霊国のカマカツギ

キューイ

ギバー

第1話 サイハテの仕事

 カツカツと石畳を鳴らして歩くサイハテを避けるように人々は動く。彼女が通り過ぎると、人々は嫌な顔を隠そうともせず愚痴った。


「めでたい日に嫌な奴を見たもんだ」


「ああ、目が合ってしまった……」


 石造の街並み。建物から建物へと伸びる旗のついたロープ。道の両脇には香ばしい匂いを漂わせる露店。いわゆる普通の人々はそこらで飲み食いをして盛り上がっていた。サイハテを見かけてしまったこと以外彼らは幸福な気分だ。彼らからしたらネズミを台所で見かける方がいい。


 一方でサイハテにそれを気にする様子はない。大きな鎌を肩にかけて、相変わらず石畳を鳴らす。


 しばらくすると街を抜ける。という人々の声を背後に感じながら街を出た。森へと入り、洞窟へ。洞窟から川沿いの道を歩く。山を越えると、黒々とした岩や溶岩の流れる地形へとあたりは変貌した。


「……溶岩の川……壮観だな」


 ポツリと呟くサイハテ。長いまつ毛に灰がくっつくのを拭くと、また歩く。まだ朝なのに上空は暗い。暗雲が立ち込め、その下にはコウモリが飛んでいる。ランタンをつけていてもおかしくない暗さだ。


「見えた。あれが……魔王様の城か」


 魔王の城へと歩を進めるにつれて、魔獣が多くなってきた。しかしサイハテへ襲いかかる魔獣は一体たりともいなかった。皆紫色の宝石を身につけ、目を瞑っている。


 城の前につき、戸を叩く。中からしわがれた声の老人が出てくる。額には二、三回折れたような形のツノがあり、背中にはしわくちゃになった翼。老人は至る所にクレバスのような裂け目ができており、そこから魔力が漏れ出ていた。


「……おお、サイハテ様。よくぞいらっしゃった」


「随分派手にやられたようだね。幹部の分もやるかい?」


「幹部は全員生き延びております……魔王様のみを勇者の奴は倒して行ったのです」


「そうか」


 サイハテは簡潔に答えた。老人の案内に従って城の廊下を歩く。右を見れば包帯を巻いた魔人がいるし、左を見れば牙の折れた魔獣がいる。また彼らは皆紫色の宝石を握りしめていた。


 窓のないカビ臭い部屋にサイハテは通された。ガタガタするイスに座る。部屋の端にあった宝箱は無造作に開けられ、中身は空っぽだった。


「魔王様の……信仰は?」


「魔王様は信仰を持たれていませぬ。自分がいなくなるなどと考えてもおりませんでした。ずっと魔人や魔獣の頂点に立たれると私も思っておりました」


「となると……葬送の様式はこちらに任せてもらっても?望みがあるならば可能な限り叶えるよ」


「魔王様は生前皆を愛しておりました。幹部から雑兵に至るまで……皆の名前を覚えておられました」


「それは素晴らしい上司だ」


「できることなら皆が参加できるようにしたいのです……しかしそうすると魔界の警備が手薄になります」


 サイハテは顎にて当てた。すこし考え込むと、ポンと手を叩いた。


「もし必要ならば私が人間達の相手をしておこう。腕には多少自信がある」


「おお、ありがたい……ではその間に私たちは魔王様とお別れを……。して?どのように葬送というのはするのでしょう?」


「葬送儀礼は人生儀礼の一つだ。分離、過渡、統合から成る。魂がこの世界から分離し、過渡し、信仰によって違うものや世界へと統合する。人生のステージをなめらかに移行できるようにするのが儀礼の意味だと思う」


「ほう……」


「私が思うに信仰を持たない魔王様に置いて問題になるのは……統合の部分だ。だが魔王様は強い。自分のことは自分でなんとかなされるだろう」


「つまり私たちにできるのは送り出すことのみだと……」


「まぁ、葬送とはそういうものと考える」


「では具体的なところを詰めて参りましょう」


 サイハテは懐から紙を取り出し、スラスラとペンを走らせた。そこには葬送儀礼の基本的な手順が書かれていた。


「伝統的な葬送では最初にシラセという段階を踏む。起こった不幸を関係のある人々に伝えることだ」


「なるほど。すぐに手配を……」


「人間は通常二人で行く。魔族はどうする?」


「人間よりも私たちは優れているはずです。そこで多く人数を割き、四人でいかせます」

 

