夏休みのふーちゃん9
本体に戻っても、さすがに小学生の体では猫又二体を抱えるのは大変なので、玄関先からは、パンチ君は本人の希望を尊重して、篤子おばあ様に抱っこしてもらって、私はろーらんを抱えた。今は、私の隣に座っているお父さまの膝の上に、ろーらんが座っている・・・というか気絶したままなんだけどね。
私が金色の猫を抱いて家に入ろうとすると、牧田に「足が汚れていますから、絶対に床には降ろさないでくださいね」と釘をさされた。牧田なりに気を遣ってくれたのか、かなり距離のあるところから声を掛けてくれたが、ろーらんもパンチ君も、「ぎぎぎぎぎ・・・ぎんろろろ・・・」と謎の叫び声を上げて気絶してしまった。
いや、だから、うちに来る前に、ちゃんと注意したよね。パンチ君も嘉承家に来るのは初めてじゃないんだから、ちゃんと学習しようよ。とりあえず、【風壁】が仕事をして消滅されなくて良かったけど。
その後、瑞祥の家人の美也子さんが雑巾を持って来てくれて、猫の足を拭くと申し出てくれたが、お父さまと明楽君は、それを断り、気絶したままのろーらんとパンチ君の足を、それは楽しそうに拭いている。どう見ても、あれは肉球狙いだ。
「おい、お前ら、もうその辺でいいだろ。彰が戻ってきたから、南条家の申し出を聞くぞ」
父様が二人を注意してくれたので、明楽君はパンチ君を抱えて、篤子おばあ様と峰守お爺様のところに戻り、お父さまは、そのままろーらんを、赤ちゃんのように抱きかかえた。
「彰ちゃん、うちの猫が面倒をかけてごめんね」
オリーがお父さまに向かって謝罪し、ろーらんを引き取ろうとしたがお父さまは、瑞祥の良い笑顔でお断りになった。いや、そこで、無駄に瑞祥の笑顔を発動しなくても・・・と、ここにいる全員は思ったはずだ。
「佳比古おじいさま、織比古おじさま、ろーらんが話を聞きたいって言って、嘉承に来てくれたんだよ。何か、深刻そうだった」
喜代水にいる妖と違い、嘉瑞山の猫又たちは妖力をほとんど持たない。そんな小さいものたちが嘉承に来るのは、それこそ命懸けだ。ろーらんが話を聞きたいと言って、私に助けを求めてきたのだから、私は、ちゃんとその願いを叶えてあげないといけない。
お父さまが抱えているろーらんと、篤子おばあ様のところにいるパンチ君に、水の【回復】をかけた。これは、理人兄様に教わっている水の魔法の中でも、放出する魔力量で、その効果を細かく調整するので、制御の良い訓練にもなる。妖は魔力ではなくて、妖力を持っているので、魔力持ちにかけた時ほどの効果は出ないが、私の力は妖にとっては心地が良いということなので、【回復】も、それなりに効果があるらしい。これは、牧田で実験済み。牧田と違い、ろーらんとパンチ君には、小指の爪くらいの小さな魔力でいいので、楽だね。
ぱちりと目を開けて起き上がった二人に状況を伝えると、ろーらんは、すぐに起き上がり、私の膝の上に飛び移ったので、お父さまが露骨にがっかりとしたお顔になった。ごめんね、お父さま。ろーらんは、南条の風の魔力以外は怖いんだよ。
「うちの風雅も起きたし、皆もいいかな」
織比古おじさまが全員に声を掛けると、皆も珍しく、神妙な面持ちで頷いた。
「今回、暁子が、ふーちゃんの側近になることを辞退して、その旨をふーちゃんが了承してくれた。これを持って、南条は、ふーちゃんの一代限りという条件付きで、将来的に小野明楽を当主として迎えたい」
織比古おじさまが、いきなり核心に入った。さすがは、天下の面倒くさがりの父様の側近。話が早すぎる。西条、北条、東条の侯爵家の当代と先代は、既に話を聞いていたのか、平然としていたが、小野家の三人は、揃って瞠目していた。峰守お爺様が狙っていたことだと思ったけど、違うのかな。
「織比古君、そんな突然、南条に迎えたいとか言われても困るわ」
篤子おばあさまは、佳比古おじいさまの同腹の妹で、織比古おじさまの叔母にあたる。
「叔母様、何も、明楽を南条の養子として引き取るというわけではなくてですね、今のまま小野家の子供として過ごしてもらって、小野のままで、将来は南条の当主に、という意味なんですよ。私たちはともかく、やはり、一族には頭が必要です。暁子には、南条を継いで当主になる意志がないのはもう明白で、やる気のない者を無理に当主に据えても、一族も納得しませんし、第一、嘉承に申し訳がたたないですから」
いや、オリーの気持ちは嬉しいけど、うちは、そこまで深刻じゃないけどな。お祖父さまも、父様も似たようなことを考えていたのか、視線がぶつかってしまい、父様が代表で話をしてくれた。
「織比古、うちは、お前も知っている通り、来る者拒まず、去る者追わずだからな。暁子姫のことは残念だが、本人がふーではなくて、サブ子の方がいいというなら、仕方がないだろ。だからと言って、南条をないがしろにするつもりはないし、ふーも、南条に何かあれば、変わらずにサポートするだろ」
