ふーちゃんのバレンタイン

 今日は、2月14日。憂鬱でしかないバレンタインデーだ。しかも、金曜日だから、世間は、やたらと浮ついている感じだよ。ああ、やだやだ。この世の中には、もっと考えるべき問題や、語られるべき重要な話題があるというのに、もらったチョコの数を人と比べて、ああだ、こうだと語るなんて、浅いよね。


「真護君、これ、受け取って」

「明楽君、ハッピーバレンタイン!」


 そう、さっきから、真護と明楽君が、数メートル歩くごとに、女の子たちからチョコをもらっている。忘れていたけど、真護は、侯爵家の跡継ぎの美少年なんだよね。背も高いし。明楽君は、小柄だけど、愛嬌のある丸い目が可愛いので、お姉様たちに人気だ。


 そして、一番人気は、やっぱり、すみれの花歌劇団のスターのようなトーリ君だ。校門のところから、恐ろしい長さの行列ができていて、女の子たちが、憧れの王子様に顔を赤らめながらチョコを渡している。


 いやいやいや、そこの女子達、トーリ君は女の子だよ。


 あーあ。女の子があんなにカバンがぱんぱんになるくらいチョコをもらっているというのに、私ときたら、真護の実姉の絢子姫からもらった義理というか、同情チョコ1つだけだ。それも、今朝、ご本人ではなく、真護から受け取るという色気の無さよ。ビジュか、これがビジュの差なのか。


 ふと視線を感じて、見上げると、教室の窓から、塩見君と笹倉君が手を振っていた。うん、今日は、あの二人が心の友になりそうだ。


 教室に到着すると、岩倉の大姫が、いそいそと私のところに来てくれた。手には、素敵な青い大きな紙袋が。ええっ、もしかして、もしかすると、そういうことなのかな。何だか、ドキドキしてきたよ。


「ふー様、ごきげんよう」

「大姫、ごきげんよう」

「ふー様、これ、バレンタインのチョコなんですが」


 ほらー。やっぱり、名門の公家の大姫ともなると、見る目があるよね。


「陰陽寮の芦屋陰陽師に渡して欲しいんですの。嘉承公爵に【転送】して頂けるように、ふー様から、とりなしてもらえませんか」


 ・・・何、それ。


 親子でダシにされちゃってない?帝国一の魔力保有量を誇る天下の嘉承公爵閣下も、小学生女子にかかれば、便利な転送屋扱いだよ。そして、大姫に渡された紙袋はずしりと重かった。


「姫、何、この重量?」

「土曜クラブの女子一同からのお礼の気持ちですわ」


 土曜クラブの女子一同。一同って・・・それは重いよ。でも、土の魔力持ちの集まりの土曜クラブの裏には、東久迩先生がいるからね。断ったりしたら、底なし沼に誘われてしまうよ・・・もちろん、四条先生が。


 朝から黄昏ていると、真護君と明楽君が両手に紙袋をさげて教室に入って来た。どの袋もチョコでいっぱいだ。ちっ。これ見よがしだな。そして、その後ろに真打登場。すみれの花歌劇団の王子様だ。


「あれ、トーリ君、手ぶらだね」


 笹倉君のつぶやきを聞いて、黄昏の世界から戻って、戸口に目を向けると、本当に手ぶらだった。まさか、受け取りを断ったとか?まぁ、ほんとは、女の子だしね。今日の心の友、笹倉君と塩見君と一緒にトーリ君の様子を伺っていると、次の瞬間、千手観音像が、数歩遅れて教室に入ってくるのが見えた。それぞれの手には、紙袋やきれいに包装された箱を持っている。


 ・・・いやいやいや、そこの美少年。それはダメでしょ。観音様に荷物持ちをさせるとか、どんな罰当たりだよ。


「にゃんころ軍団!」


 すぐににゃんころを10匹出して、観音様のお手伝いに向かわせた。


「あ、にゃんこたち。持ってくれるのか。ありがとな」


 トーリ君好みの金目の黒猫をリーダーにしたので、トーリ君は大はしゃぎだ。明楽君も、ちゃっかり後ろにいたキジ猫を確保している。


「トーリ君、ダメだよ。観音様を荷物持ちなんかで出したら、罰が当たるからね。すぐに、にゃんころ達に荷物を渡して。明楽君も、キジ猫、返して。四条先生が来る前に、早く片付けるよ。でないと、先生、蔵馬あたりに消えちゃうからね」


 蔵馬の天狗から、「魔力持ちの不法投棄は困ります」と、苦情をもらったからね。父様には伝えたけど、学園長先生には怖くて伝えていないから、せめて、未然に解決しておかないと。


「ふーちゃん、意外に信心深いんだよなぁ。ごめん、荷物が多くなり過ぎて自分で持てなくて、 ふーちゃんを真似たんだけど、すぐに造れるのって仏像くらいなんだよ。こういう猫とか可愛い動物は時間がかかるんだ」


