夏休みのふーちゃん2
ぶちぶちと文句を言い合う真護とパンチ君に、呆れたり苦笑したりしながら、皆で【風天】で嘉瑞山の麓にある守衛所前の広場に移動すると、もう長い行列が出来ていた。
「ふーちゃん、真護君、明楽君、ごきげんよう。峰守おじさま、ご無沙汰しております」
行列の一番後ろは、なんと霊泉伯爵だった。もしかしなくとも、嘉承山で育つ子供たちが、裏歴史を教わり、私がお世話になりっぱなしの、あの霊泉先生のご長男だ。なんと、伯爵様が、あいすくりんを買い食いですか。いかにも学者な霊泉先生と違って、伯爵は、お洒落なビジネスマンといった雰囲気で、魔力の質が似ているせいか、ちょっとだけ瑞祥の理人兄様と似た感じがする。
「おや、この子が峰守おじさまが保護したという妖君ですか」
霊泉伯爵が、明楽君と私の間で二本足で立っていたパンチ君を興味深そうに見たので、パンチ君が、きゅっと私の手を握ってきたが、「こんにちは、にゃんころパンチです」と礼儀正しくお辞儀をした。だから、にゃんころを名乗るのは止めてってば。
「どうした、バカ猫、何か、悪いものでも食ったのか」
真護が突っ込むと、パンチ君が霊泉伯爵に見えないように、顔を背けて「うるせーよ、バカ息子」と悪態をついた。パンチ君は、妖なので、大きな魔力を持つ魔力持ちを怖がるが、くだんの姫と同じような大きさの水の魔力を持つ人を前にすると、こういう分かりやすい態度になる。
「はい、こんにちは。パンチ君は、礼儀正しい良い猫又さんですね。私は、
「な・・ぎと。なぎとっていう名前なの?」
パンチ君が金色の目を丸くして、ぴょんぴょんと飛び上がった。
「そうですよ」
パンチ君の事情を知らない伯爵が、嬉しそうに飛び跳ねているパンチ君を見て面白そうに笑いながら頷いた。
「すごくいい名前だねっ」
「そうですか。どうもありがとうございます」
伯爵は、霊泉先生のご子息だけあって、敬語を忘れて、いきなり馴れ馴れしくなった猫又にも寛容だ。上品な所作で少し屈んで、パンチ君に手を差し出した。
「えーと、あくしゅ?」
「はい。私には、妖の友人がいないので、パンチ君と仲良くできたら嬉しいです」
「そっか、なぎと、友達いないのか。いいよ、俺が友達になってやる」
いきなり呼び捨てっ!パンチ君、伯爵を呼び捨てはダメだって。私の大恩人のご子息だよっ。それに、伯爵は、妖の友人がいないだけで、友達がいないとは仰ってないから。
ちょっと照れながら、それでもいつもの生意気な態度を全開でパンチ君が、伯爵の手を両手で、きゅっと握った。「肉球」と伯爵が小声で嬉しそうにつぶやいた瞬間、峰守お爺様と明楽君が露骨にむっとした。いやいや、そこの外交の小野家の二人、猫が絡むと、まるでダメダメじゃん。
結局、「お友達になった記念」ということで、霊泉伯爵が、私達全員の分のあいすくりんを買って下さった。明楽君の分だけは、パンチ君が、「俺、お兄ちゃんだから、明楽の分は出す」と言って譲らなかったので、後ろで、小野家の二人と霊泉伯爵が悶えていた。霊泉伯爵、実は、小野家と同族だったんだな。
稲荷屋の最高齢で一番の新人従業員のお爺さんに、いつものように挨拶をすると、抹茶のあいすくりんの入った大福とは別に、私達子供三人とパンチ君にこっそりと小さなカップにあいすくりんをワンスクープずつ入れて渡してくれた。一番取引の長い顧客への特別サービスらしい。確かに、一番最初は、私達くらいしかいなかったもんね。牧田とうちの料理長もか。
暑さで、既に溶けそうになっているあいすくりんを、家に持って帰ると、確実に液体化するので、皆で広場で食べることにした。伯爵は家人に見つからないように、いつもここで食べてから帰宅するらしい。最近の広場には、あいすくりんの日には匿名の有志が寄付したという椅子やテーブルが置かれるようになった。その有志って、絶対、伯爵でしょ。
ここは、基本は駐車場として使われるので、あいすくりんの日だけで、普段は守衛所の裏に置かれているらしい。広い駐車場には光を遮るものが何もないので、暑くてかなわない。パンチ君が、守衛所の裏は林になっていて、涼しいと言うので後をついて裏にまわった。
「なるほど。アスファルトの跳ね返りがないだけでもマシですね」
