第2話 いもうと
とうとう、待ちに待った姫が生まれたと瑞祥のおじいさまが教えてくれた。お兄さまになると言われて、弟の彰人は大喜びだ。
「兄しゃま、嬉しいねー」
「敦人、彰人、よかったねぇ。お前たちと同じくらい可愛い姫が生まれたよ。嬉しいねぇ」
瑞祥のおじいさまは、大好きだけど、僕は、もう気づいている。おじいさまの可愛いは、絶対にあてにならない。絶対に、だ。
おじいさまは、地面を這うアリの行列を見ながら、彰人に「かわいいねぇ」とか言う人だ。あんなチマチマした黒い昆虫の行列のどこに可愛さがある。見ているだけで、かゆくなるというのに、彰人と二人で、しゃがみこんで、ずっと見ていらっしゃるから困った。かわいい弟が蟻に噛まれたらどうしてくれるんだ。
大喜びの二人を前に、何だか、納得がいかない気持ちだ。何故か、心がざわざわする。
「敦人、彰人、姫のご様子と、お前らの妹を見に行くぞ」
病院から、父様が戻って来て、僕と彰人は妹を見に行くことになった。彰人は、まだ小さいので、病院まで歩くのは大変だから、父様に抱っこしてもらったけど、僕は、もうずっと前に、お兄さまになったから自分で歩く。
「敦人は、お祖父様が抱っこしてあげよう。敦人には、お祖父様もいるんだから、お父様を弟に取られたとか思ってはいけないよ」
もう一回言う。僕は、瑞祥のおじいさまが大好きだ。でも、おじいさまが考えている「僕の考え」というやつは、いつも明後日を向いている。正直、そんなことは考えたこともないというものばかりだ。
「おじいさま、僕、もう重いからいいよ」
「大丈夫。敦人は可愛いからね。私は、たとえ腰が抜けようとも、敦人を抱っこしてあげるよ」
何度でも言う。僕は、瑞祥のおじいさまが大好きだ。でも、腰が抜けたら、抱っこは出来ない。それに、可愛いから大丈夫という意味が分からない。
「敦人、子供が遠慮することはないんだよ。さ、抱っこしてあげようね」
いそいそと両手を差し出してくるお祖父さまに、どうしようかと父様の方を見ると、父様が【遠見】を投げてきた。
『お前、絶対に今思っていることを口に出すなよ。でないと蔵馬山に捨てる』
父様は、瑞祥のおじいさまに育ててもらった御恩があるから、いつも、おじいさまの前では、良い子の顔をする。でも、良い子は、息子を天狗のいる山に捨てるとか言わないと思う。
「敦人?」
にこにこ顔で、両手を差し出しているおじいさまをがっかりさせると、お山に捨てられるか、かりっと焼かれるかのどちらかなので、大人しく抱っこしてもらうことにした。おじいさまは、父様と同じくらい背が高い。でも、ずっとすらっとした体形だ。腕も細い。
「敦人は、軽いね。軽すぎるんじゃないか」
「お父様、ご心配なく。風の魔力を持つと、そうなるんです」
「そうなのかい?」
そんなわけがない。真っ赤な嘘だ。父様に、死ぬんじゃないかと思うほどに特訓を受けた【風天】で体を浮かしているだけだから。
病院に着くと、彰人と初めて会った時のように、新生児室の前で、妹を待つ。その間に、僕は降ろしてもらって、代わりに彰人が、おじいさまに抱っこされていた。もちろん、父様が、速攻で彰人に【風天】を纏わせ、おじいさまに負担がないようにしている。
「ほら、彰人、赤ちゃんがいっぱいだよ。どの子も可愛いねぇ」
「はい、可愛いねー」
おじいさま、お願いだから、弟に変なものは、きちんと変だと教えてください。新生児は、どの子も、真っ赤で、ふやけていて、モソモソしていて芋虫の親戚だ。かわいくない。いや、お祖父さまの中では、アリの行列も可愛いから、芋虫は普通に可愛いのか。
