夏休みのふーちゃん10
南条は南風と呼ばれる家なのに、食堂には、やたらと寒い風がぴゅーぴゅー吹いているようだった。
「えーと。とりあえず、私の申し出から聞いてもらおうかな。織比古とは話し合っているし、なー君には、もう報告した話だ」
佳比古おじいさまが遠慮がちに話始めると、怯えて私の体にぎゅうぎゅうとしがみついていた金色の猫が、突然、振り返り、テーブルの上に前足を乗せるようにして身を乗り出した。ろーらん、何かのスイッチが入ったのかな。
「織比古も言った通り、南条としては、明楽には小野のままで南条家の当主になってもらいたい。ただ、私達にも、風の片翼を担って千年を超える長い年月、嘉承を支えてきたという矜持はある。そこを無視しては、一代限りとはいえ、うちの一族に惨めな思いをさせる。そこで、嘉承の前で正式に小野に提案をしたい。私の私財を全て明楽に継がせたいと思う。小野子爵家の財産は、爵位も含めて、全て長男の俊成が継いでいて、次代は、彼の長子が引き継ぐだろう。失礼を承知で言わせて頂くが、そうなると、峰守と養子縁組をしているとはいえ、明楽には相続する爵位も領地もないわけだ」
いやいや、佳比古おじいさま、事実だけど、そんな世知辛い話を、小野家の三人の前ではっきり言っちゃう?小学生も三人いるんですけど。
「兄様、失礼ですわね。小野が爵位も領地も用意できないから、明楽がみすぼらしい当主になると、南条一族が惨めな思いをすると仰ってますのね。それで、ご自分の財を明楽に与えてやると、そういうことですか。ご親切ですこと」
いやいやいや、篤子おばあさま、言い方。内容は、曲解すれば、そうかもしれないけど、辛辣過ぎるって。実の兄なんだから、もうちょっと柔らかく言おうよ。
「黙れ、篤子。言葉が過ぎるぞ」
そこに突然、篤子おばあ様を叱責する声が飛んだ。全員が、声がした方に視線を向ける。
「えっ、私じゃないよ」
叫んだのは、私の膝の上にいた猫又ろーらんだった。私の膝の上で立ち上がって、前足をテーブルに置くような姿勢では、ろーらんの顔の辺りに、ちょうど私の顔が来るので、小さい猫又の頭を越えて、皆の視線が私にも飛んでくる。
「佳比古が、そんな狭量なわけねーだろ。小野に嫁に行って、南条がどんな家だったか忘れたのか、恩知らず!」
上位の魔力持ちが怖いと私に抱きついていたのに、皆の視線をものともせずに、ろーらんは、篤子おばさまに向かって叫んだ。
気まずい・・・。
食堂の中に流れていた冷えた空気が完全に凍った。嘉承一族は、瑞祥に比べて粗野な雰囲気が否めないけど、代々の当主が瑞祥で養育されているだけあって、女性には優しい人が多い。武闘派の東条でさえ、女性陣には頭が上がらないほどだ。そんな中で、そこまで面と向かって、篤子おばあ様に「恩知らず」などと暴言を吐ける人は皆無だ。
「お前が、明楽を若様の側に置きたいから嘉瑞山に住みたいって言った時に、佳比古は、迷いもせずに自分のために用意していた離れをお前にやったよな。あそこは、当代の織比古の土地だぞ。好きにさせてもらって、佳比古の財産をもらえるのに、何の不服があるんだよ。自分が何を言ったのか分かってるのか」
ろーらんは、皆の視線など気にせずに、篤子おばあ様だけを見つめて尚も言い放った。篤子おばあ様は、ただただ呆然としている。そんな二人の視線の間に、すっと峰守お爺様の腕が伸びた。
「風雅君、もうそろそろ勘弁してやってもらえないかな。見ての通り、篤子は、大好きな風雅君に怒られて、かなりショックみたいだから。言い訳に聞こえるかもしれないけど、小野は、三男を亡くした時に、篤子も含めて、一族中でちょっとおかしくなっちゃってね。篤子も長い間、心がさまよってしまったから、明楽の親権や将来なんかが絡んだ話には、どうしても感情的になっちゃっうんだよ。佳比古君、織比古君もごめんね」
そう言いながら、峰守お爺様が立ちあがり、深々と頭を下げたので、明楽君と、皆の視線に耐え切れずに篤子おばあ様の膝から明楽君の方に移動したパンチ君も一緒に立ちあがり、ぺこりと頭を下げた。