そう言って、父様が私を見たので大きく頷いておいた。南条一族は、性別問わず、華やかな雰囲気の人が多い。綺麗なお姉さんのお手伝いなら、いつでも大歓迎だよ。
「織比古君、数のことを言っているのかな。嘉承を支える双璧として並び立つのであれば、東条の真護君に引けをとらないように、明楽を南条が一族をあげて後見すると、そういう意味として取っていいということ?」
峰守お爺様は、言葉にはいつもの柔らかさがあったが、顔つきが完全に曙光帝国の政を千年を越えて支え続けた外交一族の長のものになっていた。ぷるりと震えたのは、私自身か、膝の上のろーらんか。
「そうですね。そう取ってもらえれば、うちとしては顔が立ちますが、実際は、将来、南条が内部分裂してしまうのではないかという危惧を、私が当主でいる間に潰しておきたいから、というのが本音です」
織比古おじさま、何かカッコいいな。いつものスケコマシのオリーの雰囲気は完全に消えていて、今は、まともな侯爵サマに見えるよ。
「ふうん。そうなんだ。南条は、女性との駆け引きを楽しむ家だけあって、やっぱり、交渉が上手いね。先に手の内を見せちゃうんだ。お腹の中は見えないけど」
くりくりで丸い柴犬のような目を持つ峰守お爺様が目を細めると、猫のようになる。ああ、柴犬かと思っていたら、小野の本質は、猫なんだな。猫は可愛いけど、可愛いだけじゃないもんね。本物の柴犬は馬鹿可愛いだけだけど。ちらりと真護の方を見ると、真護がてへっと笑って私に視線を返してきた。ほらね。
「お腹の中も考えていることは同じです。小野相手に、有利な交渉ができると思うほど、愚か者ではないと思っていますよ、峰守おじさま。実際のところ、もう、南条は崖っぷちなんです。真護君がふーちゃんの側近になることを数年前から宣言しているのに、暁子が動かないので、皆が不満を抱えています」
これは本当の話。西都公達学園の幼稚舎に上がる前の、まだ私も真護もヨチヨチの頃、真護は何をとち狂ったのか、新年の挨拶で、嘉承と瑞祥の両家を支える数百人の目前で私の側近になると大きな声で宣言した。あの時の小さな真護の発言がまさか、南条にそんな影響を与えていたとはね。
「峰守、実は、すでに篤子の孫の明楽君を織比古の養子にしろという声も上がっているんだよ」
佳比古おじいさまが静かに伝えると、篤子おばあさまが声を上げた。
「兄様、それは、絶対に受け入れられません。わたくし達から、明楽を取り上げるというなら、南条とは絶縁しますわ」
そう言って、篤子おばあさまが立ち上がろうとするところを隣の席から二本の腕が止めた。一本は峰守おじいさまで、もう一本は、話題に上がっている当の本人の明楽君だった。
「お母さん、南条のおじさんも、おじいさんも、まだお話が終わってないみたいだよ。ちゃんと全部聞いてから帰った方がいいと思う」
私の心の豆柴ちゃん、動揺することもなく、めちゃくちゃ冷静だな。
「篤子、座りなさい。明楽の言う通りだ。先ずは、南条の申し出を聞かせてもらおう。兄上と甥御さんが君の嫌がることをするとは思えないよ」
これまた冷静な峰守お爺様の言葉を聞いて、篤子おばあ様は、すぅっと呼吸を整え、その後で姿勢を正すと、皆の前で深々と頭を下げた。
「長人様、敦ちゃん、ふーちゃん、皆様、大変失礼しました」
そして、顔を上げると、南風の姫はかくありきといった華やかな笑顔で、南条親子に爽やかに言い放った。
「兄様も、織比古君も、ごめんなさい。お二人が、わたくしを悲しませるなんて、一瞬でも考えたことが恥ずかしいですわ。南条家の男として、そんなことはありえませんものね」
にっこりと笑う篤子おばあ様の手には、いつの間にか、檜扇があった。いやいやいや、ここで、出ちゃう?西都の姫の必殺技、出ちゃう?
そして、檜扇が優雅に広げられると、篤子おばあ様は、それで口元を隠して、上品に笑いながら、「ええ、本当に、ありえない話ですわ。南条の男とあろう者が、女性を悲しませることなどありえませんわね」と仰った。
西都の姫って、西都の外に嫁いで何十年経っても、まだ西都の姫なんだ。篤子おばあ様、「ありえない」を、もの凄い笑顔で三回も仰ったよ。そうなると、もうありえない話に決定だ。今、この場に、檜扇を持って笑う篤子おばあさまに否を唱える勇者はいない。
もしかしたら、ここまでが計算された小野の連携プレーなんじゃないかと疑えるほどに、南条は、短い時間に、釘をさされるどころか、がっつりと杭を打たれちゃった感じだ。
「怖ええよ・・・」
隣で父様が呟いた。父様、激しく同感だけど、口に出しちゃダメなんだって。
「敦ちゃん、何か仰って?」
ほらー。西都の姫は、皆、地獄耳なんだよ。サブ子とか、東久迩先生なんて、口に出さなくても悪口めいたことを考えた瞬間に、鬼の形相で睨んでくるんだから。何年、西都に住んでいるんだよ。学習しなよ。
はぁぁ、と思わず溜息が出た私の頬を、ぺろりとろーらんが舐めてくれた。
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