人生の道標おっさん


 わいわいガヤガヤしていたギルドに一瞬で、凍りついたかのような静けさが訪れる。


 いつもの光景だ……とはいえ、普段来るときはピークを過ぎているので今日ほど露骨じゃないんだがな。

 緊急依頼が終わって、珍しくギルドでたむろする奴等が多かったのが災いした感じだな、こりゃ。もう少し遅れて来るべきだったか?



 今更ながらこの国は一神教だ。んでもって、国の創立背景として、なんかすごい闇から神様のお陰で逃げられたというのが王国民に刷り込まれている。

 そのせいか、闇を連想させる黒に近い色は忌避される傾向にある。


 そして、ここで問題だ。俺は生まれも育ちも、父も母も純粋なジャパニーズ。じゃあ、異世界転移してきた俺の髪と目は何色だろうか?


 ――答えは黒。そりゃもう、綺麗な漆黒よ。この世界で黒髪黒目の人間は自分以外に見たことがないね。

 リオでさえ、光に透かすと茶色く見えるような黒髪だしな。目の色もダークブラウンで俺から言わせれば黒じゃない。



 そんな、生まれながらにして髪や目に黒色を持つ人はどんな目に遭うのか。

 

 ま、差別だわな。


 差別とは言っても暴力的なタイプじゃないだけマシだが。むしろ、触れることはおろか、近づくことすら嫌悪している感じだな。

 無視に陰口……たまに闇を祓おうと立ち向かってくる血気盛んな若者もいるが。殺したら呪われるぞー、なんてふざけて言ったら、腰抜かしながら顔面蒼白にして震えてたっけ……今も元気にしてるだろうか?


 ま、誰だって人間サイズのゴキブリがいたら関わりたくないだろう?そんな認識なんだろうな、この国の人々にとっては。



「おう!レオンじゃねえか。相変わらず、来るのがおっせえのな!」


「わざと遅くに来てんだよ。んなこたぁ言われなくても分かってんだろ、アレックス」


「あー、まあな。だが、こういう時くらい早めに来たっていいじゃねえか。どうせ、俺に用があるんだろ?」


「……たしかに、待たせてる事実は否定できないが…」


「そっちこそ分かってんなら、緊急依頼後くらいは早めに顔見せろよな。じゃねえと、いつまで経ってもあいつらの態度は変わんねえぜ?」


 この街で長年、ベテラン銀級冒険者として活躍しているアレックス。初対面のときから、俺に何の差別や偏見も持たずに接してくれた貴重な人だ。

 こいつは俺にとって、冒険者の仕事やこの街で生きていく術を教えてくれた人生における師匠なのだが……一緒に酒や飯を食べて、どうでもいいことで笑い合える仲でもある。まもなく四十後半に差し掛かろうとしているおっさんだがな。


「…善処はする。が、互いに迷惑が掛からないならそれでもいいと思ってるんでね……」


「はぁぁ……そんなんだからリオのやつも苦労すんだよなぁ」


「ん?俺がヘイト貰ってる分、リオにはそこまで負担がかかってないと自負してるんだが」


「そうじゃねえよ、まったく。ちったあ、師匠を尊敬する弟子の気持ちになってみやがれってんだ……あー、師匠が俺な時点で無理な話だわな、がはは!


――で?用件は奴等の棲家だった場所でいいのか?」


「あぁ。毎度の事ながら悪い。面倒をかける」


 ギルドに併設されている酒場のマスターにエールと簡単なつまみをお願いする。

 親しき仲にも礼儀あり。インターネットなんかない足で稼ぐ世界において、タダで情報を貰おうなんてのはご法度だ。


「お、サンキュー。ってか、自覚があんなら俺たちと来ればいいだろ。そしたら二度手間なんか掛けずに済むのによ」


「はんっ、何回するんだその話題」


「はいはい、どうせ"俺は戦闘畑じゃないんですぅ"だろ?」


「全然っ、似てないな。そんな情けない声じゃねぇよ」


「変わらん、変わらん。少なくとも新人ちゃんにナメられる程度じゃあな。ったく、ガキだった頃の貪欲さはどこに捨ててきたんだか…」


「ししょーのおかげで生活が安定したんでね。貪欲になる必要はもうないな」


「ふんっ………なぁにが戦闘畑じゃないだ。対人戦で1度たりとも一本取られたこと無いくせによぉ」


「その代わり、勝ったこともないけどな?良くて痛み分け、それ以外は時間切れによる判定負けだ……ってかそもそも、対人と対魔物じゃ全然違うだろ」


「はぁ…いつもの流れだな。まぁ、いい。

 オークの群れがいたところだが――お前さんが遭遇した場所から東に500歩程だ。そこに中規模の集落が形成されていた」


 想定したところよりもかなり近場に出来てたのか。あのまま倒したあとに周囲を調査していたら、最悪本隊にかち合う危険が有ったんだな。怖い、怖い。


「ん、あんがとさん」


「あいよ。このあとレオンはいつも通り採集に出るのか?」


「あぁ。この街の冒険者は戦闘民族が多いみたいでね。稼ぎがいいんだ、これが」


「そうかい、そうかい。討ち漏らしはないと信じたいが、一応気をつけてな」


「りょーかい。んじゃまぁ、行ってくらぁ」



 聞きたいことが聞けたので、ギルドを出ますかね。アレックスとの駄弁りは楽しいんだが……ひそひそと会話される空間ってのは居心地が悪くて長居したくないんだよなぁ……。










「なぁ、嬢ちゃんや」


「はい、何でしょうか?アレックスさん」


「あいつが銀級に上がれねえのはよぉ……やっぱギフトが無いからか?」


「規定上ではそうですね。……教会の方々は闇を極度に恐れていらっしゃるので…」


「そうか――ままならねえな」


「ですが、レオンさんも好んで銅級にいる節がありますので……必須条件の緊急依頼はご周知の通り、護衛依頼ですら一度も受けたことがありませんし…」


「あいつ、クランに所属すらしねえもんな……そんなにいいもんかね、銅級ってのはよ」


「……さぁ。私の口からはなんとも」

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