第12話

 ピィちゃんのいる場へ走ると、対峙する一人の女性がいた。仮面を付ける彼女の身体は、すでにボロボロだ。逆にピィちゃんは周りのソウルを取り込み、回復をしているように見える。


「ピィちゃん、どうしてこんなことするんだよ! お願いだからもう止めてよ!」


 僕は思い切り声を上げてピィちゃんに向かって言うが、その声は届かず、火の鳥は辺りを燃やし続ける。


「ちょっと君! 祈祷師たちには避難命令が出てるはずだろ!」

「待ってください、あれは僕の友達なんです!」

「よく状況を見るんだ! あれは君の友達じゃない、人々を殺す悪魔だ!」


 仮面の女性が言うように、未だに暴れ狂う火の鳥は、当たりを燃やして負傷者を増やし続けている。

 しかし、見れば見るほどピィちゃんは悲しげな表情を浮かべているように思えてくる。ピィちゃんの意志とは関係なく身体を操られているように感じるのだ。


 しかし、そんなことはお構い無しに、仮面を付けた女性はピィちゃんに襲いかかる。

 彼女が構えるのは光る弓。射った矢は光の軌跡を残して、一直線に火の鳥を捉える。


「ピュイーーーーーーーー!!」


 と、苦しそうな鳴き声を上げるピィちゃんに、彼女は追撃を図ろうともう一射打ち込む。

 しかし、ピィちゃんの苦しむ姿に耐えられなくなった僕は、エクソシストにより変身をし、一瞬にして剣を創造する。


 先ほどまで出来なかったが、火事場の馬鹿力といったところか。今まで練習してきた剣よりも完成度は高く、熱い炎を刀身に宿している。


 その剣で、仮面を付けた女性が放つ光の矢を、思い切り斬り落とした。


「ちょっと君、馬鹿なのか!?」

「話を聞いてください! ピィちゃんは自分から人間を傷付けるようなことしません!」


 ガリッと歯軋りの音を響かせる女性。怒気が仮面越しでも伝わるが、今回ばかりは僕も譲らない。

 しかし、彼女とばかり口論をしていた僕に、後ろから大きな鳴き声が聞こえる。


「危ない!」

 という、仮面の女性の声。


 振り返ると、火の鳥が僕を目掛けて体当たりを繰り出していた。

 まずい……と思ったが、あまりの速さに躱せそうにない。甘んじてその攻撃を受けようと、僕は腕を広げる。


 しかし、その攻撃が僕に当たることはなかった。直前になって、斧でピィちゃんの動きを止めるオオチさんが現れたのだ。


「何やってんのよ、あんた!」

「オオチさん、なんでここに?」


 僕のその問いに、オオチさんは火の鳥を受け止めたまま「ほっとけるわけないじゃない」とこぼした。


「ナイス、ミドリ!」

 そう言って仮面の女性は再び光の矢を射るが、ピィちゃんは別のソウル達を引き集めて、その矢をガードする。

 そのまま、ピィちゃんはソウルを操り、オオチさんと対峙したまま仮面の女性に攻撃を仕掛ける。


「避けて、ミコ!」

 というオオチさんの声に仮面の女性は、操られたソウルの攻撃を躱す。

 ミコさんの動きを制限した一瞬の隙に、ピィちゃんはオオチさんを圧倒的な力で弾き飛ばした。

 そしてそのまま空高く舞い上がり、再び周辺のソウルを吸収し始める。


 頭に浮かぶのは、先程見た大爆発の光景。


 どうにか止めなければと、ミコと呼ばれた女性は思い切り飛び上がる。光を散らしながら移動する彼女は、矢を三連発放つが、ピィちゃんに届く前に熱で焼け切ってしまった。


 万事休すかと、オオチさんもミコさんも諦めた様子だ。

 その様子を見て、僕は叫ぶ。


「やめてピィちゃん! もうこれ以上人を傷つけちゃダメだ!」


 お願いだから……お願いだから……。


 心の中でそう唱える僕は、力のない自分をひた恨む。


 力が欲しい……この場を治める力が……。


 何も出来ない自分が情けない。力さえあればヒラヤマさんが死ぬこともなく、ピィちゃんの暴走を止めることも出来た。

 だから、力が欲しい。


 次の瞬間、自分の中に潜む何かが顔を出す。身体の中から燃えていくような感覚を覚える僕は、最後にもう一度、祈るようにポツリと言葉をこぼす。


「もうやめるんだ」と。


 ーー☆ーー☆


「もうやめるんだ」


 僕が諦めかけていたその時、彼は周りにオーラを纏い言葉を放った。

 熱く燃えるようなオーラに、僕もミドリも気圧されている。それほどまでに彼のオーラは強いものだった。


「ほんと、嫌になっちゃうよ。後輩に越される先輩の気分だ」


 こんな気分オンジくんと会った時以来だな、と心の中で呟く。

 目の前の彼は紛れもなく、一等級の祈祷師だ。


 彼が放つ覇気を纏った言葉に、ピィちゃんと呼ばれた火の鳥は、周辺のソウルを吸収するのを止めて、地上へと降りてくる。

 そしてそのまま、彼に頬ずりをした。火の鳥は彼に服従したのだ。これでもう暴れることもないだろう。


 だが、火の鳥を生かしたままには出来ない。

 隙だらけの鳥を目掛け、今自分が出来る最大の攻撃を放つ。大きく溜めた光の矢は、しっかりと火の鳥の喉元を射抜いた。


 大きな火の鳥は、身体に溜めたソウルを暴発させて分離する。


 そして分離しきった後、ポテリとコケた小さな鳥は、最期に可愛らしくピィと鳴いて力尽きた。


 思いもよらなかったであろう急な出来事に、彼はハッとして鳥を抱き寄せる。


「ピィちゃん、ピィちゃん!」

 と、顔をぐしゃぐしゃに濡らす彼の胸の中で、その鳥は完全に消え去った。

 さて、ここからが勝負所だろう。


「なんで、なんでピィちゃんを……もう暴れることもなかっただろうに」

 ゆらりとこちらを見つめる彼の目は、怒りや憎しみに溢れている。今も放ち続けるオーラはどんどんと大きくなっていた。


「今さら暴れなくなった所でもう遅いんだ。よく周りを見るんだ」


 周りは今も業火に焼かれ続けている。避難所には怪我をした人々が横たわり、治療に当たっていた。


 しかし、声の届かない彼の構える剣は、怒りと同調して炎の勢いを増す。


 先ほどから、冷や汗が止まらない。あの刀身に触れた瞬間、自分の骨まで溶けてしまうのではないかと思わせる。

 ゆらりゆらりとこちらへ足を運ぶ彼に、僕は身体を動かせないでいた。

 ミドリも同じように、彼の威圧感に気圧されている。


 そんな中でたった一つ、動く影があった。その影は闇夜に紛れて静かに背後に回り込み、オーラを垂れ流す彼の首に手刀を当てる。

 パタリと気絶した彼を抱きしめ、グウジはため息を漏らす。


「全く困った祈祷師がいたものですね。お嬢さまご無事で何よりです」


 そう言って頭を下げるグウジに僕は苦笑する。

「助かったよグウジ、今度からは勝手な行動を慎むよ」



 こうして夜の大火災は治まっていく。次の日の朝、祈祷師たちの元に、ウスイが自宅で首を吊っているのが発見されたという報せが届いた。


 誰もが劇的に死ぬ訳では無い。

 その事が、祈祷師達の胸に刻み込まれる事となった。

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