第2話 よそ者と裏切り者


 姉さんも私も、ずっと母さんを見てきた。

 子供ながらに、よそ者扱いされているのは分かっていた。

 それでも母さんは、いつもニコニコ笑っていた。親族とうまくやっていこうと頑張っていた。

 でも、周囲はそれを認めなかった。




 空気の読めない厄介者。

 村の一員になろうともしないよそ者。

 跡継ぎも産めない役立たず。




 そう言って母さんをおとしめた。






 父さんが死んでから、母さんは一人でこの家を切り盛りしてきた。

 大変だったと思う。

 協力してくれる人は一人もいない。

 それでも母さんは、この家に嫁いだ人間として、その責務を全うしようと頑張った。

 何より母さんには、私と姉さん、二人の子供がいた。

 この子たちだけは守らないといけない、ずっとそう思い、自分を犠牲にしてきた。

 そんな母さんを見て。

 私は心から不憫ふびんだと思った。



 親族はまず、姉さんに目を向けた。

 姉さんは自由奔放な性格だったが、頭もよく、高校で生徒会長もしていた。

 そんな姉さんに婿を取らせ、この家を存続させる。そういう目論見もくろみだったようだ。

 でも姉さんは、卒業と同時に家を出た。村を捨てた。

 子供の頃から母さんを見てきて。

 こんな人生送りたくない。いつもそう言っていた。

 そして、その言葉通りに動いた。

 都会の大学に進学し、そのまま就職。

 数年後、職場で出会った人と結婚してしまった。


 親族は大騒ぎだった。

 みんなが母さんを責め立てた。

 でも母さんは、いつもと変わらずニコニコ笑いながら、


「まあ、あの子がそう決めたんだから、いいじゃないですか」


 そう言って取り合わなかった。

 呆れかえる親族たち。

 そんなに家が大事なら、あなたたちの誰かが本家を継げばいいのに。子供ながらにそう思った。

 でも、名乗り出る者は一人もいなかった。

 自分たちは分家として、本家に寄生して甘い汁を吸いたいだけなのだ。

 本家にかかる重圧、責任を背負っても構わないと意気込む者など、一人もいなかった。


 卑怯者め。






 そんな彼らが次に目をつけたのは、当然私だった。

 本家の血を受け継ぐ、最後の人間。

 彼らは私に対して、露骨に優しくなっていった。

 見え見えなのよ、あなたたち。

 私を村から出さず、婿を取らせ、殉じさせるつもりなんだ。

 まだ高校2年だった私は、そんな大人たちの視線にさらされながら、自分の未来に悲嘆した。


 逃げることは出来ないのかな。

 ずるいよ姉さん。

 私を置いてけぼりにして、一人だけ自由になって。

 そう思い恨んだ。




「あんたも好きにすればいいんだよ」




 どこまでも笑顔で、母さんはそう言ってくれた。


「母さんはいいの? 私まで出ちゃったら、本当に一人になるんだよ?」


「そんな心配、子供がしなくていいんだよ。私は私の意思で、この家に嫁いだ。失敗もたくさんしたし、間違いもいっぱいあった。でもね、それは私の人生なの。私の選択なの。

 でもあんたは違う。あんたは私じゃないし、未来にはたくさんの可能性がある。家のことを考えて、それを選択しても勿論いい。でもね、責任や義務感で選んじゃ駄目。必ず後悔するから」


「母さんは後悔したの?」


「そりゃあ長いこと生きてる訳だし、後悔なんていっぱいしたわ。と言うか、後悔したことのない人なんて、いるのかしら。

 でもね、それを誰が選択したのかで、意味は違ってくるの。少なくとも私は、自分の意思で今の生活を選んだ。だから満足してるよ」


「自分で……」


「しっかり悩みなさい、自分の為に。間違っても、誰かの為に自分を犠牲に、なんてことにならないようにね」





 母さんの言葉が、私の背中を押してくれた。

 私も姉さんと同じく、都会の大学に進学する道を選んだ。

 親族の怒りは、想像するまでもなかった。

 この家を潰すつもりか。どんな教育をしてきたんだ。

 そう言って母さんを責めた。

 でも母さんは、相変わらずニコニコと笑い、受け流していた。


 面白いもので、家を出ると決めた日から、周囲の私を見る目が変わった。

 村八分って、こんな感じなんだな。そう思った。

 学校でも、友達が離れていった。

 狭い村社会。噂の流れるのは早い。

 あの子は家を、村を捨てたんだ。

 そんな子と仲良くしてたら、自分にまで火の粉が飛んでくる。

 自分を守る為の行動だったんだろう。


 おかげで覚悟が決まった。

 こんな村、こっちから捨ててやる。

 言うことを聞かなくなった途端に態度を変える。そんな親族なんて、身内じゃない。

 そう思った。



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