第9話 春は忙しい

 学舎の武術訓練は、落ちこぼれ確定だ。

 サリーは、弓はそこそこ上手い。風の魔法のお陰もあるかもしれないけど。

 私は、下手くそなんだよね。オリビィエ師匠は、人間は何年も練習して身につけると言うけど、向き不向きもあるんじゃ無いかと思う。


「ミク、ちゃんと的を見て射るんだ!」

 リュミエールは、親切に教えているつもりだろうけど、見ているよ!

「弓は向いていないのかもしれないな」

 メンター・マグスにも匙を投げられたよ。


 まぁ、弓だけでなく、他の武術も向いてなさそうなんだけどさ。

 学舎の学習は、かなり進んだ。2の巻の地理や歴史を覚えたから、3の巻をやっている。

 つまり、リュミエールと同じ席なんだ。


『サリーと一緒の席の方が良いのに……』と内心で愚痴るけど、複式学級だから、仕方ない。

 それと、サリーも1の巻は終わったから、そのうち追いつきそう。

 リュミエールは、やはり親元から通っているからか、甘えていたみたい。

 宿題もちゃんとしてこなかったりしてたけど、今は違うよ。


「おチビちゃん達に負けられない!」

 私達が来てから、宿題もちゃんとして来てるから、もうちょっと頑張れば4の巻に上がりそう。


 4の巻からは、2列目の席だから、私とは別になるね。

 リュミエールが嫌なわけじゃない。サリーと一緒に座りたいだけ!


 サリーは、魔法実技の日は薄い緑色のワンピース、武術実技の日はお古の青いチュニックとズボンで通っている。

 私は、魔法実技の日は、ママに縫って貰った茶色のチュニック、武術の日はお古のグリーンのチュニックを着る事が多い。

 お古の方が生地は上等なんだけど、茶色のチュニックとズボンは、まだ大きすぎるから、身体を動かす時はちょっとね!


 昼は、木の家アビエスビラに帰って、朝作ったスープと肉を焼いて食べる感じだね。

 パンを焼きたいから、石窯を庭に作りたいけど……石が無いんだ。

 いや、何処かにはあるのだろうけど、見当たらない。

 それにモルタルもね! 狩人の村は石垣に囲まれていたから、補修用の石やモルタルがあったんだよ。


「オリビィエ師匠、こんな風な石窯が作りたいのです」

 石板に絵を描いて、材料が何処にあるのか訊ねる。

「ふうん、これで肉やパンを焼くのか? 人間の町では、パン屋があったよ」

 わぁ! 行ってみたい!


「師匠は、人間の町に行った事があるのですか?」

 オリビィエ師匠は、笑う。

「アルカディアのほとんどの森の人エルフが人間の町に行った事はあるさ。若いうちは冒険したくなるからね。そのまま人間の町に住む森の人エルフもいるけど、子育て中はアルカディアに戻る。それと、年を取ったら帰る森の人エルフが多い」

 

 ふうん! 狩人の村では、出て行った若者はほとんど帰ってこない。偶に、結婚資金を貯める為に出稼ぎしたりする場合は帰ってくるけどね。


 話が逸れたけど、石やモルタルは倉庫にあるそうだ。

「なら、頑張って作ります!」

 前の石窯は、パパが作ってくれたけど、今度は自分で作ろうと思った。

「ミクだけでは、無理だろう? 鍛治や建設ができる大人に任せた方が良い」

 えっ、そんなに大層な事を? なんて考えていたけど、オリビィエ師匠は私が学舎に行っている間に、話をつけてくれた。


 木の家アビエスビラの横に私が考えていたよりも立派な石窯ができていた。

 ガラス瓶に木苺を入れて、天然酵母は作っているから、小麦粉を捏ねて発酵させる。


「明日にはパンを焼きます」

 サリーは、狩人の村にいる時から、私のパンを時々食べていたから知っている。

「ミクのパンは柔らかくて美味しいから、楽しみだわ!」

 ただ、小麦は残り少ないから、毎日は焼けないかもね。


 という事で、小麦を育ててから、自分達の菜園に行く。

「芋は、かなり大きくなったわね!」

 サリーに手伝って貰うのは、玉ねぎとキャベツの苗を植えるからだ。

 畝は、オリビィエ師匠が作ってくれているから、2人で苗を植えて、水を如雨露でやったら終わりだ。

 アルカディアの鍛冶屋は、人間の町で長く住んでいたみたいで、如雨露も作っていたんだ。


 それに、農地には水路が引かれていて、水車も回っている。

 これで、小麦を脱穀して、粉にしているんだ。石臼でひかなくても良いから楽だよ。

 水路に如雨露をつけて、水遣りだから、前より広い菜園でも楽に管理できる。


 サリーは、アリエル師匠から、洗濯物を干すのに、風の魔法を使う遣り方を習ってからは、洗濯係だよ。

 狩人の村の時より、お風呂に入る回数も多いから、洗濯物も多い。

 

 下働きと言われた時は、何だかなぁと思ったけど、村でもやっていた事だから、そんなに苦にはならない。

 それと、サリーと一緒だから、分業と手伝いができるからかも?


