ヒレ・ゲーム3
「あたし、あさってのピクルスって聞いてもピンとこなかったけど、西沢ハルナなら別のクラスにいるの知ってるわ。生徒会長に推薦されたけど、断って仕方なく副会長になった子よ」
みかんのここ♡はオネエ口調のまま、何故か得意げに話した。
「やっぱり知り合いなんじゃねぇか!」
タイタンフレッドが乱暴にみかんのここ♡につかみかかろうとするので、テカプリと氷河が間に入った。みかんのここ♡は感謝するでもなく声を張り上げる。
「違うわよ。みんな気づかない? ゲームの制限時間は動画の再生時間なんだって。あたしさっきまで、クマに殺される二人の映像を見せられたわ。そのあと、床が抜けてこのプールに落ちて」
「ん? じゃあ出口は天井か?」
タイタンフレッドが見上げたが、天井は五メートルほどあるだけで、出口らしきものは見当たらない。
天井は低すぎて、十メートルの飛び込み台すら入らない。競技用プールの構造としては欠陥だらけの建物だろう。
「君は地下駐車場のクマの事件の映像を観たのかい?」
テカプリが興味津々に尋ねた。みかんのここ♡は得意げに答える。
「テレビであまり報道されない変なニュースだったでしょ? ニュースでもやっていない映像を見せられたの。ゲーム内容は確かこうだったわ。ハチミツの塗られたカメラを手に入れて、それでクマを八分何秒だったか覚えてないけど撮影すれば、出口が見つかるんだって。それで、駐車場に閉じ込められた男子学生二人が逃げ回るんだけど、一人はすぐに死んで。もう一人もクマに襲われて……」
そうみかんのここ♡が口にした瞬間、スマートウォッチに通知音が鳴って情報が更新された。
「え、なに? あたしが口にしたから。やだわもう。余計な情報載せないでよね」
ぼそっと悪態をつくみかんのここ♡に全員が、こいつ何か知っていると気づいた。みかんのここ♡は自分は誰よりも情報を得ていると知り、得意になる。
「あら、見てよ。クマの被害者たちの名前まで連絡帳に追加されたわ。死んでるから電話なんて出られないでしょうに」
みかんのここ♡は、色白の細い指でスマートウォッチを操作する。
【ホウソー=ほんみょう
【母グマにかまれたことにより、しっけつし。ざんねん!】
【とくちょう 男子がくせい
かみはくろ
ちょうしんそうく
年したの子をいじる
放送部】
【第三のどうがを見た】
【※ゲームのヒント 第五のどうがをさくせい】
【キンキンジャー=ほんみょう
【母グマと子グマにかまれたことにより、しっけつし。ざんねん!】
【とくちょう 男子がくせい
かみはきんぱつ
年したの子をいじる
小池卓のおともだち
【第三のどうがを見た】
【※ゲームのヒント 第五のどうがを小池卓といっしょにつくった】
「壁方寺学院高等学校で何かあったのは間違いないな」
面白おかしく言うタイタンフレッドに、みかんのここ♡は両手を振って否定する。
「共通点はそうかもしれないけど、それだけじゃないでしょ? 動画よ。第三の動画って言うからには第一の動画、第二の動画もあるはず。それに、今第五の動画があるって分かったから、第四の動画もあることになる。ここにいる人ってみんなユーチューバーじゃない? そうでしょ?」
突然、空気が重くなって誰も口を開かなくなる。何かしら発信して暮らしているのは当たり前の世代だ。ユーチューバーではないと断言できる者がいないのは、単に恥ずかしがっているからではなく、何かしら
サードは配信を観るのもするのも好きで、アイドルの配信動画の追いかけをしたり、スターバックスの新作フラペチーノを試食して配信したりしている。ネット上で使用しているハンドルネームの一つが『サード』だった。
私もこんなところで死んだら、
ハンドルネームの『サード』が、そもそも誰にも知られていないことにこのゲームに参加してみて分かった。別に有名になりたいとは思っていなかったが。スマートフォンの中で当たり前に使う名前で、リアルに声を出して呼び合っても、あまり自分を表していないような気がする。