明楽君とパンチ君という見た目だけは可愛い小さい頭が揃って下げられたので、南条親子はへにょりと笑った。
「もう、そんなのいいよぉ。篤子が私達に手厳しいのは今に始まったことじゃないんだから」
「佳比古、織比古、お前たち、南条は女に甘すぎる。だから、まんまと屋敷の一画を小野に奪われるんだ。篤子が可愛いのは分かるが、そんなだと、そのうち土地も財産も全部、持って行かれるからな」
きっ、とろーらんが小さな牙を剥き出して怒った。佳比古おじいさまは、ダンディーだけど、身内には激甘だ。そして、やっぱり女性には身内でも、そうでもなくても、とにかく優しい。もちろん、息子のオリーも、その遺伝子をがっつり100%受け継いでいる。ろーらんの言うことは厳しいけど、言い分としてはもっともなところがあるからかな、南条どころか、説教を受けていない私達まで、さっきから頷きっぱなしだ。
「うん、風雅。面目ない」
「心配かけてごめんね、風雅」
「ごめんなさい、風雅」
佳比古おじいさま、織比古おじさま、篤子おばあさまが、素直に謝った。何か、嘉承家で牧田に睨まれた私達を彷彿とさせるな。
「篤子は、謝るのは俺じゃないだろ」
おおっ。ろーらん、なかなか手厳しいな。
「はい。兄様、織比古君、ごめんなさい」
いつも華やかで明るい笑顔を振り撒いて、いかにも上位の公家の奥方といった雰囲気の篤子おばあ様が、小さな女の子のように、しゅんとして謝罪の言葉を述べた。
「それで、小野に言いたいことがある」
ろーらんが、そう言って小野家の方を見たので、峰守お爺様が、ものすごく嬉しそうに微笑んだ。
「うん。何かな」
小野は千年の時を遥かに越える長い時間、曙光帝国の外交を支えてきた名門の家で、その中でも、峰守お爺様は、その老獪な手腕で国内外で広く知られた外務卿だ。まさか、そんな人の弱点が猫だとは誰も思わないよね。
「明楽は、小野のままで、南条の当主になって、南風の一族の頭になる。その際、南条の直系でないと付いていきたくないなんてヤツが出るかもしれないけど、一代だけの話だから、大目に見てやってほしい。でも、明楽は篤子の孫だし、南条は甘っちょろいヤツばっかりだから、そんなに問題ないと思うぞ。それと、佳比古の財産は、明楽がもらって使えばいい。でも、すでに織比古が相続したものは、南条家のものだから、そこは南条家に留めておきたい。これで、爵位と魔力保有量以外は、ある程度、東条の次代と釣り合う条件が揃うだろ。この辺りで手を打ってやってくれよ」
すごいな、ろーらん。南条親子よりもよっぽど話が早いよ。
「それは、もちろん。明楽の将来を考えると、こちらには願ってもない話だよ。でも、その代わりに小野は何を差し出せばいいのかな」
もう、完全に交渉相手が南条親子から、小さな猫又になっているが、誰も異議を唱えるものはいなかった。
「小野から南条がもらいたいものは、確約だけだ。南条家から、絶対に暁子を追い出さないこと。織比古の財産と、南条家の当主が引き継いでいくものは、確実に暁子の子供に渡すこと。これを明楽に遂行してほしい。それと、暁子の子供の代が盤石になるように、明楽に次代の教育をしてほしい。小野に教育してもらえたら、まともな当主になるだろ。織比古、佳比古、これでいいな」
ろーらんが南条親子の方を見ると、佳比古おじいさまと織比古おじさまが、こくこくと頷いていた。ろーらん、すごいな。ほんとに暁子姫のことを大事にしているんだな。さっきから私は、感動しまくりだよ。小野家の三人も同じように首肯しているので、後は、一条に入ってもらって書面を取り交わせば無事に終わりそうだな。
「それと、嘉承の若様にもお願いがあるんだ」
突然、ろーらんがくるりと私の方に振り返った。きれいな碧い猫の瞳が私を捉える。
「えっ、私?」
「うん。暁子の子供が南条を継いだら、若様の次の代で南条の子供が側近になれるように取り計らってやってほしい」
「それくらいなら問題ないよ。でも、その時の嘉承の子供と南条の子供の相性もあるから、あくまで本人たち次第だけどね」