 サイハテはコクリと頷く。湯灌のこと、棺のことと話を進めていく。サイハテは感心した。目の前の老魔人は悲しみに暮れているにもかかわらず、しっかりと葬送の計画を立てている。


 参加者や段取りを詰めていると、部屋の戸を叩く音がした。老魔人が紙から顔をあげ、よろよろと扉に近づいていって開ける。そこには荒い息をした一人のツノの生えた魔人が立っていた。


「どうしたのだ」


「伝令ッ!勇者のヤツが単身で再び魔族の領地に入って来ました!」


 老魔人は歯軋りをした。泣きっ面に蜂だ。


「これ以上何をしようというのだ……勇者め」


 サイハテは深く考え込むような仕草をした後、椅子から徐に立ち上がる。椅子がズズズと後ろに下がった音に老魔人は驚いた。


「いかがなされた?」


「私が勇者に会ってこよう。如何なる人や魔人、魔獣でも葬送を邪魔される謂れはない」


「おぉ……それはありがたい。しかし勇者は強いですぞ」


「何も彼は戦いに来たと決まったわけではない。それに霊国ターミナルの葬官として、儀礼の邪魔はさせない程度の力はあるつもりだよ。シラセの手配を頼む」


「わかりました……お気をつけて」


 しわがれた声でそう言うと、老魔人は深々と頭を下げた。魔界の幹部は怪我を負っており、今動かせる状況にない。サイハテ一人で行かせることしかできない無力さに老魔人は歯噛みした。


 サイハテは鎌を担ぐと、暗い面持ちで部屋を出た。長い長い廊下を歩いて外を目指す。廊下に敷かれたカーペットはところどころ炎魔法で焦がされているのがわかる。


 外に出ると、魔獣たちが魔王城の近くまで避難してきていた。相変わらず紫色の宝石を握りしめて、城の壁に張り付くようにしている。


「安心してくれ。私が勇者のもとへと行ってくる」


 サイハテは大きな鎌を持っているとは思えないほどの速さで駆け始めた。曇天の下、一人走るサイハテ。ゴツゴツした大岩の横を抜け、溶岩の川を飛び越え、勇者の元へと向かう。


 数分走ると、視界の遠くの方に、薄い金色の鎧が目に入る。王家の紋章が入った盾を構え、もう片方の手には半透明の輝く剣を持っている。見紛うことなき勇者だ。彼は力強い足取りで魔族の領地を踏み、進んでいる。しかしサイハテが目の前にいることに気づくと、ぴたりと足を止めた。


「勇者よ。何をしに来たんだい」


「葬官か。僕は魔族の幹部を倒しに来た。民衆は魔族を根絶やしにすることを望んでいる」


「……葬送が済んでからにしてくれないかな」


「魔族の葬送?誰のだ」


「魔王様だよ」


 勇者は眉を吊り上げた。自分が倒した悪の親玉にそのような儀礼が行われるとは思っても見なかった。少し怒気を込めて、勇者は剣をサイハテに向けた。


「魔王が何をしたかわかっているのか?悪逆非道の限りを尽くしたんだぞ。君と同じ人間に対して!」


「しかし人間の側も魔獣や魔人を敵視し、倒してる。どっちもどっちだと思う。それにお疲れ様と見送ってもらう権利は誰にだってあるのさ。私は誰にだってお疲れ様を言いたいな」


 勇者は少し顔を顰めた。


「勇者よ、君もわかっているだろう」


「あぁ、わかっているさ。でも僕は人間の味方だ。民衆の総意だ」


 勇者は少し憂うげな顔をすると、剣を構えた。


「民のため……俺は魔族を討つ。邪魔をするなら同じ人間といえども……!」


「わかった。私はそれを止めに来たんだ」


 サイハテはため息をつくと、大鎌を両手で握り、体の前に構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る