第六章 VS録画ゲーム 開始

VS録画ゲーム 開始1

 キリンAが送風機トラップでミキサー状に下半身を切り刻まれて死亡し、残るゲームの参加者はサード、テオナルトテカプリコ、氷河、タイタンフレッド、ほんまKAINAの五名となった。


 事務所窓の壁から現れた出口の向こうは、地下鉄の通路で見られるようなトンネルだった。雨水の流れる排水路があり、硫黄のような異臭がする。決して明るいとは言えない明滅する蛍光灯に照らされ、廃墟のようだった。明かりがまばらな暗い空間で、部屋から出られたことに上機嫌なタイタンフレッドが先頭を行く。


 サードは無言で追従する。


 走馬灯のように双子の姉が浮かんだ。


 テレビ局勤務の姉は自分のことを気にしていないだろう。日々の仕事の疲れを癒すために、今頃ゆっくり風呂に浸かっているのかもしれない。新米アナウンサーの方の姉も、朝早い番組収録のためにもう寝ているだろう。


 母はサードのことを夜遊びでもしているのだろうと思っている。サードは別にそれで構わなかった。深夜一時を過ぎると、ときどき心配して電話をくれたがそういうときはカラオケで盛り上がっていたりして、大抵着信に気づけない。


 今頃不在着信がどれぐらい溜まっているだろうか。まだ、誰もこの悲惨なゲームが行われていることにも気づいていないのだろう。


 世間は冷たいんだなとサードはよく思う。中学受験に失敗したときに泣いていたのは母一人だったし。母が双子の姉に学費を優先するようになったのは、それからだった。


 それでも母は、サードは人よりちょっと身長が伸びるのが遅い子みたいなものだからと言っていた。優しさだと思っていたけど、今にして思えばサードは母に馬鹿にされているのではないかと不安になる。姉がいなかったら、私は母の期待に応えられただろうかと。


 恋しい人もいなかった。一日だけの行為でお腹に宿った赤ちゃんのおかげで、生き物って本当に変だと思った。


 人間も動物だ。理性や知恵なんか持っていても、妊娠するときはする。自分の意思や希望、そんなもの関係なく。どんなに性行為しても妊娠できない人もいるし、知恵や強い意思も関係なく、妊娠するときはするし、望まない妊娠だってあっさりする。自分の身体のことなのに、自分とは関係ないところで子供は宿る。もちろん相手あってのことだけど、相手もその気はなかったら? 赤ちゃんはどこからやってくるの――?


 望まれていない子。ふと、赤ちゃんが気の毒になる。でも、サードはもう名前を考えてある。


 あゆみ。


 サードには自分の歩んだ確かな道がない。レールの上だったり、あるいはなるようにしてなった道に沿い、お嬢様学校に入学した。信仰心のないままに形だけ則って、神学校で祈りを捧げる。あの、罪悪感が苦手だ。友達はお祈りなんて適当にやっとけばいいのよと言う。サードもそう思う。お祈りは先生が見張っているという意味では期末試験に似ているが、期末試験と違って祈りの言葉や説教が耳から入っても反対側の耳から抜け落ちていく。


 あゆみには好きな道を選んで欲しい。母親サードがだらしないから、あゆみがもし家を出ると言い出したとしてもサードは止めるつもりはない。成長して反抗期になるまでに、しっかり可愛がって遊んでやりたい。どんな不良娘になったとしてもサードは愛するつもりだ。


 きっと、あゆみは自分に似る。相手の男はもういないんだから、私に似るしかないじゃない――。


 本当は似て欲しくなんかない。サードが不安を覚えるのはこの点だけだ。自分と似るということは嫌っている双子の姉のDNAも少しは入っているのかもしれないと思う。同じ母の血を引くのだから。


 あゆみもヴィトンが好きになるかな。まだ零歳にもなっていないのに、考えすぎだった。


 サードは目が眩んでトンネル内に座り込む。自覚している以上に疲労が溜まっていた。度重なる電撃で心身ともに摩耗まもうしている。肌の表面が突っ張ってヒリヒリと痛むし、赤みが引いていないから火傷状態のままなのだろう。テカプリと氷河が肩をかしてくれる。氷河は肩を怪我していたのになんでもないって顔をする。