彰人とお祖父さまが、きゃっきゃと嬉しそうにしているのを、後ろで生温い目で父様と見ていると、ナースが、彰人の時と同じように、大きな蚕を持ってきた。あれは、おくるみに包まれた妹だ。
「この度はおめでとうございます」
そう言いながら、ナースがおくるみを傾けて、中の赤ちゃんが見えるようにしてくれた。彰人が興奮して、おじいさまの腕から乗り出すようにして、おくるみの中を見た。
「かわいいっ!」
彰人が、上機嫌で叫んだ。
「兄しゃま、姫、すごくかわいいよー」
彰人が、可愛い顔を赤らめながら興奮した様子で教えてくれた。そんなに可愛いのか。それなら、僕も見てやらないこともない。
「父様、抱っこして」
「おう、いいぞ」
父様に抱き上げてもらって、おくるみの中を二人で覗き込んだ。
・・・何か違う。
「父様、あれは、姫だよね?」
「おう。何か思っていたのと違うけどな」
おくるみの中の赤ちゃんは、やけに根性のありそうな、漢の顔をしていた。本当に、姫なのかな。
「かわいいー。この子も魔力があるかな、おじいしゃま?」
「かわいいねぇ。この子も、力強い、いい魔力の流れをしているねぇ」
それだ。新生児のくせに、妙に力強い感じのする妹には、間違いなく嘉承の魔力がある。どこからどう見ても、瑞祥の血の一滴も感じさせない、圧倒的に嘉承。
「父様、この子、嘉承だね」
「そうだな。しかも、風を持たない嘉承だ」
風を持たない嘉承と言うと、火だ。僕を睨み返してくる強い目を見ながら、この目は確かに火だなと納得した。
「そうか。火の姫か。それは勝気な感じの可愛らしい姫になるな。よかったな、長人」
「ありがとうございます、お父様」
勝気で可愛らしい火の姫というのは、危険物の間違いじゃないのか。
「敦人」
「分かってます」
おじいさまの前で余計なことを言うと、瞬間、父様に蔵馬山に捨てられる。僕がいなくなったら、彰人が、本気で蟻の行列や、モソモソの芋虫を、可愛いと思う変な人間になってしまうかもしれない。ただでさえ、瑞祥家は、呪われているのかと思うほどに気色悪い姿をしたハンザキを、お池に住まわせて可愛がっているくらいだ。僕は、おじいさまも、お母さまも大好きだけど、ハンザキは、可愛くはない。あの裂けたような大きな口、奇妙な手足も、色も模様も、どの辺をどう見たら可愛いのか全然分からない。
「お父様、今から姫のところに二人を連れて行きますね」
「ああ、そう。私は、ここで、もうちょっとだけ天使といるよ」
おじいさま、それは、天使なんかじゃなくて、鬼の子・・・はい、余計なことは言わない。ここは彰人の将来のためにもお口にチャックで我慢だ。
三人で、お母さまの病室に行くと、やっぱりおばあさまもいらっしゃった。おばあさまは、皇帝陛下の妹で、元内親王殿下という、面倒くさい方だ。ここは、下手に絡まれないように、大人しく隅っこにいよう。
「なーくん、敦ちゃん、彰ちゃん、姫には会った?かわいい子でしょう」
「はい、おかあしゃま。姫はすごくかわいいです」
彰人が、嬉しそうにお母さまに、はきはきと答えた。
「そう。敦ちゃんも、彰ちゃんと一緒にかわいがってあげてね」
お母さまのお願いだけど、あれをかわいがるのは、ちょっと無理な感じがする。
「彰が姫をかわいがったらいい。それで、僕が彰をかわいがるから」
「うん、僕が姫をかわいがるから、兄しゃまは、僕をかわいがってね」
にこにこする彰人を見て、ほんの少しだけ心が痛んだが、父様の【遠見】の注意は飛んでこなかった。
数日後、あの気合の入った目で僕を睨みつけてきた妹の名前が、嘉承頼子になったと告げられた。あれは、三番目のサブロー君でも別にいいと思うけどな。
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