第20話 2歳の冬
夏が過ぎたら、秋だ!
夏を惜しむ暇なんか、狩人の村にはない。
厳しい冬に向けて、食料を保存しなくてはいけないからだ。
私は、ヨハン爺さんの森歩きを卒業したけど、今度はミラとバリーが行っている。
「きのこや木の実を見たら、教えてね!」
私は、基本的には村の中が活動場所になっている。
村中の菜園の管理をしているからだ。
「そろそろ芋を植えよう!」
秋が深まってきたので、いつ雪が降るかわからない。だから、保存がしやすい芋を各家の前の菜園に植える。
とはいえ、時には森に行って、きのこや植物も採取する。
ミラとバリーに聞いた、きのこが生えている場所に行くんだ。
そんな時は、サリーと一緒だよ。
私達2人は、親と狩りに行かないからね。本当なら、狩人達との狩りについていけなくても、親と近場で小物を狩る年頃なんだ。
なんとなく、余所者の気分になるのは仕方ないかな?
秋は、鮭も来たし、行商人も来た。
1歳になったバリーは、私の背を抜いた。ショック!
だから、子ども用のベッドに私とミラは一緒に寝ているんだ。
知らない人が見たら、ミラと私が双子だと思うかも? 同じ金髪だし、よく似ているからね。
バリーは、行商人に、私達双子のお兄さんに間違えられて、棒飴をもらえなくてショックを受けていた。
私のをあげたけどさ。だって、私はバリーのお姉ちゃんだからね!
それと、アルカディアに着ていく服の布地と靴を買って貰った。
「どの色が良い?」
サリーは薄い緑色の生地を選んだけど、それは人間の町の魔法使いの弟子になると思っていたからだ。
下働きが、どんなことをするのかはわからないけど、汚れが目立たない色の方が良さそう。
「この茶色が良いわ」
他の薄い青色の生地とかより、目が細かいし、肌触りが良い。
「地味じゃない?」
そんな事を言うママの服は、生成りの生地を玉ねぎの皮で染めた、少しムラのある茶色だ。
「綺麗な茶色だし、手触りも良いから」
靴は、モカシンみたいなのだけど、大き過ぎない?
「すぐにピッタリになるわ」
ママは、そう言うけど、これでは木と木を移動している間に、地面に落としそう。
春までは、今の靴を履いていよう。
「相変わらず、小麦は高いね!」
小麦は、戦争の年よりは安くはなったけど、前よりは高いままだ。
エバー村の小麦も入ってくるようになったけど、今年はニューエバー村を作ったりして、量は多くない。
「男の人が大勢亡くなったから、畑も荒れているからな」
行商人も不満に思っているみたい。
「商売、あがったりだよ! それに残党兵が盗賊になったり、治安も悪い! 早く落ち着いて貰わないと、困る」
本当に、何故、戦争なんかするんだろうね!
食べ盛りの子どもが3人もいる我が家は、小麦は足りそうにない。
その分、芋はいっぱいあるけどね。
畑仕事の畝を作るのとか、水を汲むのは、ミラとバリーが手伝ってくれる。
私は、水遣りや、少し成長を促すだけだ。
若者小屋のスープ作りも、指導して、本人達に作らせる。
だって、春にはアルカディアに行くのだから。賄いの小母ちゃんをいつまでもしていられないよ。
それと、私は他の村にも行った。
「ここがニューエバー村よ」
狩りが大好きなママが、狩りを休んで、連れてきてくれたのだ。
ニューエバー村は、新しくて、うちの村よりも大きい。
それに若い人が多いから、子どもも多そう!
初めて他の村に来たので、きょろきょろしちゃう。
「ここなら、ミクが薬師の修行を終えたら、住めると思うの。エバー村は、森の端すぎて怖いわ」
何故、ここに連れてきてくれたのか分かったよ。
修行を終えた後の住む候補地を見せたかったのだろう。
若者小屋に住んだら、8歳頃から、夏に他の村を回って交流するけど、アルカディアに修行に出たら、そんな機会はないからね。
確かに、狩人の村と違って、面積も大きいし、村の外にも囲いを作って、小麦などを植えている。
「エバー村の小麦畑よりは狭いみたいだけど、この村には家畜もいるし、ミクの料理も色々作れると思うわ」
なかなか良さそうだけど、修行を終えた後に考えるよ! まだ1歳だからね。
冬は、芋と肉がメインの食材になる。小麦は、大切に使うよ。
私とミラとバリーも、食べ盛りだ。
ママとパパが狩りに行って、肉を貰ってくるけど、それだけでは足りない。
「今年の冬は厳しいな」
2歳になった12月、毎日、雪が降っている。
少しぐらいの雪なら、狩人達は平気な顔をして狩りに行くけど、吹雪いている日は、流石に行かない。
「鮭の塩漬けでスープを作るわ」
パパやママは、木で器を作っているし、ミラとバリーは私のお手伝いだ。
「こうやって、鮭を切ってスープを作るのよ」
ハーブも入れるけど、芋の皮剥きは、ミラには無理そう! 芋が小さくなりすぎる。勿体無いよ!
