夏休みのふーちゃん1
あ゛ーっ。つ゛ーっ。い゛―っっっ。
毎日、毎日、なんでこうも暑いんだろう。
私の住んでいる西都は、盆地にあるので、冬は底冷えでめちゃくちゃ寒くて、夏は熱気が籠りやすいから、とにかく暑い。どこの誰が、何をとち狂って、こんな土地に都を築こうと思ったのか。昔々の陛下、ありえないですって。
「ああっ。牧田、大変だよ。暑過ぎて、私の視界、おかしくなっちゃったかも」
とうとう暑さで視界にまで影響が出て来たようだ。毎日のように、日がな一日、ぶちぶちと文句しか言わない私に、今朝は、さすがの牧田も呆れた目を向けて来た。いや、そこは、心配の目を向けてよ。
「それは大変ですねぇ。困りましたねぇ」
牧田が、全く困っていない声で言いながら、私のおでこに手をのばし、べりっと貼り付いていたものを剝がして、私に見せてくれた。
「あっ、冷えピタ、そういえば、貼ったまま寝てたよ」
えへへへ。太っていると、どうしても暑さには弱くなるよね。それに、私は子供体温だし。昨日、寝る前に、暑さに耐えられなくなって、救急箱にあった熱さましシートを首の後ろに貼って涼んでいたら、そのまま寝落ちしていたみたいだ。それが何でおでこに移動しているのかは謎だけど、確かに視界は元に戻った。それと同時に目の前にいる父様からの白い目で、若干、体感温度が下がった気もする。
「ふー、お前、寝相が悪いんだから、そんなもん貼ったまま寝るなよ。口や鼻に貼り付いたらヤバいだろうが」
確かに。おでこだから良かったけど、もしも、それが下に下りて来て、口と鼻を覆ったら呼吸が出来なくなっちゃうよね。
「はい。気をつけます。でも、父様、こんな極寒・酷暑の土地に都を築こうなんて、酷い話だと思わない?陛下の御先祖様の皇帝陛下も、もうちょっと考えて、北の方に遷都して下さったらよかったのに」
「まぁ、遡れば、陛下の御先祖にもなるが、正確には、うちの先祖だな。遷都を決めたのは、当時の宰相だった嘉承の当主だ」
・・・そうくるか。古今東西、嘉承公爵家の当主は、ほんとにロクでもないことばかりやって、甚だ迷惑な存在というのが定説のようだ。代替わりの暁には、私は、ただひたすらに引き籠って美食研究に邁進して、社会に迷惑をかけない良い公爵になろう。その前に、世界美食ツアーに行かないとね。
「それなら、なおさらだよ。うちのご先祖様なら、火の魔力を持つ子孫のことを、もう少し考えて下さればよかったのに」
火の魔力持ちは、ほとんどと言っていいほど体温が高い人が多い。この時期は、サブ子叔母さまも、西条家や北条家に連なる高位の火の魔力持ちのほとんどは、西都を脱出して避暑地で過ごしている。野生のサブ子がいないのは、平和でいいけど、私も、西条の兄様か、北条の兄様に頼んで一緒に連れて行ってもらえばよかった。
「まぁ、うちは風も持っているからな。完全二属性でもあるし」
それまで新聞を読んでいたお祖父さまが、顔を上げて、涼し気なご様子で仰った。お祖父さまは、どちらかというと風よりも火をお得意としておられるが、制御の鬼と言われている人だけあって、風の制御も誰よりも上手い。夏になると魔力を風の方に多く振り分けているので、だらけきった子豚とは大違いで、毎日、凛としてお過ごしだ。元々、風の方が得意な父様は言うまでもない。
「いいなぁ。私も風に魔力を振り切って、涼しく過ごしたいです」
「は?お前、まだ、魔力の配分調整が出来ないのか」
できるわけないでしょ。教えてもらっていないのに。だいたい、父様が帝国一の面倒くさがりのせいで、制御も何も教わった記憶がないよ。私が四つの魔力を今のように使えるようになったのは、きつね先生が土人形を式にして、それぞれの魔力を纏わせるという方法を教えてくれたからだ。
「ダサっ。さっさと、峰守おじさまに習っとけよ」
出たよ、丸投げ。しかも、ダサいって何でだよ。嘉承家の育児は「カッコウの托卵」が信条で、先祖代々、瑞祥家に丸投げだ。魔力の使い方や制御は、さすがに瑞祥では火と風は扱えないので、親や側近に習うらしいが、父様の魔力の使い方を鑑みるに、基礎からちゃんと教わっていない気がする。父様は、とにかく応用魔法が多いからね。お祖父さまは、割とまともなのに。
「そういえば、お祖父さまは、どうやって習ったんですか。特に制御」
「お前の曾祖父に教わった。あの父が相手では、誰でも死に物狂いで何でも習得するだろうよ」