ネットの世界の『サード』は、自由奔放でサードよりも輝く女の子だ。ヴィトンをまとっている普段の自分も最高に綺麗だと思っているが、動画のサードは画面の向こうの見えない視聴者に親身になって語る。多少傲慢な態度を取ったとしても、画面の向こうの視聴者はその容姿やヴィトンを褒めてくれる。ネットの向こうには自分をもっと褒めてくれる人がいる。アイドルを追いかけるときは、推しの話で視聴者とも盛り上がるし、話題の事件やニュースを拡散したいと思って事件現場に押しかけたときも、行動力に勇気づけられたって言ってくれる人もいた。ただの野次馬と馬鹿にするアンチもいたが。
ほんまKAINAが喉を鳴らして微笑んだ。
「グルメユーチューバーで悪かったな」
「僕はユーチューバーじゃないけど」
自信なさげにテカプリは自分を慰めるように言う。自主制作映画もユーチューバーみたいなもんじゃん! とサードはテカプリを睨みつけた。一方で、どんどん険しい表情になる氷河くんはどんなユーチューブを配信するんだろうと思った。勉強配信かな――。でも、こういう大人しい子に限って、学校の裏サイトで悪口とか書いてるんだよねぇとサードは意地悪く笑う。
「あの、『いいねボタン』は押しました」
挙手して名乗ったのはキリンAだ。
「馬鹿正直よ、あなた。最年少のキリンAでしょ? いいね押しただけでこんなところに連れて来られたんなら、よっぽど運がないわね」
みかんのここ♡に馬鹿にされてもキリンAはめげずに続ける。
「きっと、私が拡散しちゃったんだ。第三の動画を」
サードも、被害者面するキリンAがムカついた。
「そんなこと言って。どうせ、何にいいねボタン押したか覚えてないでしょ。一日にいいねって何回押してるか言ってみなさいよ?」
「それは……」
「ほら、やっぱり。動画なんてテレビを観る時間よりたくさん観てるんだから。どの動画が誘拐犯の気に障ったかなんて分かるわけないじゃない?」
タイタンフレッドが冷ややかな目で見つめてきた。テカプリに至ってはドン引きだと顔に書いてある。物覚えが悪くて悪かったわね。いちいち、どんな動画を観たとか、何にいいねしたとか、Tik Tokで誰の動画を拡散したとか覚えてないから。その場のノリと雰囲気で楽しく過ごせたらいいじゃない――。サードは逆切れしそうになるのを必死で堪えた。
「分かった。動画が悪いっちゅうんなら、お手上げやわ。逆に聞きたいわ。自分が後にも先にも炎上せんと配信やったるで? って自信持ってる言える奴なんかおるか? おらんやろ」
「さぁ? 炎上してるかどうかって、決めるのは観た人でしょ?」
サードは珍しく自分でも良いことを言ったと思った。
「君は何を撮影したんだ」
テカプリの問いはガン無視する。一日に二つ以上撮影することもある。観た人が勝手にいいか悪いかを決めるのであって私じゃない。何も悪いことはしていない――。問いかけた張本人も不安げな表情をしているから、何か思い当たることがありそうだ。
沈黙は許さないとばかりに賑やかなファンファーレが鳴り響いた。
天井からプロジェクターとスクリーンが現れ、ハチミツ頭のキラー・ハニーのダンスが早送りで再生される。ゲームをリアルタイムで見ているのではないのか。映像はすべて録画したものを使用しているようだ。
〈ふぅ。みんな、つかれた? とちゅうからサンカした『みかんのここ♡くん』となかよくしてあげてね。もう気づいているかもしれないけれど、かれはジュウヨウじんぶつだよ。いつも、
沈黙の中、全員のスマートウォッチが赤く点滅する。タイマーの五分一秒という文字が表示されるが、進んでいない。
「入水したらそこからカウントダウンが始まるんだろうね」
テカプリがスマートウォッチをタップするが、ほかの画面には移行しない。
「五分一秒って何? 中途半端な時間だし、そんな短い時間で泳げるわけない」
「君は赤ちゃんがいるからね……。僕がなんとか方法を考えるよ」
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