「バリー、芋の皮剥きをしてね!」
どうやら、ミラはママに似たみたい。ナイフの使い方は上手いのに、料理は苦手なんて、不思議だね?
バリーは、意外と器用だ。こちらに料理を教えよう。
塩鮭のスープは、芋のとろみが加わって、身体が温まる。
「美味しい!」
食べ盛りのバリーは、お代わりをしたよ。私とミラは、残ったスープを半分ずつお代わりをした。
「今日は狩りに行っていないから、お腹は空いてないんだ」とパパとママが言うからね。
失敗した! 前と同じぐらいしか作らなかったんだ。ミラとバリーがもっと小さかった頃なら、足りていたんだ。
パパとママは、子どもに譲ったけど、明日は、もう少し多めに作ろう! 水を多くしたら良いんだよ。
この冬は、狩りに行く日が少なくなるかもしれない。
肉も燻製にしたり、塩漬けにしてあるけど、色々と工夫しなくちゃね。
芋は、他の家の手伝いをしたから、食べ盛りの子どもがいても食べきれないほどある。
「とろみがあると、お腹一杯になった気がするし、温まると思うわ」
パパに固い木の板に何個も穴を開けて貰う。
「お姉ちゃん、何を作るの?」
芋の皮を剥いていたら、ミラとバリーが側に来た。
美味しい物を作っていると期待しているけど、違うんだよね。
「芋をすり下ろすのよ」
ガリガリとすり下ろすけど、木の穴だけだから、難しい。
「貸して!」
これは、ミラやバリーの方が力が強いから早い。私は、皮を剥いたり、新しい布で袋を縫う。
すった芋は、袋に入れて、大きな鍋の中でもみ洗いする。
「水が濁ってきたでしょ!」
少し置いておくと、上に薄い茶色の水と、下に沈澱した粉とに分かれた。
「この上の水をソッと捨てるのを繰り返して、澄んだ水になったら、下に溜まった粉を乾かすのよ」
芋から片栗粉を作る。これで、スープにとろみがつけやすくなるよ。
「ミラやバリーもよく見て覚えておくのよ。ほら、スープに水でといた粉を入れて、一煮立ちさせたら、トロトロになるでしょ!」
具を節約しても、とろみがあると、腹持ちも良いし、温まる。
何回か、練習させて、ダマにならないようにかき混ぜさせたり、火を通さないとトロトロにならないのを教える。
来年の冬は、一緒に過ごせないから、覚えて欲しいからね。
冬の間に、アルカディアに行く準備もする。
秋、行商人から茶色の布を買って貰ったから、それで服を縫っているんだ。
アルカディアでは、狩人でない女の人は、スカートを履いていると村長さんが教えてくれた。
でも、私は修行の代わりに下働きをするのだ。
長いスカートより、チュニックとズボンの方が動きやすい。
それと下着も何枚か縫ったよ!
「全部、だぶだぶだわ!」
ママの採寸は、とてもいい加減だ。
「すぐに大きくなるわ」
まぁ、それも、そうだけど、きつく紐を縛らないとパンツもズボンも落ちてしまう。
雪の合間の日には、サリーと持って行く物を見せあったりする。
「綺麗な緑色のドレスにしたのね!」
サリーは、村長さんの言葉通りに、ワンピースを縫って貰った。
違うのは、中にズボンを履くところだね。
やはり
「でも、大きすぎるの!」
ああ、サリーのママもうちのママと一緒だ。
「裾を上げたら良いのよ!」
私のアドバイスは却下された。ズボンがスカートの裾から見えるのは、嫌だそうだ。
サリーなりの価値観だから、私には理解不能だよ。
厳しい冬は、悲しい別れもあった。あんなに元気に若者小屋の子を叱りつけていたセナ婆さんが亡くなったのだ。
身内だけでなく、若者小屋の全員が、セナ婆さんの灰を森に撒きに行ったよ。
それと、ショックを受けたのか、ヨハン爺さんが森歩きを辞めたんだ。
「もう、俺も年だ……他の人に譲るさ!」
私は、ずっと、ずっと、ヨハン爺さんが、子ども達を森歩きに連れて行くものだと思っていた。
ヨハン爺さんは、ワンナ婆さんと一緒に住むみたいだけど……ワンナ婆さんも、かなり老け込んだ。
前は、白髪混じりの青い髪だったのに、今は白髪の中に青い髪がある感じなんだ。
この変化は、別れの前触れの様な気がした。
アルカディアに修行に行って、戻って来たとしても、もう私の村とは感じなくなる気がしたんだ。
ママやパパやミラやバリーには会いに来るかもしれないけど、ここはもう私の村じゃない!
2歳で旅立つ私の背中を、セナ婆さんにパンと叩かれた気持ちになったよ。
『しゃんとしな!』
私を取り上げてくれた産婆のセナ婆さん!
赤ちゃんの頃、子守りをしてくれたワンナ婆さん!
木から木へなかなか飛び移れない私を、根気よく森歩きに連れて行ってくれたヨハン爺さん!
「頑張って修行するよ!」
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