 サードは吐き気を耐える。つわりなのか、疲労による吐き気なのか分からない。もう胃の中のものなんか残っていないのに。


「しっかりしてくれよ?」


 先頭のタイタンフレッドが一度だけ振り返った。私の事を心配した――? 憎まれ口だったが、雨が降るかもしれない。


 トンネルの先にエレベーターがある。


「これで外に出られるのかな?」


 サードは期待を込めてそう聞いた。喜んだのはほんまKAINAだけで、ほかは悲観的だ。


「出られるやんか! はよ帰って風呂入ろ」


「馬鹿野郎。ゲームはまだあるはずだぜ」


 タイタンフレッドがそうどやしつけながらも、エレベーターのボタンを押す。上とも下とも表示されていない丸いボタンだ。ということは、ここが最下層でこれより下に行くことはないのではないだろうか。


 エレベーターにあるはずのドアの上の階数表示がない。設置基準一つとっても違法な感じがするので、まだゲームから脱出できたわけではなさそうだ。


 到着したエレベーターはいたって普通のものだったが、内装は新しい。廃墟のトンネル終着点にあるものとしては違和感がある。


 行き先ボタンがLという文字のボタン一つしかない。Rなら屋上と分かるがLとはなんなのか。


 ためらって誰もボタンを押そうとしなかったので、サードが押した。ここで不必要な電撃ペナルティに晒されたくなかった。


 エレベーターは上昇しているようだ。トンネル内に入ったときのように耳が詰まる。急上昇しているのだろう。


 何階で停止したのか分からないが、扉が開くと外の明かりで目が眩んだ。


 三十畳以上あるリビングキッチンに出た。Lとはリビングキッチンのことだったのか。


 そんな馬鹿なことがあるかと、タイタンフレッドがバーベキューのセットされている庭に飛び出ようとして、窓が映像だと気づく。キッチンのシンクやアンティークのマホガニーのテーブルと同素材の椅子に高級感を感じたものの、それ以外の壁や窓といった四方がプロジェクトマッピングだった。部屋の中央の天井にプロジェクターが四面の壁に向けて映像を投影している。


「期待させやがって。手の込んだいたずらだ!」


 憤怒したタイタンフレッドが、マホガニーの高級チェアを窓の映像に向かってぶち当てる。実際には窓ではなく壁だったので、椅子の方が壊れた。結局閉じ込められていることには変わりない。


 四面の壁の偽りの映像が消える。窓の代わりにキラー・ハニーが拍手して現れた。白い手袋をしているので音がこもっている。


〈さぁ。いよいよ最後のゲームだね。何ゲームあると思ってたの? 七ゲーム? 八ゲーム? ないない。一番難しいとっておきの六つ目のゲームで、一気に文字通り昇天してもらうよ。一番ハイになれるから安心して。それに、このハニー・ゲームは、選ばれしたった一人を決めるために開かれた。生き残ることができるのは、始めから一人と決まっていたんだ〉


 キラー・ハニーは両手を顔であるハチミツ瓶に当てて、おいおいと咽び泣くそぶりをする。手品でハンカチをポンと取り出し、鼻はないのに鼻もかむ。


 いい加減、こんなふざけた茶番を見せられることに苛立ちが募り、サードはカメラのゲームでテカプリが自分の靴を投げて使ったことを思い出す。なんでもいいからぶっ壊したい気分だった。天井のプロジェクターに靴を投げ当てることも考えたが、それだと絶対に電撃ペナルティが来る。ハチミツがうざいのだから、あの壁の映像に八つ当たりするのも悪くないと思った。ふざけた映像を作成したキラー・ハニーが悪いと思って、サードは大胆にも靴を脱ぐ。お腹が大きくて、手でつかめないのでそのまま足で蹴り飛ばそうかと考えた。


 突然、映像が一時停止する。こんなことははじめてだった。サードは半分脱ぎかけた足を靴に戻す。


 映像を意図的に止められた? サードが怒りに任せて行動しようとしたのを、この中の一人が見ていたから? 電撃のペナルティを阻止したいから? それとも、この映像そのものをちゃんと見てもらいたいから――? サードは出口のないゲームの一つの答えを見つけてしまったような気がしてめまいを覚える。


 この中にキラー・ハニーがいる――?

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