勝者とは

ニレオン歴1986年、ついに星間戦争が勃発した。


我がシトラス星は第2王子アマデアス率いる王国軍が、今のところ快進撃を続けており、敵のバーミリオン星を圧倒している。


だがこれは奇策が成功しただけで、このまま戦線を伸ばしてしまうと、兵糧を断たれてしまい、最悪全滅の恐れもあった。


それに、あちらには同盟星として、あのセネガル星が参戦する可能性もある。


宇宙最強とも言われる、あのセシウセス姫率いるセネガル軍が戦場に出てくれば、いくら優勢な状況であったとしても、一気に戦況をひっくり返される可能性もあった。


そしてギリウス星域において遂に両者は対峙するのであった。


『攻撃のアマデアス』と『守りのセシウセス』


この全宇宙において最も強力なふたりが率いるそれぞれの軍が、対峙するのはこれが最初である。


研ぎ澄まされた鉾のように高速かつどこまでも突き通すシトラス軍に対し、何者も通さない鉄壁の盾のようなセネガル軍。


この対戦には全宇宙が注目することになる。


「セネガル軍何者ぞ、突撃あるのみ!我に続けーーー!!」


「第1防壁、敵との接触後、速やかに両翼に拡がり、第2防壁が受けている間に両翼から挟み込め!!」


アマデアス王子とセシウセス姫の性格を表すようなこの攻防は、シトラス軍が第3壁手前で急旋回し自陣に戻ったことで、痛み分けに終わる。


お互いを好敵手と認め合い、その後の対峙は戦域を変えて、幾度となく続く。


アロアナ星域、プレシアス星域、スタリアス星域、マルコシス星域と転戦を重ねるが決着は未だつかない。


アマデアス王子は、女性の身でありながら自分と対等に戦い続けるセシウセス姫のことを好ましく思い、セシウセスもまた、最強を自負する自分に辛酸を舐めさせるアマデアスのことを心の奥で認めていた。


そしてふたりの対峙が1年にも及ぶ頃、シトラス星に異変が起こる。


市民による武装蜂起が起きたのだ。


青年将校ランカスタが率いる革命軍の数は当初3000であり、すぐに鎮圧できるはずであった。


ところが、国内で入手できるはずもない武器を手にした彼等は、次々と軍施設を制圧し、いつの間に大きく増えた武装兵団を加えて、2週間後には10万を超える数に膨らんでいたのだ。


そしてついにはアマデアスまでが戦線から呼び戻される事態となる。


「セシウセス姫、残念ながら君との戦をこれ以上続けることが出来なくなった。」


敵将であるセシウセスに対し、星間通信を使って話し掛けるアマデアス。


「残念だ、だがわたしは、また対峙できる日を楽しみにしている。」


ふたりの間に交わされる会話には1年にも及ぶ対峙にも関わらず、ドロドロとした感情は全く見当たらず、離れ離れになる親友同士が再会を願うような清涼感さえ感じられるのだった。


風雲急を告げる事態に、後ろ髪惹かれながらもシリウス星に帰還を急ぐアマデアス王子。


だが、その軍に背後から攻撃を仕掛けるものがいた。


不意打ちを喰らう形になったアマデアスは何とか軍を立て直し、卑怯な敵を撃退する。


だが、その代償はあまりにも大きかった。


アマデアスがシトラス星に戻った時には自軍の戦闘可能人員は2000を下回り、既に革命軍の鎮圧を行うことさえ難しい状況であったのだ。


だが、アマデアスは諦めない。


少ない兵を鼓舞し、敵陣を突き進みながら王城を目指す。


手勢の多くが散りゆく中、アマデアスはついに王城へと降り立ったのだ。


そして、満身創痍の彼がそこで見たものは....


首を晒された家族の姿であった。


呆然とする彼を囲むように現れる兵達。


そこには革命首謀者ランカスタの姿と宰相エムザムの姿があったのだ。


「エムザム..貴様..!」


「アマデアス王子、長い戦役ご苦労様でした。あなたで全て終わりです。

今回の革命の発端を作ったあなたを軍法会議に掛けてTHE ENDとしましょう。」


全てはエムザム宰相によって仕組まれていたことだった。


そしてそれは本来の敵であるバーミリオンにより仕組まれたものでもあったのだ。


牢に捕らえられたアマデアスに対し、反逆者エムザムは得意満面でペラペラと話し出したのだ。


以前から国家乗っ取りを野心としていたこと。


そのためにバーミリオンに通じて武器や兵士を隠密に侵入させていたこと。


アマデアスとセシウセスを対峙させることにより戦争を長引かせ、民に重い負担を課すことで、王族に対する悪意ある国民感情を煽ること。




そしてアマデアスは思い出す。

そうなのだ、この戦争自体を言い出したのは誰でもないエムザムなのだった。


そう、初めから全て画策されていたのだった。


「今頃はバーミリオンが、セネガルを襲っておることでしょうな。」


にやけながら言葉を続けたエムザムにアマデアスは驚愕する。


セネガルを襲うだと!