私が、そう答えると、ろーらんは、「うん、今は、それで十分だ。ありがとう、若様」と言ってぺこりと頭を下げた。そして、ぴょんと私の膝から降りて、南条親子のところへ走って行った。パンチ君が惚れる理由も分かるよね。めちゃくちゃ漢な猫又だ。ケットシー王国との混血の見た目だけじゃなくて、頭も抜群に良いんだな。
「さすがは、年の功。小さい妖も長く生きているものは聡明だね。織比古なんかより、よっぽど話が早いよ」
西条の英喜おじさまが感嘆すると、北条の時影おじさまも大きく頷いた。
「それにさすがは妖だ。暁子姫のことを大事にしていて、その思いには感動した」
これには全員が頷いたので、ろーらんは、織比古おじさまの膝の上で居心地悪そうに身じろぎした。
「その、俺は、元々、南条の姫に拾われた身だから。南条は守ってやらないと」
「五百年くらい前の話なのに、まだ恩に着てくれているんだよね」
ろーらん、あんなに見事な毛皮なのに、五百年も生きていたのか。それは、佳比古おじいさまも、篤子おばあさまも呼び捨てにされても、普通に受け入れるよね。
「別に。俺は、好きなように生きてるつもりだ。でも、南条は、どいつもこいつも理想を語るのは上手いけど、後先をちゃんと考えるのは得意じゃないからな。出て行くに出て行けなくて、気がついたら五百年経ってた」
うわぁ。思い当たるよ、それ。うちにも1400年ほどお世話になりっぱなしの存在がいるからね。誰も考えることは同じなのか、皆の視線が今度は、私達の方に移ったのが分かった。
今回の南条の大姫の次代の側近辞退の話は、忠義な妖、猫又の風雅によって、ちょっと世知辛い大人の事情も巻き込んで、南条側が明楽君の体裁を整えるお手伝いをする代わりに、南条の次代の次代のポジションを確約するという、双方にとって悪くないところに着地した。
爵位は、将来的には、明楽君が南条侯爵を名乗るが、一代限りという条件付きで、明楽君が引退を決めると、彼の子供ではなく、暁子姫の子供へと爵位が譲渡されることで二家が合意し、宗家の嘉承の当主である父様の了承を持って正式な盟約とされた。
「あとは、魔力なんだが、もう少し欲しいところだな。明楽は制御が上手いと言っても、【志那津】を両手剣で使う真護と並ぶには、もうちょっと魔力があると、うるさく言うやつも出ないんだがなぁ」
両手剣の【志那津】の使い手が現れた影響力は絶大で、真護の代で東条に付きたいと申し出て来た風の魔力持ちが何名かいるらしい。これは、文字通り風来坊の多い風の魔力持ちには珍しい話だ。風の神の名は、風来坊をも虜にするらしい。真護も明楽君も、周りの期待が大きすぎて、大変だよ。
「よし。それなら、大型台風が来たら、先生に頼んでチビ三人の強化訓練をしようぜ」
・・・享護おじさま、一件落着で綺麗に終わるところに何言っちゃってんの?先生って牧田のことだよね。あの牧田が絡んで、普通の訓練なはずがないよね。大型台風って何?
そうして、怯えまくるチビッ子組の私達三人は、面倒くさくて世知辛い大人の話と、妖の時代を遥かに超える面倒見の良さを知り、嘉承一族の風の魔力の謎の強化訓練に巻き込まれることになる。
数日後、魔力器官の超過負荷により気絶した私達を抱えて牧田が嘉承家に戻ると、瑞祥のお父さまと一条の和貴おじいさまと由貴おじさまが食堂で書類を広げて、南条家と小野家と話をしていた。お父さまは、あの後、何を思ったのか、ろーらんの顧問弁護士に立候補したそうだ。
話し合いが終わって纏められた書類には、関係各位の署名と捺印の隣に、ぺたんと小さな肉球スタンプが押された。何とも微笑ましいそのスタンプの上には現代の帝国の三蹟のうちの一人と呼ばれるお父さまの流麗な代筆で、不思議な見届け人の名前が記載されていた。
Rolan Southernwind
そして、夏休みが終わる頃に、また、勝手に私の手下を名乗る存在が増えた。金髪碧眼の長毛種だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます