憎み切れないロクでなし
公家文化の真骨頂は宴にあり。そう言い切っても過言でないほどに、西都の公家は、宴が大好きだ。何かと理由をつけては、宴を開いて詩歌管弦の才を披露したり、ただひたすらに飲み食いをしている。ちなみに、うちは、専ら後者だ。我が家の夕食なんて、ほぼ、宴会だよね。
嘉承と瑞祥の新年の集まりや、雪見、花見、月見の宴など大掛かりなものから、誰かの誕生会のような小さなものまで、ほぼ毎週と言っていいほど、どこかの家が宴を開いている。そんな中、新年会のシーズンも過ぎて、「そろそろ真面目に働くかなぁ」と思い始めるのが毎年一月末。その後、節分になり、また飲んで、「いい加減、真面目に・・・」と思ったところに、嘉承家が、お金も時間も度外視で催す宴がある。
お祖母さまの生誕祭だ。
誕生会じゃないんだよ。まず、この宴は、招待状からして、イケイケどんどんで、帝都の陛下にまで送られてしまう勢いだ。ドレスコードは男性はホワイトタイで、女性はイブニングドレス。そして、そんな怖いもの知らず達が辿り着く先が、ディナーが終わった後の「余興」だ。毎年、お祖母さまのご希望で、テーマが決定され、参加者に告知される。異論・反論は認められない。それは、即ち、嘉承に焼かれるか、刻まれることになるからだ。どんな独裁恐怖政治だよ。
私も、去年、着袴を済ませたので、今年から参加する羽目・・・じゃなくて、栄誉を認められた。
そんな不安を抱えた、ある週末の朝、父様が食堂に現れた。父様が朝、食堂にいる時は、ろくなことが起きない。
「ふー、お前、衣装を発注しておけよ」
だから、衣装って何?いい大人なんだから、朝は挨拶くらいしようよ。
「お母さまの生誕祭の余興に決まっているだろうが」
この人、本当にダメダメな大人だよね。自分の言葉足らずを棚に上げて、面倒なことは、いつも逆ギレで逃げるんだよ。素敵紳士な瑞祥のお父さまと、本当に血が繋がってるのかな。ある日、庭に、モコモコと黒い悪そうなタマゴが湧いて出て来て、そこから生まれてきたんじゃないかと、私は半分くらい信じている。だって、父様、どう考えても人間じゃないんだもん。
「お前、今、何か失礼なことを考えているだろう」
ほら、この悪口センサー感度の異常な高さ。それを考えると、野生のサブ子とは、間違いなく、がっつりと血の繋がった兄妹だよね。サブ子叔母様も、絶対に庭の黒いタマゴのクチだよ。
「イエイエ、メッソーモナイデス」
最近は、父様たちの感度の良すぎる悪口センサーにも慣れて、ぺろっと嘘をつくことを覚えた。多少、棒読みなのは私の良心だ。先日、私が大好きなVousTuberの西都・錬求寺の上人様が「嘘と方便」について語っておられたけど、私のは、ひたすら保身に走ったものだから、明らかに嘘だ。ちなみに、方便は、相手や周りの人達を傷つけないための気遣いや配慮だそうだ。そう考えると、私に何かあると、あの美しくて優しいお父さまが号泣してしまうから、方便でいいのかもしれないね。
「敦人、ふーは、姫の生誕祭に参加したことがないからな。ちゃんと説明してやれ」
お祖父さまが、そう言いながら、私の前に西都新聞の朝刊を置いて下さった。
「俺、昨日オペした患者の様子を見ないといけないので、もう出ます。父様がふーに説明してくださいよ。ついでに、衣装も発注しておいてください」
父様が、お皿の上に残っていた大きなおにぎりを掴んで立ち上がると、そそくさと上着を持って出て行った。あの人、いいオジサンなのに、出かける前に、いまだに牧田に身だしなみを玄関でチェックをされているんだよ。うぷぷ。
「お祖父さま、父様は、もう大人だと思ったけど、未だ反抗期なの?」
「昨日、持って行った弁当のおかずに梅肉の入った鶏のささみを巻いたものがあったんで、拗ねているんじゃないか。あいつは、自分の嫌いなものがある度に、ふーばかり依怙贔屓されていると五月蠅いからな」
お祖父さまも、完全に呆れたご様子だ。嫌いなおかずがお弁当に入っていたって、幼稚園児じゃないんだから。梅肉のささみ巻なんて、普通に良いおかずだよね。そんなしょうもない理由で、お祖父さまの、至極まともな依頼を断るか。まったく、残念な大人だよ。
さっき持って行ったおにぎりの中に巨大な梅干しが入っていればいいのに。心の中で、悔し紛れというタイプの「呪」を発動する。あの心身ともに、テフロン加工された大魔神には、かすりもしないだろうけど、私の気分はちょっと晴れるからね。
そして、悪い黒タマゴから生まれた大魔神と違って、優しい人間のお祖父さまが説明してくれた「余興」は、私の想像の斜め上をはるかに超えていくものだった。どうやら、私の周りに「まとも」や「普通」という言葉は存在しないようだ。
毎年、師走に入ると、瑞祥のお父さまが、お祖母さまにご希望を伺うらしい。そして、今回、お祖母さまは、「そうねぇ。今回は、ジュリーが良いわ」と仰ったそうだ。私には何のことだか全く理解できないが、お祖母さまの青春時代に、ジュリーというニックネームで、女性に大人気だった沢田研一という、元祖・ビジュアル系と呼ばれた歌手が一世を風靡していたらしい。そのジュリーとやらのヒットパレードを有志で披露するのが今年の余興。もちろん、衣装もメイクもばっちり再現する。こういう時、無駄にお金のある公卿の凝り方は尋常でない。嫌な予感しかしないよ。
「それで、それぞれの歌う曲なんだが、くじ引きで決まるんだ。ふーは、シーサイドバウンドが当たったから、衣装は、初めてのことでもあるし、無難にセーラー服でいくか」
「えっ。セーラー服って、中学生とか高校生のお姉様たちが着ているやつですか」
それは、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「アホか、お前は。沢田研一が、いつ女子高生のセーラー服を着て歌ったんだよ」
「だって、お祖父さま、私、そんな人、聞いたこともないんだもん。ジュリーと仰ったじゃないですか。ジュリーって、普通は、女性の名前ですよね」
いい年をしたオジサンが女子高生のセーラー服を着て歌っていたら、めちゃくちゃ怖いし、それは紛れもなく公序良俗に反する行為だ。お祖母さまのご趣味を疑ってしまう。
「セーラー服というのは、セーラー、海兵隊員の制服のことだ」
ああ、そっちでしたか。そしたら、帽子もかぶるんだよね。それはいいけど、私、ものすごい音痴なんですけど。そもそものところで、運動音痴だから、音感も悪いんだよ。シーサイド何とかって曲は、難しいのかな。辞退なんかしたら、絶対にお祖父さまに焼かれるし、父様にどこかの荒野に飛ばされる。
「お祖父さま、私、音痴なので、明楽君と真護とトーリ君を誘って、皆で歌ってもいいですか」
「ああ、シーサイドバウンドは、元々、グループサウンズのザ・タイガースの曲だから、グループで歌うのが正解だ。衣装も四人で色違いでお揃いのを作ろう」
逃げに走った私に、お祖父さまは、謎だらけの言葉を仰ったが、私には理解できるはずもない。タイガースというのは、黄色いメガホンを持った、やたらと元気な人たちがお好きな、野球チームのことだよね。違うのかな。訳が分からなさ過ぎて、目が泳いじゃうよ。
「おっはよーっ」
そこに元気な挨拶とともに、西条の博實おじいさまが入って来た。英喜おじさまも一緒だ。
「なー君、ジュリーの歌、何が当たった?私、けっこういいのが当たっちゃったよ」
「そうか。俺は、恋のバッドチューニング」
「悪くないね。私は、何とっ。憎みきれないロクでなしが当たっちゃったよ。ずばり、王道だよね」
博實おじいさま、はしゃいでるなぁ。そんなに良い曲なのかな。タイトルは、とんでもないけど。そもそも、憎み切れないロクでなしって何なの?
「そうか、お前にぴったりだな」
「うん、頑張るよ」
お祖父さまの嫌味にも気づかず、博實おじいさまはウキウキしている。英喜おじさまは、隣で呆れていた。
「英喜は何を歌うんだ?」
「私は、ロンリーウルフです」
「微妙だな」「微妙でしょ」
お祖父さまと博實おじいさまの両方に同時にダメ押しをされて、英喜おじさまは大笑いだ。
「いいんですよ。衣装は、私の方が確実にお二人よりもカッコいいですから。それより、御前、北条親子は何が当たったか、ご存知ですか」
そうだ、北条だよ。この手のイベントには、風チームは、東も南もノリノリで参加するが、北条家には苦行以外の何物でもない。
「いや、知らんが、ジュリーとなると、一番気になるのは、やっぱり北条だよな」
お祖父さまが、山賊の頭のような悪い顔でにやりとすると、西条親子も同じように笑った。黒い。笑顔が、皆、黒いよ。
「よし。時貞を呼び出すか。ふー、式を北条に送って呼び出してくれ」
いやいや、皆、面白がっているけど、北条家は今頃、深刻な家族会議状態かもよ。と言いつつ、にゃんころが、へらへらしながら出て来た。式は、私の意識を引き摺るので、かく言う私も、深層では、かなり楽しみにしているようだ。えへへ。
「にゃんころ、時貞おじいさまに、うちに来て下さいって言ってきて」
「うにゃっ」
「時影と時近もいたら、連れて来てよ」
博實おじいさまも、にゃんころに頼むと、にゃんころが、了解とばかりに敬礼をして、すぐに食堂を飛び出していった。
「おおっと。ふーちゃんの猫か。どこかにお使いか?」
この声は東条の享護おじさまだ。
「おはよう。西条に先を越されてたな」
誠護おじいさまも一緒にやって来た。先を越されたということは、東条も余興の話かな。朝から、皆、好きだよねぇ。
「誠護、おもしろいから、南条と小野も呼んでよ。ふーちゃんに頼んで北条を呼び出したから」
「今回は、テーマがテーマなだけに、北条が何の歌が当たったのか気になるよな」
博實おじいさまが、誠護おじいさまに【遠見】で南条と小野を呼び出すように頼んだ。今年は小野も参加しちゃうんだ。峰守おじいさまは、まともな人だと思っていたのに、うちのおかしな宴に参加しても大丈夫なのかな。
すぐに風の南条と小野がやって来た。全員がもう既に、にやけている。
「で、北条は何が当たったの?」
開口一番、皆が思っていることを聞いた峰守おじいさまの言葉に、悪い大人達の笑い声が食堂に響いた。
憎み切れないロクでなしが集まった。
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