第51話 思っていました

 ユーサーの痛み、苦しみ、記憶に共感することなんてできない。ヤーにはユーサーの気持ちがわからない。想像することはできても、完全に共感することは難しい。


 なぜなら立場が違う。人種が違う。なにもかも、ユーサーとヤーは違うのだ。


 だけれど、考えることを放棄してはいけない。ユーサーのためにできることを、足りない頭で考えないといけない。


 しばらく時間が経過して、またユーサーが喋り始める。


「……私の願いの通り、戦争は終わりました。ヤーさんは当然知っていますが……勇者が魔王を討伐したんです。私はそこではじめて、戦争が終わるということはどういうことなのか……それを知りました」


 平和的に戦争が終わるなんてありえない。どちらかが再起不能になるまで続く。再起不能になっても続くかもしれない。どちらかが完全に破滅するまで、愚行は終わらない。


「それからというもの……私の居場所はどこにもありませんでした。魔物たちもほとんどいなくなって、かといって人間の里には降りられません。私にはツノがあって……見るからに魔物でしたから。人間たちは私を、受け入れてくれませんでした」


 そうだろうと思う。きっとヤーに出会うまでに、いろいろな苦労をしたのだと思う。魔物というだけで迫害されていたのに、ユーサーは魔王の娘なのだ。当然恨みを持つものもいる。


「受け入れてくれそうだったのは魔王派の人たちですけど……ちょっとあの人たちの主張にも共感できなくて……魔王が正しいと言うつもりはないんです。魔王は悪い人で、魔王が生き残っていたら人類は滅亡している。だから……魔王派も私の居場所とはいえなかった」


 不器用な人だ。魔王の娘という立場を利用すれば、魔王派のトップになれたかもしれないのに。愚かな人間に裁きを、とか言っていれば、崇め奉られただろうに。新たな魔王の誕生になったかもしれないのに。


「ずーっと逃げてました。どこにいっても私のことを受け入れてくれる人なんていないんだって。素性を隠してコソコソと……逃げるように生きてきました。そして魔物だってことがバレて迫害されて、その場にいられなくなる。逃げて逃げて……最後にはどこに逃げればいいのか、わからなくなりました」


 どこにもユーサーの居場所はなかった。10年間探し回って、どこにもなかった。それは魔王の娘という立場上、仕方がないことだったのだろう。


「恨みました。あなたのこと。勇者が魔王さえ倒さなければ、私は1人にならなかった。お父さんも仲間たちもいて、きっと幸せになっていた。そう思った時期もあります」


 そりゃそうだろう。魔王の娘……いわば王の娘だ。ユーサーは王族なのだ。魔王が世界を征服していれば、最高権力者の娘になるのだ。何不自由ない生活が約束されていたのだ。


 その幸せを破壊したのは、勇者だ。他ならぬヤーなのである。その存在を恨むのは当然だ。


「勇者がどこにいるか、調べました。魔王を討伐したあと、勇者がどこに行ったのか……真剣に調べました。殺してやるって……そう思って……」


 殺してやる……当然の感情だ。ユーサーからすれば親の敵討ちだ。もしもユーサーが敵討ちを望むのなら、それは受け入れるしかない。

 

 だけれどユーサーは敵討ちをしなかった。それどころか、勇者の手助けをしてくれた。


「勇者を調べて、驚きました。だって……あんなわけのわからない動画を投稿してたんですから」失望させていたらしい。当然か。「私の父を討伐した勇者があんな体たらくでは……父も浮かばれません。あんなヘッポコに父はやられたのかと思うと……復讐する気も失せました」


 勇者がヘンテコな動画を投稿していたから、復讐されなかったらしい。あまりにもひどすぎて見逃されていたらしい。嬉しいやら悲しいやら……


「だから……ただの私のプライドだったんです。復讐すべき対象の勇者は、あんなにヘッポコな人間じゃない。動画投稿するにしても、もっと成功していて……そんな存在に復讐したかった。勝手に貯蓄が尽きて死んでしまうような人じゃなくて……もっとふんぞり返っていて傲慢で自分勝手で……そんな相手に復讐したかった」


 復讐する相手は強くあって欲しい。なんとなくわかる。そうじゃないと、自分の気が晴れない。弱い者いじめをしたみたいで、気分が悪いのだろう。だから復讐を成し遂げるには……


「あなたが動画投稿で成功して……調子に乗って……その状態のあなたに復讐するつもりでした。私が復讐に値すると判断してから、実行するつもりでした。だからあなたにアドバイスをした。最終的に私が気持ちよくあなたを殺すために……そのためだけに、アドバイスをしました」


 嘘だと思う。復讐なんて、ユーサーはする気がなかったと思う。ユーサーが復讐したい相手は、勇者じゃないのだから。人間全体なのだから。勇者はあくまでも魔王を倒しただけ。戦争の原因を作った人間たち全員に復讐をしたかった。だけれど……彼らは復讐に値しなかった。


「あなたは、ずっと謙虚でしたよね」こっちのセリフだけれど。「再生数が伸びても、チャンネル登録者が増えても……あなたは決して驕り高ぶらなかった。常に私への感謝を口にして……そんなだから……もう、復讐なんて……」


 楽しくなったんです、とユーサーは続ける。


「あなたとの動画投稿が楽しかった。前も言いましたけど……あなたと一緒にいるのが楽しかった。父の敵とか……そんなことはもうどうでも良くて……もともと、父を殺したのは戦争です。あなたはあくまでも戦争に巻き込まれただけ。あなたを恨むのは筋違い……そんなことはわかってました」それでも恨まずにはいられないだろうけど。「あなたが褒めてくれるから……成功したのは私のおかげだって言ってくれて……そのたびに、素直に頑張ろうって思いました。私は父に溺愛されてましたけど……客観的に能力を評価されたというのははじめてだったんです」


 ヤーもユーサーを溺愛しているけれど。ユーサーのことが好きな度合いでは魔王にも負けないと思っているけれど。と、そんな意地を張っている場合ではない。

 

 とにかく……親から注がれる無償の愛と、客観的な評価による言葉……その2つには大きな違いがあるのだろう。どちらの想いも重要で、どちらが欠けてもいけない。


「私は……あなたのことが好きですよ。優しくて真面目で……ちょっと天然だけれど、常に相手のことを考えた発言ができる。そんなあなたと一緒にいるのが心地よかった。だから……だんだんと、復讐しようなんて気も薄れてきて……このままずっと、あなたと一緒にいられると思ってました。そうしたいと、思っていました」


 思ってるだけじゃなくていい。一生そばにいていい。というより、いてほしい。そのためのプロポーズでもあった。


「でも……もうお別れです。これ以上あなたに迷惑は……かけられない」


 ……


 ……

 

 ……


 迷惑ではない。そんなことはない。仮に迷惑だったとしても、ユーサーからの迷惑ならまったく問題ない。


 だけれど……


 だけれど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る