・・・訊かなきゃ良かったよ。そういえば、私の曾祖父は、サブ子と雰囲気が似ているという噂の大魔神だった。そういうスパルタ教育は絶対に無理。私は、褒められて育つタイプだから、平和に峰守お爺様に教わろうっと。
「・・・という訳なんです。峰守お爺様、よろしくお願いします」
今朝の事情を説明して、目の前にいる峰守お爺様に頼み込んだ。夏休みに入っても、毎週土曜日の風の魔法の特訓は続けてもらっている。もちろん、明楽君も、真護も一緒だ。でも、この夏休みが終わると、峰守お爺様との基礎練習は終わることになっている。明楽君と真護は、応用編ということで、東条家で享護おじさまから、風を使った戦闘術を習う予定だ。私は、直接、風を使わずに、式を通すという変則技に慣れ過ぎてしまっているので、享護おじさまではなく、あの面倒くさがりの応用魔法大魔神に教えを乞うことになる予定だが、ほぼ確実に、喜代水に追いやられると思う。魔力と妖力は似て非なるものだけど、使い方はよく似ているし、何と言っても喜代水の妖たちの方が、面倒見がいいし、教え方も丁寧だからね。私が喜代水に通っていると知ったら、きつね先生も、顔を出してくれると思うし。
「ふーちゃん、私では無理だよ。風の制御は教えてあげられるけど、火の魔力は持っていないから、魔力の振り分けなんか考えたこともないよ。完全二属性の魔力持ち、特に、そういう技術的な部分は、やっぱり、なー君か敦ちゃんに教わるしかないと思うよ」
ですよねぇ。いつも穏やかで、孫の明楽君と同じように可愛がってくださる峰守お爺様を困らせたくはないが、ほんとに暑くて死にそうなんだよ。なんとかならないかな。
「風しか持っていない私では、正しいかさえ分からないけど、【風壁】と【風巻】じゃ、魔力の使い方が違うから、魔力の量を変えるでしょ。その要領で、今、火はいらないよ。風だよ~って魔力量を配分するみたいな感じかな?」
「ああ、それ、いいかも。今は、火じゃないよ~、風だよ~って魔力の種類を意識すれば、もっといい感じ?」
いやいや、峰守お爺様、明楽君、感じ、感じって言われても、全く掴めないってば。そもそものところで、嘉承一族で、魔力循環なんか意識している人っているのかな。お祖父さまはともかく、父様はほぼ野生の本能で魔力を放出する歩く核兵器だからね。
「ふーちゃん、気合でぐわんってやればいいかも」
何だよ、それ。理論というものが破綻しまくって欠片も残っていないだろう。東条家は皆、擬態語が多すぎて、説明がよく分からない時があるが、身内には、「気合でぐわんっ」で通じるから怖い。来月からの応用編の特訓、大丈夫なのかな。
「家に帰ってお祖父さまに相談します」
私が、至極まともな結論に至ったところで、皆が「ですよねぇ」という顔になった。今日は、これで特訓はおしまい。
そこに、だらだらと寝ころびながら、私達の練習風景を見物していたパンチ君が起き上がり、トコトコと歩いてきた。
「若様、まじゅつのれんしゅー、おつかれさまでーす。明楽、そろそろ、あいすくりんのジジイが来るんじゃないか。早く買いに行こうぜ」
パンチ君、相変わらず口が悪いな。嘉瑞山の猫なら、もっと上品にしないと、例の長毛種の猫の親分に怒られるんじゃないの。
と呆れるものの、パンチ君は、パンチ君なりに、明楽君に対しては、ちゃんとお兄ちゃんをしていて、嘉承病院で稼いだバイト料で明楽君にあいすくりんを奢ってあげている。安いあいすくりん代を出すだけで、後はサロンでのトリミング代に全てのバイト料つぎこんでいるあたり、ホストクラブ通いが止められないお姉さんたちとやっていることがほぼ同じだけど。でも、ちゃんと明楽君の実母との約束を守っているのは、律儀というか、忠義というか、えらいよね。ちなみに、払うのは明楽君の分だけで、パンチ君自身のものは勝手に親分にされている私が何故か毎回支払っている。えらいけど、せこすぎないか、小野家の猫又。
とにかく、暑すぎて記憶も飛びがちだが、今日は、稲荷屋の最高齢の従業員のお爺さんが、あいすくりんという氷菓を嘉瑞山まで売りに来てくれる日だった。アイスクリームよりもカロリーが低いので、甘いものが大好きな魔力持ちが多く住む嘉瑞山では、女性に大人気で、稲荷屋名物の求肥に、瑞祥の領地でとれた抹茶を練り込んだ抹茶大福あいすくりんは、早く行かないとすぐに売り切れてしまう。