 ・・・いやいや、仏像を造る方が、太った猫より数倍、錬成も操作も難しいと思うよ。天才仏師のタマゴの魔力操作の観念が違い過ぎて、ちょっと引く。


「ふーちゃん、今度、猫の土人形の作り方、教えてよ」

「トーリ君、初めての土人形で弥勒菩薩を作った君に、私が教えられることなんかないよ。むしろ、私が教わりたいよ」


 トーリ君は、魔力保有量は、そこまで大きくないものの、同世代の土の魔力持ちの中では、その細やかな操作能力が群を抜いている。一番最初に教わった先生が、魔力学で理論的に教えることが出来る陰陽師の芦屋さんだったり、瑞祥家と並ぶ異常なこだわりを見せる二条の宣親おじさまだったこともあるし、何より、天才仏師を生み出し続けた家に生まれ、身近に、仏師や宮大工という伝統技術を必要とされる人達に囲まれて育ったからだろう。三つ子の魂というのは、本当だと思う。ちなみに、私の三つ子の魂は、世間でいう「やばい妖力や魔力」に対して、反応が鈍いことかな。最強の妖に生まれる前から大事に守られて、しかも実父がアレだと、こうなっても仕方がないよね。


 私達の会話に岩倉の大姫が加わり、東久迩先生経由で、陰陽寮に陰陽師を土曜クラブの特別講師に派遣してもらえないか依頼しようかというところで、四条先生が教室に到着した。


「先生、おはようございます。そういえば、先生も四条侯爵家のご子息でしたわね。土曜クラブの署名に加わって頂けませんか」


 大姫、「そういえば」って、さりげなくディスってるよね。先生は、紛ごう方なく四条侯爵家のご子息だよ。あれだけ土の中に埋められて、その度、無傷で元気に戻って来るのは、上位中の上位の土の魔力持ちだからだよ。実際、魔力保有量は、先生の方が、学園長先生よりも大きい。四条先生が、学園長先生に勝てる見込みがないのは、恐怖心のせいだ。私が野生のサブ子に持っているのと同じ。メンタルで、もう負けちゃってるんだよね。えへへ。


「うん。皆の成長の助けになるんなら、喜んで協力するし、兄にも頼んでおこう」


 先生は、大姫の嫌味を軽くスルーして、実兄の四条侯爵への依頼も引き受けてくれるらしい。先生は、トホホなところはあるけど、基本は、生徒のことを色々と考えてくれる良い先生なんだよ。時々いなくなるけどね。ちなみに、四条侯爵夫人は、元東久迩男爵家の二の姫だ。つまり、学園長先生の妹。怖いよねぇ、公家の世界の、この狭さと関係性。


「出欠を取りたいんだが、その前に、この仏像と猫は何なんだ。ふーちゃん、ものすごい量のチョコレートをもらったんだな」

「違いますよ。全部、トーリ君がもらったものです。千手観音様に荷物持ちをさせるわけにはいかないので、にゃんころ達に荷物を引き取らせたんですよ」


 私が答えると四条先生が露骨にほっとした顔をした。


「ああ、そうか。今日は、絶対にふーちゃんは同志だと思っていたから、焦ったぞ。あははははは」


 先生の笑いにつられて、皆も大笑いだ。塩見君と笹倉君だけは、ぽんぽんと私の背中を叩いて励ましてくれた。心の友よ!


 前言撤回。四条先生は、しょっちゅう蔵馬山に埋められているKYな先生だ。「絶対に」って何だよ。私だって、きれいなお姉様からチョコはもらっているよ。同腹の弟の真護の親友という義理人情と同情を併せ持った微妙過ぎるチョコだけど。


 多少、ムッとすることはあったけど、今日も概ね平和に授業が始まった・・・と、思った30分後に、クラスの窓際の席が騒がしくなった。席を立って窓から外を見る子たちもいて、その中の誰かが私を呼んだ。


「ふーちゃん、すごいよ。こっちに見に来なよ」


 先生に了解を得てからと思って四条先生の方を見たら、もう先生は窓にへばりついていた。先生・・・。


 私が席を立つと、真護と明楽君もついてきた。そこでクラスの全員が窓際に移動して、外を見ると、そこには、巨大な文字が校庭いっぱいに書かれていた。


「はっぴーばれんたいん。わかさま、らぶ。ようこより」


 げげっ。いつの間に。姿を消して、忍び込んだな。


「ふ、ふ、ふーちゃん、よう子さんって、誰?どちらの姫?」


 四条先生が焦ったように尋ねてきたので、皆の視線が私に集まってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしいよ。