守衛所の裏には、来たことがなかったけど、実は意外と整備された場所だった。確かに林だけど、これは確実に人の手が入ったものだ。イチョウが等間隔で生えていて、下草がきちんと刈られている。私達の家は嘉瑞山の頂上部にあるので、守衛所のある麓は通り過ぎるだけだけど、ところどころに、木製のベンチや、ピクニックテーブルが置いてあるのを見ると、実は、ここは穴場のお散歩コースなのかもしれない。牧田と一緒に来ようっと。
適当なピクニックテーブルに座って、皆であいすくりんを食べた。あっさりしていて、美味しい。夏バテで食欲のない人が、これだけは食べられると言って、稲荷屋では、注文が増えているらしい。あのお爺さんの老後の資金がちゃんと貯まるといいな。
「おじさま、あいすくりんがお好きだったんですか」
美味しそうにアイスクリンを食べている霊泉伯爵に話しかけると、少し照れたようなお顔になった。
「ええ、この素朴なお味がいいですよね。それに、小銭を持って、並んで買うというのが新鮮で」
ここにもいたよ、箱入り息子。帝都ではどうか知らないが、瑞祥のお父さまや兄様たちを筆頭に、西都の公家には、こういう人が多い。西都内では、買い物や食事は、すべからく馴染みの店で済ませ、家に届いた請求書を家令が処理するからだ。
「実は、私、この年齢になるまで、買い食いというものをしたことがなかったんです」
伯爵、真面目だなぁ。私と真護なんか幼稚舎の頃から、いつも買い食いをしているよ。寄り道場所は、稲荷屋かヴォルぺで、請求は直接、家に届くから、明楽君と知り合うまで現金を使ったことがなかった私達も大概、箱入りだけどね。えへへ。
「この辺りの家の子女は、皆、そうじゃないの。うちの次男が西都留学していた頃に、同級生の皆が現金の使い方を知らないって、ものすごいカルチャーショックを受けていたよ」
良真卿は、裏で色々と悪さをしていそうだな。あの人は要領の良さが服を着て歩いているようなところがあるから。そのくせ、成績が良くて、先生や女子から好かれるタイプだよね。くそぉ。やっぱりビジュか、ビジュなのか。
「ふーちゃん、顔がスナギツネになってるよ」
うん、明楽君、教えてくれてありがとう。
「明楽君は、もう、西都と嘉瑞山の生活に慣れましたか。うちの父の授業にも参加していますよね。やっぱり小野の子は優秀だって、褒めていましたよ」
ほう。霊泉先生が、私の豆柴ちゃんを褒めていたと。さすがは、何千人も教え子を持つ先生だよ。人を見る目があるよね。明楽君が褒められたので、峰守お爺様も私も嬉しくなった。パンチ君もふんぞり返っている。
「うん、俺の弟だからな。明楽はかしこいだろ」
あからさまに、私達が気を良くしているので、明楽君は、恥ずかしいのか、下を向いていた。
「そうですね。お兄さんのパンチ君が賢いからですね」
「うん、そうなんだ。俺、かしこいから。蛟の長老様にも、俺みたいな小さいものは、かしこく生きろって言われたし。なぎと、わかってるなぁ」
だから、呼び捨てっ!なぎとって言っちゃダメだってば。蛟の長老さま、完全に意図を誤解されちゃってるし。
「蛟の長老様ですか。また、すごいお知り合いが出てきましたね」
「うん。俺、千台の黒龍さまに拾ってもらったから」
「こっ、黒龍さまですか」
続けて出てきた更にすごい大物に、さすがの霊泉伯爵もドン引きで、手に持っていた木製の匙から、あいすくりんが、ぽろりと落ちた。
「あっ」
伯爵が、残念そうに地面に落ちたあいすくりんを見た。どんだけ好きなんだよ。
「稲荷屋のお爺さんがせっかく作って下さったので、大事に頂かないといけないのに」
偉いっ!さすがは、西都の人格者の霊泉先生のご子息だよ。そうだよ。食べ物は大事にしないとね。
ところで、この人格者の伯爵サマは、家の者には言わずに、こっそりと出たきて、あいすくりんを買う背徳感なるものに嵌っているらしい。内緒の買い食いに背徳感か。霊泉伯爵は、善良だなぁ。行列に並んでいたのは、全員、嘉瑞山の住人だから、全然、内緒になってないけどね。
帝国の至宝と言われた庭園を壊滅しても、罪悪感も何も持たずにケロッとしているどこぞの公爵家の大魔神とは大違いだよね。年齢的には似たような二人なのに、どこをどう間違えば、あんな面倒くさがりの悪党と、こんな上品で善良な紳士が出来上がるんだろう。