盆地の西都は、6月に入った途端、異常に暑くなったので、年齢を考慮して、稲荷屋は夏の間、お爺さんの自転車での販売を禁止して、三番目の息子のこんちゃんの運転で配達用のバンで売りに来てくれている。あんな高齢者にこの炎天下、自転車で売りに来いとは誰も言えないので、心配していたけど、こんちゃんと車で来るなら安心だよね。お爺さんは、体がなまって老け込んでしまうと言って、当初は嫌がっていたそうだけど、「大恩ある嘉承の若様のご命令に逆らうわけにはいかないから」と、女将さんと四人のこんちゃん達に説得されたそうだ。
そんな命令出したこともないけど、主人のこんちゃんと長男こんちゃんが、あいすくりんと他のお菓子を大量に持って謝罪と事情説明に来てくれたので良しとした。私の名前を出して、丸く済むならいいとは思うけど、そのうち、嘉承の次代は、とんでもない暴君という噂が広まりそうな気もするけどね。
「お兄ちゃん、僕、今日は、抹茶のあいすくりんの大福がいいな」
「うん、俺も同じのを買おうと思ってる。あれは人気商品だから、急ごうぜ」
小野家の妖の黒猫と小学生の不思議な兄弟が、うきうきしながら会話をしているのを峰守お爺様が嬉しそうに見ておられる横で、真護が「麦茶だ~!」と叫んだ。篤子おばあ様が、にこにこしながら、冷えた麦茶を持ってきてくれていた。空気が読めない、または、うちの父様のように読まない人が多い風の魔力持ちの中でも、小野と南条は別格で、場の空気も人の機微にも聡い。篤子おばあ様は、いつもながら頃合いを見測るのが抜群に上手く、いかにも南条の血筋を思わせる社交派だ。
この小野と南条の両方の血を持っているコミュニケーション能力のお化けのような人たちが、前外務大臣の小野俊成子爵、外交官の良真卿、故鷹邑卿の遺児の明楽君の三人だ。伯父である子爵と良真卿が完全な風の血筋なのに対し、明楽君の実母は水の魔力持ちだった。明楽君自身には水の魔力は発現しなかったが、明楽君の中にある水の血は、今では禁忌となった系譜のものだ。そんなことで、曙光帝国一の外務大臣と呼ばれた峰守お爺様が、明楽君を守るために私の側近候補にしたいらしく、篤子おばあ様を使って嘉瑞山に強引に引っ越してきた。
峰守お爺様は、うちのお祖父さまの学生時代からの親友だし、父様にいたっては、側近ごと、いくつも良真卿に借りのある身だ。そのうえ、牧田が明楽君を気に入っているので、峰守お爺様の強引な手口に嘉承は沈黙を貫いている。牧田は、小さいのに苦労人で、ちょっと貧乏性で堅実な明楽君に甘い。何度も言うけど、我が家は、どんな魔力を持った大魔王が生まれても、未来永劫、牧田には逆らわない。ただただ、牧田の脛をがしがしと齧り続けてお世話になるのみだ。
私達の家のある嘉瑞山は、それこそ千年を超える歴史を持つ西都の公家の邸宅がひしめく住宅街で、新しく引っ越してきた隣人というのはあり得ない。もう土地がないからだ。ところが、峰守お爺様が、篤子おばさまに南条家の庭の離れをおねだりさせて、さっさと増改築して南都から移り住んでしまった。この離れは、嘉承家と南条家の間に建っていたこともあり、今、小野と南条の間には次代の最側近候補という微妙な問題が流れている。
微妙とは言っても、佳比古おじいさまも、織比古おじさまも、子供に意地悪をするような狭量な人たちではないので、明楽君には全く問題はない。ただ、織比古おじさまが、暁子姫の将来を憂い、少々、情緒不安定になっているらしい。オリー、最近、うちの夕食に姿を見せないけど、大丈夫なのかな。
そんなことを考えながら、冷えた麦茶を飲んだ。やっぱり夏は麦茶だよね。甘いジュースだと、余計に喉が渇くし、お茶請けの邪魔になるからね。
「今日は、小ぶりのどら焼きを一つずつね。この後、あいすくりんを食べるんでしょう」
いやいや、篤子おばあ様、子豚の胃袋を侮らないでね。こんな小さなどら焼きと、カロリーの低いあいすくりんじゃ、全然、魔力回復にならないよ。
「若様、早く行こうぜ。売り切れたら大変だ」
パンチ君が焦れたように私の腕を引っ張ったので、真護が、あからさまにムッとした。真護は、普段は、フレンドリーな明るい性格なのに、パンチ君には、やけに塩対応だ。
「おい、バカ猫、ふーちゃんを引っ張るな。お前だけ、さっさと行けばいいだろう」
「はぁ。何だと、金魚のふん小僧、やんのか、ごらぁ」
うん、分かった。これは、間違いなく同族嫌悪。レベルが同じなんだろうね。
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