「先生、妖狐ですよ。よう子さんっていうお姫さまじゃなくて、ふーちゃんの手下の南都の外れの村に棲んでいる緑色の狐。あ、オレンジ色かも」


 どっちでもいいよ、明楽君。


 明楽君の言葉を聞いて、四条先生が明らかに安堵した様子を見せたので、私と先生の周りに生暖かい視線が注がれた。だから、私と先生を一括りにしないでってば。


「そっか。そうだよな。あはははは。先生、驚いたぞ。さ、皆、授業を続けるぞ」


 四条先生が、皆を席に戻るように促していると、校庭から地響きが聞こえた。振り返って、窓から校庭を確認すると、妖狐のメッセージがどろりと現れた泥に飲み込まれた。


「ひいぃぃっ」


 クラスの皆が息を吞んだ。口に出したら巻き込まれるので、大きな声では言えないが、こんな理不尽なことをするのは、百鬼夜行の副官しかいない。ひどいよね、せっかくの妖狐の気持ちを。きつね先生の加護があるから、東久迩先生の魔力レベルでは問題ないと思うけど、巻き込まれてないよね。ちゃんと南都に逃げ帰ったかなぁ。


 そんなことで、放課後。

今日は朝から心臓がばくばくして、すごく疲れたよ。もう、さっさと帰って、料理長においしいお菓子でも出してもらおうっと。


 真護と明楽君とトーリ君の三人は、まだ女の子たちに捕まっているので、一応、声をかけてみた。何も言わずに帰ると、拗ねていると思われるからね。私は、そんなに狭量じゃないよ。私は寛大だから、チョコの中に梅干しとか煮干しとか唐辛子の塊が入っていればいいのにって思ったりしないよ。ちょっと考えたけど。


「私、先に帰らせてもらうね。喜代水に式を送って、プレーリー兄弟に妖狐たちの様子を訊いて来てもらわないといけないから」


 そう言って、三人の返事が戻ってくる前に教室を出た。今日の【風天】は異常に速度が出た。地獄のレベル底上げ訓練の成果だよ。決して、負け惜しみで逃げてきたからじゃないよ。


 家につくと、既に玄関のドアが開いていた。


「おかえりなさいませ」


 平常運転の牧田を目にすると、ほっとするね。


「ただいま。すごくお腹がすいちゃったよ。料理長に、おやつに何か美味しいものを出してって頼んでよ」

「フォックス・ホールディングから、大きな箱が届いておりますよ。先にそれをご覧になってからの方が良いのでは」


 フォックス・ホールディングは、稲荷屋とドルチェ・ヴォルぺの人気菓子店を統括する会社だ。また、何か新商品のキャンペーンでもするのかな。


 いつものように牧田の監視下のもと、手を洗い、うがいを済ませてから食堂に行くと、大きな箱がテーブルの上に置かれていた。きれいに包装された箱を開けると、私宛の封筒があった。


「Happy Valentine’s Day. 若様、いつもありがとうございます。稲荷屋・ドルチェ・ヴォルぺ従業員一同」


 やることが、南都の妖狐と同じだよ。でも、すごく嬉しいね。


 箱の中には、ヴォルぺのチョコレート菓子がこれでもかと詰められていた。多分、今日の夕食後のデザートで消えるだろうけどね。いや、待てよ、地獄の魔侯爵のくせに、皆、見た目だけはいいから、チョコをいっぱいもらっているかもしれないな。特に、南条親子。


 うーん。じゃあ、これは、私一人で食べちゃうかな。だって、私宛だし、ガメちゃっても、問題ないよね。


 一人で、大きな箱の前でうんうんと唸っていると、牧田が来客を告げた。


「お客?誰?」


 私のお手伝いをしている小さな妖は、牧田のいるところには来れないからね。ということは、人間か。この時間に人間のお客とは珍しい。


「ふーちゃん、今、大丈夫か」


 入って来たのはトーリ君だった。


「トーリ君、どうしたの?」

「えーと、これ。ふーちゃんに作ったんだ。いつもお世話になってるから」


 トーリ君が差し出した箱の中には、ちょっと不格好などら焼きが入っていた。


「えっ、これ、トーリ君の手作りなの?」

「ふーちゃんは、舌が肥えているから、手作りなんか食べないと思ったんだけど、瑞祥公爵夫人のどら焼きは、いつも喜んで食べているって二条のお姉様が教えてくれたんだ」


 瑞祥のお母さまのレシピか。うん、それは小さい頃から食べている味だからね。私が一番好きなどら焼きで、唯一、稲荷屋のものよりも好んで食べているお菓子だよ。二条の大姫から聞いたって、西都姫の会の入れ知恵だな。まったく、あの会の情報網はどうなっているんだよ。個人情報も何もあったもんじゃないよね。やっぱり、めちゃくちゃ怖い集団だ。


「えっと、それだけだから、帰る。また明日、学校で。じゃあな」


 そう言って、美少年のような美少女が両耳を真っ赤にして、そそくさと逃げるように帰ってしまった。呆気にとられていると、ドアの陰で、牧田がくふりと笑っていた。


「牧田、何か?」

「いえ何も。ああ、すぐにお茶を持って来ましょうね」


 装飾も何もないシンプルな白い箱に入った不格好などら焼きは、お母さまのものより、ちょっと味が薄かったけど、すごく美味しかった。


 うん。今日は、間違いなくハッピー・バレンタインだ。

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