名前のない小説

物部がたり

名前のない小説

 年末の大掃除で祖父母の家の掃除を手伝っていたら、知らない出版社から出版された、知らない作家の本を発見した。

 奥付に印刷された発行日を確認すると、昭和であった。

 紙はセピア色に染まり、ページをパラパラすると古い紙特有のちょっとカビ臭い甘いにおいがする。

 祖父母の家の本棚には古い、忘れ去られた作家の本が沢山並べられていた。

「終活するから捨ててしもうて」

 と、れいは祖母から頼まれているが、古いとはいえ保存状態も良い本を捨てるのは、やしろを捨てるかのような罰当たりな気に苛まれた。

 

 れいは掃除を一休みして、古い本の書き出しと終わりの数行に目を通した。本屋に行ったときも、れいは書き出しとラスト二三行を読むようにしていた。

 以前「書き出し決まれば小説の八割はできたも同然」という言葉をネット上で見て以来、書き出しを意識して本を読むようにしていた。

 昭和初期や中期の本が多いが、森鷗外の舞姫のような難しい言葉で描かれていないため、スラスラ読むことができた。

 どの本も当然のことだが小説として成立していて、文体も言葉選びも良かった。

 

 れいはつくづく不思議に感じた。

 夏目漱石、森鷗外、芥川龍之介、宮沢賢治、太宰治など現代に名を遺す作家と忘却されてしまう作家は何が違うのか。

 少なくとも、これらの本を読む限りではわからなかった。

 人が文字を発明して文章を紡ぐようになって以来、苦労して書き上げた物語の数々は忘却されてしまったと思うと儚くなった。


 今いる作家らも、半世紀もすれば時の流れに淘汰され、後世の人に存在すら知られなくなるだろう。

 だからと言って、再び掘り返して時間と労力を投じ宣伝する気にもならなかった。そこまでの価値を感じるには、現代は余りに物語が溢れ過ぎていた。

 誰か価値を知る人の手に渡ることを信じて、れいは古本屋に持っていくことにした――。

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