主人公がラスボス
如月俵太は女神に出会った。
いや、正確には召喚勇者の巻き添えでの望まれぬ召喚者である。
だが、彼の目には本物の勇者の姿は見えていない。
いや、ちらっと見えたかも。
何故ならば、女神の巨乳に釘付けになっているからだ。
そんな中で、本当の勇者は女神から祝福を受けて、華々しく外界へと降りていった。
初めての召喚勇者を前にしてかなり緊張していた女神だが、ようやく安堵したところで、自分を見つめる邪悪な視線に気付いた。
そして……驚く。
いるはずの無いもうひとりの召喚者が居たのだから。
さて、これは困ったことになったと女神は焦る。
召喚者を外界へとやるには、定員に空きが必要なのだ。
只今、人の空きはゼロ。
どうしたものかと思案するも、俵太のねちっこい視線が気になって集中出来ない。
「あのぉ女神様。」
十分巨乳を堪能したのか、俵太が女神に声を掛けた。
「お、俺は勇者ですよね。いやね、そろそろ召喚されるんじゃないかって思ってたんですよ。
ほら、俺ってラノベオタクだし、巨乳好きでハーレム大好きじゃないですか。
しっかり異世界のことも勉強してるし、やっぱ………」
「何こいつ、鬱陶しいわね!」
あまりの俵太の食いつきが怖くなった女神は、適当にスキルを与えて、外界へと落としてしまった。
ちょうどそのタイミングで、ダンジョンのラスボスが斃されたことは、運命だとしか言いようが無いことだ。
「…り俺が勇者ですよね…って、あれ?ここどこ?」
俵太はダンジョンの最下層に居た。
姿は人間のままに。
そう、彼は人間の姿をした、このダンジョンのラスボスになったのだ。
だが、当の本人は、自分が勇者であると思い込んでいる。
「あっ、そうか!ここはダンジョンだな。
分かったぞ。
ここから敵を斃しながら経験値を積むタイプの異世界物だな。
な〜るほど〜、そういうパターンできたな。
とっとと、ダンジョンを踏破して、外の街道で魔物か盗賊に襲われている王女様を助けるのが定石か!」
勘違い勇者と化した俵太は辺りを見渡す。
「うーーん、この広さ、この重厚感漂う壁の装飾、そしてこの雰囲気。
どう見てもここはラスボスエリアじゃないか。
召喚初っ端でスキルも知らないのに、いきなりラスボスってパターンか。」
独り言ちながらも、慌ててスキルを確認する。
「ラスボスには光属性が定番だよな。
えーーと、光属性、光属性っと……
あれっ無いぞ?
その代わり闇属性って…
あっ、分かった。これラスボスとの死闘の中で光属性を習得するパターンだな」
ひとり納得する俵太。
全く思い込みとは恐ろしいものである。
闇属性魔法のシークレットスペース中に入っていた装備に着替えて、万全の体制でラスボスの出現を待つ。
「遅えよ!」
2時間待ってもラスボスはおろか、魔物の1匹すら出てこなかった。
当たり前である。俵太自身がラスボスなのだから。
予想外の展開に落胆し、ラスボス戦を諦めた俵太は、ラスボス部屋から出る。
おどろおどろしいダンジョン最下層を歩き回る俵太。
ここまで辿り着ける者は希少なS級冒険者くらいしかおらず、もちろん彼らに会うはずも無い。
そして肝心の魔物であるが、ダンジョン最強のラスボスに挑んでくる魔物など当然の如くおらず、ただただひたすらに歩き回る俵太であった。
擂り鉢状になっているダンジョンの最下層はそれほど広さもなく、小1時間程の間に俵太は3周している。
通常は強力な魔物が跋扈するこの地では最下層攻略に何日も要するはずなのだが、何も出てこないのであれば、それも然りである。
「どうしちゃったんだろう?
もしかして、俺が強すぎるから、魔物達も怖がって現れないのかなぁ。」
魔物の出ない最下層にすっかり慣れ切った俵太は呑気なものである。
最初の緊張感も何処へやら、鼻歌混じりに歩いている。
「いくらなんでもおかしいよね。
上に行ってみようかな。」
5周目に入ったところで、さすがの俵太も最下層を諦め上の階層へと移動することにした。
「ゴツッ!痛てっ!」
階段を登る俵太だったが、階段の途中で、頭に何かが当たる。
「痛てえなぁ。なんだよこれっ!
