夫よしおってじいちゃんの名前からとったもの。それでいいわって。母親が。適当に。

 そのときからすでに父親には何の権限もなかったらしい。



 俺は、生まれてすぐ俺はじいちゃんちに養子に出された。捨てられた。だから俺の名字はじいちゃんと同じ鷲見。



 親とはほとんど会ってない。会ったことない。会ったのはほんの数回。確か姉ってやつもいた。

 ほんの数回会っただけの母親と姉ってやつは、会ったときに俺のことを虫ケラみたいに見てた。父親は記憶にもない。多分会ったこともない。



 母親はそれ以外で見る方が多い。テレビで。

 俺にはよく分かんねぇけど、母親はちょっとした有名人らしい。美容の何とかって。

 テレビに出ると、必ずじいちゃんばあちゃんが見るから。それで見た。



 美容………ね。



 だからかって、わりと小さいうちに自分の境遇を理解した。



 階段を降りながらマスクを直す。ズレてもいないのに。

 そうせずにはいられない。ズレてないかが気になる。が。



 ひゅうっ………。



 校舎を出たところで、冬が近づく冷たい風が吹いて、咄嗟に髪の毛をおさえた。長い前髪を。



 俺は自分がキライだ。

 自分のが大キライだ。

 どうしたって好きになんかなれない。のせいで俺は。



 だけに垂らす長い前髪を、顔が隠れるよう、俺はいつものところに行くべく、駅とは反対方向に歩いた。

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