あいすくりんを食べ終わると、すぐに暑さが戻って来た。そろそろ家に帰ろうかという段になり、霊泉伯爵が、にこにこしながら、またパンチ君の手を握った。必要以上に、にぎにぎしている。あれは、峰守お爺様や、明楽君と同族で決定だ。ついでに、うちのお父さまや兄様のような可愛いもの好きの匂いもする。
「おじさま、ごちそうさまでした」
明楽君と真護と三人で頭を下げると、伯爵が「とんでもない。うちの家人に内緒にしてもらうための賄賂ですよ。だから、気にしないで下さいね」と笑顔を返してくれた。そして、声を落として私に耳打ちをした。
「霊泉は、公にはできないけれど、ふーちゃんには感謝しています。彼の姫は、霊泉家とも縁戚関係にあったんですよ」
ほんの少しだけ、先生と同じ、伯爵のきれいな青みがかった黒い目に憂いがよぎった。うん、霊泉家も水だもんね。
「御礼に、火の魔力を持つふーちゃんに、その昔、うちの先祖が
忠人様・・・って誰だっけ。どっかで聞いたことがある名前だけど。
「ああっ、忠人って、あの九尾の狐に、極悪って言われたすごく悪いご先祖だよ」
声に出してしまった本音に、峰守お爺様と伯爵が大笑いした。
「すごく悪いご先祖か。九尾の狐に言われたら、それはもう本当に悪いんだろうね!」
何かが峰守お爺様のツボにはまったのか、涙が出るほど笑っていた。
「忠人様は、火の魔力がとても強い方で、どこの誰がこんな盆地に都を移したんだと、お怒りになって、夏は一切、参内されなかったそうなんです」
ほら、やっぱり。すごく悪いやつで間違いない。天下の宰相が、暑いから参内しないってどういうことだよ。それで、許しちゃう陛下の御先祖様も甘すぎるよ。
「それで、内政に滞りが出まして、風の魔力持ちに【風壁】を作ってもらって、うちの先祖が他の水の魔力持ちと一緒に水を撒いて都を涼しくした、と当時の当主の日記に書いてあるんです。
夏山と大宅は、それぞれの当主は代々、
「なるほど。【風壁】の中で、水を循環させるということか。魔力を使った水冷式クーラーってところかな。それを都全体を覆うスケールでやるとは、なんとも、すごい話だね」
「考えただけで、魔力切れで眩暈がしちゃうよ」
峰守お爺様は考え込んでいたが、明楽君は、大きな目をくるりとまわしていた。うちの豆柴ちゃんにはいつも癒される。
「そうなんです。実際は、規模が大きすぎて、半日も持たなかったそうなんですが、宰相は、それを見てひらめいたのか、自分の周りに風壁を張って、風を循環するという魔法で、一人涼しいお顔で参内されたという話です」
やっぱりすごく悪いやつだ。自分一人良ければ、それでいいのか、嘉承忠人。九尾の狐にも嫌われるはずだよ。九尾は傾国級の悪い妖だけど、私の中では、二人を天秤に載せたら、確実に忠人の方が重いよ。それに九尾の狐は、びっくりするほど、綺麗なお姉さんだったしね。
「ああ、それは、空冷式クーラーの原理だろうね。それなら、私達にも出来そうだね。来週、練習してみようか」
峰守お爺様、涼しくなるなら来週と言わずに、今すぐやりましょう。魔力粒ならいくらでも出しますから。完全にやる気になっている私と明楽君の横で、真護が首を傾げた。
「それ、練習しなくても、ふーちゃん出来るよね。昔から、打ち水って言いながら、冷たい水を出したり、冷風を出してくれたりしてるよ」
「ああそうです。それを【風壁】内でやれば、水と風を持っているふーちゃんなら、水冷式でも空冷式でも出来るでしょう。魔力切れにならないように、自分の周りで小規模に行うというのを気をつければ、ある程度の時間は継続が可能かと思います」
何と。私って、実は天才なんじゃないの。打ち水とか冷風なら、ほんとに幼稚舎に上がる前からやってるよ。あれを【風壁】を張ってやればいいだけの話だったのか。
「はふー。目からウロコってこのことだよね」
実際に私達が座っているピクニックテーブルの周りを【風壁】で囲み、その壁の内側に水を循環すると、本当にクーラーのように冷えた。同じように風でもやってみたが、水冷式のほうが空冷式よりも効果があることが分かった。
そして私の夏休みの灼熱地獄の日々は、あっさりと解決してしまった。
ビバ四属性!
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