上に上がれねぇじゃんかー」
見えない壁に弾かれる俵太。
「あっ、そういうことね。なるほど、ラスボスクリアしなきゃ最下層から出られないって設定か。
でも困ったな、なんにも現れないんじゃ、どうしょうもないじゃん」
仕方無くラスボス部屋へと戻る俵太。
「きっとこの部屋に秘密があるんだよ。そう、なんで忘れてたんだろ。
ラスボス部屋に隠し扉があるのも定番だったっけな。
探してみよう」
にっちもさっちもいかなくなって銷沈していた俵太だったが、ラスボス部屋に仕掛けがあるんじゃないかと考えて、壁に沿って手を当てながら隠し扉が無いか調べ始めた。
そして数分後、ついに俵太は隠し扉を発見する。
慎重に扉を押すと、そこにあったものは…
豪華なリビングであった。
更にその奥にはベットルームやキッチン、バスルームまである。
「何じゃこりゃ?」
その豪華さにビビリまくる小市民の俵太。
恐る恐るベットへ近づき、そのふわふわの布団に触れる。
フェザーのような手触りに思わず顔を埋める。
体重を預けると、心地良く沈む身体。
絶対的な心地良さに警戒心もどこへやら、気が付けばベットへ全身ダイブしていた。
「うーーん、よく寝た……って、ここどこだっけ?
ぐぅ~〜」
目を覚まして辺りを見渡す俵太。
そう言えばとラスボス部屋であることを思い出した。
時計が無いから、どのくらい寝てたのかは分からないが、腹が減ったことは確かだ。
キッチンへと向かうと、調理器具が揃っている。
「食材はーっと、あっ、あったよ。
結構豪華なもんが作れるじゃん」
流し台の端にある扉を開けると、そこはパントリー。
肉や野菜、魚に、調味料各種と豊富に並んでいる。
自炊生活が長かった俵太にとってはまさに宝箱とも言えるだろう。
全く警戒心を失った俵太は、謎肉ステーキとサラダ、スープと定番メニューをさっと作り、自画自賛しながら舌鼓を打つ。
食事に満足した後はリビングで一休み。
普通のソファーセットに執務机、ご丁寧に寝転べるようにカウチソファもある。
残念ながらデレビは無いが、本棚には大量の蔵書が置かれており、全く退屈する気がしない。
「そうだ!」
おもむろにカウチソファから立ち上がりキッチンへと向かった俵太。
そしてリビングに戻って来た時に手に持っているのは、手作りのポテトチップスだった。
「カウチソファにはこれだよね」
本棚から取ってきた小説を手に、ポテトチップスを頬張りながらカウチソファに身を預けている。
本に油が付いても関係ないね。
ダンジョン最下層。
そこは日の光も入らず、1日が判断出来ない場所。
寝て起きたら最下層を散歩して、飯食って、また寝ての繰り返しにすっかり慣れた俵太である。
時折、最下層の通路で冒険者の遺品を見付けるが、緊張したのも僅かな期間、冒険者が残した遺品を有り難く頂き、最強装備を身に着ける。
そう、このダンジョンは勇者パーティーレベルしか攻略出来ない、高難易度なのだ。
「うん?光の盾に光の鎧、それと光の剣ってか。
まるで勇者の装備だな。」
リビングで寛いでいたら、ラスボス部屋に訪問者が現れた。
初めての訪問者に緊張と喜びを隠せない俵太。
だが、その訪問者達は、いきなり切り掛かってきた。
慌てて回避したが、あちらも強者。
返す刃が俵太を襲う。
思わず剣を振るうと、相手にクリティカルヒットし、前衛の剣士は大きく崩れる。
メインアタッカーが居なくなり、パーティーは総崩れ。
慌てて逃げ去った。
まだ息絶えたばかりで、ほのかに温もりが感じられる苦痛に塗れた顔を見てふと思う。
「この顔は見たことがあるぞ。
確か、女神様のところだったかな。
そして光の装備を纏っているってか。
もしかしたら、彼が勇者?」
彼が勇者だとしたら俺は?
初めて俵太は自分が勇者じゃ無いんじゃないかと思った。
「そういや、俺このフロアから出られないし、ラスボス部屋に住んでるし……
えーーっ!!
もしかして、俺がラスボス!!」
完
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