それも最初から仕組まれていたことだとしたら....セシウセスが危ない!!


項垂れた様子のアマデアスを見て満悦のエムザム。


既に勝利を確信した彼は、警戒心すら持ち合わせていなかった。


アマデアスは自らを拘束している手錠にありったけの魔力を注ぎ込み、硬化させる。


瞬間的にダイヤよりも硬度を持った拘束具を思いっきり目の前の鉄格子にぶつける。


激しい衝撃と火花が飛び散り、鉄格子の錠の部分が崩れた。


「なっ、なに!」


ガツン


アマデアスの血まみれの腕が再び振り下ろされた場所には、驚愕に顔を歪めたエムザムの亡骸が転がっていた。


「急がないと!」


アマデアスは地下牢の階段をひたすら上る。そして地上に出ると襲い掛かってきた守兵を打ち倒して、近くにあったバイクに乗り、宇宙船の格納庫に急ぐ。


途中、異変に気付いた兵を次々と打ち倒して、ついには自分の宇宙戦闘機へと辿り着いた。


そして乗り込もうとしたところで、右わきに痛みを感じる。


手を当ててみると生ぬるい感触が。


「残念だったなアマデアス王子様。エムザムを倒してくれて有難うよ。

これで、俺がこの国の王だな。」


「ランカスタ、お前...」


ヘラヘラ笑うランカスタに渾身の力をこめて蹴りを入れる。


高い位置から強烈な勢いで繰り出された足は、剣で受けられたもののランカスタを吹き飛ばすには十分だった。


足にも大きな切り傷が出来たが構うもんか。


俺はセシウセス姫の元に行かねばならない。


あの美しい姫は、戦場でしか死んではいけないのだ。まして悪辣な計略などでは...


朦朧とする意識の中、アマデアスはセネガル星に向かって飛ぶ。


本来なら防衛システムが作動して、侵入できないはずのセネガル星に易々と入ることが出来た。


既に星としての機能が失われている証拠である。


炎と激しい煙を噴き上げる王城へと急ぐ。


バーミリオン軍による攻撃により大破した王城とそれに抵抗するセネガル軍。


そしてその中に見慣れた一機があった。セシウセス姫の機体だ。


既に味方はほとんど見当たらず、一機で奮戦している。


だが、それも限界のようだ。機体には無数の穴が開き、弾薬も尽きているのか、魔法攻撃しか出来ていない。


俺は落ちていくセシウセス機に向かって急接近し、手を伸ばしてハッチを空けた。


「アマデアス!」


「セシウセス、こちらへ」


手を伸ばし、セシウセスが伸ばした手を掴む。


アマデウスの紅い髪が風にたなびく。


脇腹の刀傷が痛むが、力を込めてセシウセスの身体を機体から分離させると、そのまま自らの後部座席に座らせた。


「さあ、行こう。」


「アマデアス、どこへ?」


「ひとまず落ち延びる。後のことはそれからだ。」


あの様子では、既にセネガルの王族も無事ではあるまい。


だが、それをセシセウスに言っても始まらないし、何より彼女が言い出さないのだから、これで良いんだ。


後ろを振り返ると、セシウセスの蒼い瞳には涙の痕は残っていたが、既に涙は無かった。


ハッチを閉めて急加速する。


追いかけてくる敵兵になんて構うものか。ついてこれるものならついてきな。


俺達は追っ手を振り切って、遥か離れた辺境の地へと飛び去ったのだ。




40年後、辺境の地より、大艦隊が飛び立った。


辺境に散らばる数多の国を己の力と統率力で糾合し、大帝国へと変貌させた類まれなる才能を持つ、紅い髪に蒼い瞳が美しい30代半ばの指揮官。


彼は今は亡き父母に誓う。


ふたりが苦労して地固めをしてくれたおかげで、これだけの戦力を持つことが叶った。


父母の念願であったシトラス、セネガルの2星を悪の手から奪い取ること。

そしてバーミリオンに対して復讐すること。


もうすぐ3星のある星域に到着する。


彼の握る操縦桿にも僅かながら力が籠るのはしようがないことだ。


彼ならやり遂げることが出来るであろう。


亡き父母の無念を晴らせる、それだけが彼の望みなのだから。


だが、大帝国を樹立した彼は思う。


争いに勝者は無い。一時的に勝者足りえることがあったとしても、残った禍根はいつの日か返ってきて災いとなすだろう。


俺が辺境を統合するなかでも当たり前のように繰り返されたことだ。


ならば、この3星を奪うことが果たして正義なのだろうか?


俺は、父母は勝者になれるのだろうか...と






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