 今日みたいに、苗を植えたり、収穫したりする時は、サリーが手伝ってくれる。

 そして、シーツを洗ったり、ロフトを掃除したりする時は、私も手伝う。

 私は、料理と菜園の管理。サリーは、掃除と洗濯って感じなんだ。


 次の日は、いつもより早起きして、夜に発酵させていたパン生地のガスを抜いて、もう一度発酵させてから、石窯でパンを焼いた。


 ここの石窯には、簡単な屋根が付いているから、雨の日でも焼けそう。

 パパが作ってくれた石窯は、雨の日や雪の日は使えなかったんだ。

「良い香り!」

 パンの焼ける匂いって、お腹が空いてくるけど、朝食も作るよ!


 サリーが居間とお風呂の掃除は終えていた。

 台所は、私が掃除している。それと自分の部屋もね! 師匠達の部屋は……本人達はしていると言っているけど、あまり綺麗とは言えないね。

 シーツは定期的に洗うけどさ!


 今日の朝食は、パンと芋のスープだよ。

「柔らかくて美味しいな!」

 オリビィエ師匠は、豪快にパンをちぎると、パクパク食べる。

「人間の町のパンより柔らかいわ」

 朝は苦手なアリエル師匠も、今朝はいつもより食べるスピードが早い。


 食べ終わった時、オリビィエ師匠が少し考えていた。

「ミク、内職をしないか? パンを焼いて、お金を儲けるのさ」

 それは、狩人の村でもしていたけど……修行はどうなるの?

「修行の邪魔にならない程度に、うちのパンを焼く時に、余分にパンを焼けばお小遣いになるよ」

 それなら良いかも?


「もう少ししたら、行商人も来るわ。欲しい物を買うお小遣いがあると便利よ」

 でも、それではサリーは?

「サリーも手伝ったら良いさ」

 そうか! 一緒に作れば良いんだね。

「できるかな?」と不安そうなサリー。

「できるよ! 教えてあげるから、一緒に焼こう!」

 サリーと一緒に行商人から何か買いたいもの! 1人じゃ楽しくないよ。


「狩人の村では、小麦を持って来て貰って、焼き賃として銅貨2枚を貰っていました」

 そう言うと、オリビィエ師匠は「小麦と銅貨4枚だな!」と笑う。

 やはり、アルカディアの森の人エルフの方が、お金を持っている気がするよ。


 それと、アルカディアには、山羊と羊と牛もいたんだ。

 まだ春とは言っても寒い日もあるから、家畜小屋にいるけど……山羊もエバー村の山羊とは違って、大き過ぎて怖い。

 チラリと外から見たけど、目も赤くて、角も長いし、鼻息も荒かった。


「彼奴らは元は魔物だから、子どもは近づかない方が良い。少なくともテイマーのスキル持ちじゃなければ、暴れ牛アウズンブラの乳を搾るのは危険だ」

 乳は欲しいけど、エバー村の山羊の方が良いな。

 あれなら、私でも乳搾りができそうだからさ。

 でも、森の奥まで生きたままの山羊を連れてくるのは難しいのかも?


「乳やチーズは、集会場で朝に売っているよ。欲しかったら、ここのお金で買えば良い」

 台所にあるお茶の入った缶の1つを開けて、オリビィエ師匠が銅貨をチャラチャランと入れた。

 その捨てられたお茶は、アリエル師匠のゲキマズ茶だったみたい。


「乳は、器を持っていくんだよ。チーズは葉っぱに包んで売っている。確か、乳は銅貨4枚かな? チーズは8枚だったと思う」

 料理はあまりしない師匠達だから、買う事はないみたい。


「乳とチーズがあれば、作れる物が多くなります。後は卵があれば良いのだけど……」

 狩人の村では卵は食べた事がなかったので、サリーはきょとんとしている。

「卵はなぁ……前に鳥の魔物を飼育していた森の人エルフがいたが、亡くなってからは誰も飼っていないんだ」

 えっ、飼えるの? 

「どのくらいの大きさだったのでしょう?」

 オリビィエ師匠とアリエル師匠が、両手を広げて「このくらいだったかな?」「もう少し大きかったと思うわ」と言い争っているけど、鶏よりずっと大きいね。


「凶暴なのですか?」

 2人は詳しくないみたい。

暴れ牛アウズンブラほどは凶暴じゃないさ。だが、世話が面倒だったのかも? 鳥小屋が必要だし、毎日餌や水を遣らないといけない。卵を毎日産むかどうかもわからないみたいだぞ」


 アリエル師匠は眉を顰める。

「それに、朝早くに鳴くのよ! 世話をしていた森の人エルフが亡くなったら、すぐに潰して食べたのは、あの鳴き声に腹が立っていた人が多かったのよ!」

 うっ、それは飼えないかもね?

「いや、あれは中心地で飼っていたから、糞の匂いも問題だった。それに、アリエル以外は、鳴く時間には起きているだろう。木の家アビエスビラの裏なら大丈夫さ。今度、狩人に生け取りにして来て貰おう!」


 宵っぱりの朝寝坊なアリエル師匠は、少し嫌な顔をしたけど、渋々承知した。

 人間の町で食べた卵料理を思い出したみたい。

「朝食に、パンとオムレツが食べたいわ!」と言っていたからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る