黄昏時

桁くとん

コンビニの風景




 渡辺篤はコンビニでタバコを買おうとした。


 青いパッケージの箱を手に取る。もう掌も指先もカサカサで、油断すると摘まんだ指先からスルッとタバコの箱は滑り逃げようとする。

 18歳の頃からタバコを吸い出して何度か他の銘柄に浮気したこともあるが、結局こいつに戻ってきた。

 もう50年以上になる。妻よりも長い付き合いだ。妻の久美子はコイツを見て嫌そうな顔をするけども。

 そんなことを考えながら篤は青いパッケージの10㎎の表示が書かれたタバコを一箱、レジに差し出す。


 40歳代後半くらいのくたびれた女性店員がピッとバーコードを読み取り「袋はお付けいたしますか」と気だるげに聞いてくる。

 タバコ一箱に、袋も何もあるものか。100円も払うのがバカらしい。

 篤は苦笑を抑えつつ手を横に振り、袋は要らないと意思表示する。

 店員は篤のその仕草を確認するとレジを操作し「2300円になります」と機械的に金額を読み上げる。

 篤は支払いをするためにスマホをレジの読み取り機にかざす。


 ピュイッという読み取り音ではなく、ピボピボピボピボ……という甲高く耳障りなエラー音がコンビニ店内に響き渡り、慌てた店員が急いでレジを操作しエラー音を止める。

「お客様、申し訳ありませんが……」

 慌てた様子だった店員が、レジの表示を見た途端渋い表情に変わる。

「すまなかった。もしかしたら行けるんじゃないかと思ったのでね」

 篤は申し訳なさ気に言う。

「商品はこちらで戻しておきます」

 店員はレジカウンター上に置かれたタバコを素早くサッと取るとレジ下に仕舞う。

「これまで有難う御座いました。次のお客様」

女性店員が機械的にそう言うと、 篤の後ろに並んでいた男が篤を押し退けオレンジの籠に入った弁当類をレジカウンターにドンと置く。

 店員は篤には目もくれず籠から商品を次々に取り出しバーコードを読み取っていく。

 さすがに堂々とレジカウンターに置かれたタバコを万引きする程に老害ではないつもりだが、信用もこうして無くなっていくのだな。

 心の中でそう独り言ち、篤はレジ前を離れコンビニを後にした。



 レジ前に客が4人程並んだため、品出しをしていた30代のシフト主任がもう一つのレジに入り、くたびれた女性店員と共に客列を捌く。

 捌き終わるとシフト主任は女性店員に先程のエラー音のことを聞いた。


「さっきのエラー音、何だった? 残高不足?」

 レジ下の棚に置いてあった青いパッケージのタバコを手に取り、女性店員はカウンターを出てタバコをケースに戻しながら気だるく答えた。

「『社会定年』でしたよ……多分今日か昨日、誕生日迎えたんでオンラインの支払いが停止してるか確かめたかったってところじゃないですかね」

 相変わらず気だるげに女性店員は答える。

「最近増えたね。でも、まだ良かったじゃない、他の客に一緒に買ってくれとかグズられなくて」

「グズられたら主任にお任せしますから」


 つい先日も、パンと牛乳を買えないと判り切った社会定年の老人が、他の客に自分の分も一緒に買ってくれと相手の腕を引っ張るなど強請り行為をし店内で暴れたため警察を呼んだ。

 その日もシフトに入っていた30代の主任は老人を制止しようとしたが、必死で暴れる人間を抑えるのは例え相手が75歳以上だとしても大変だ。他の客にすがりつく腕を引き離そうとしてもなかなか離れず、ついに相手の客が警察が来る前に老人を殴ってしまいけっこうな傷を負わせていたが、相手の客は特にお咎めなしだった。


「『社会定年』になると銀行口座も凍結されて運転免許も停止。医療保険も資格喪失するから、こないだの爺さん、怪我大丈夫だったかな」

 シフト主任は客に殴られ口からダラダラと血を流していた老人の様子を思い浮かべ、何となしに憐れんだ気持ちになる。

「……仕方ないじゃないですか、暴れる方が悪いんですから」

 そう言い捨てると女性店員はまたレジに戻っていく。


 何となくもやっとした気分で、シフト主任もまた品出し作業に戻った。










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