第十話 「きっかけ」

もともと蘭達と関わると決めた時点で、ある程度のリスクは覚悟していた。

人と関わることにリスクもクソもないが……。

自分も虐められてしまうかもしれない、という考えは頭に浮かんでいた。

けれど……それでも、蘭の呟きがわたしの心を動かしたから。

わたしは自分にできることはやろうと、思うことができたのだ。


翌日、わたしが学校へ来ると蘭は既に自分の席に座っていた。

わたしはあえて遠回りをし、蘭の席へ近付く。

そしてすれ違いざまに

「おはよう」

と小さく声をかけた。

蘭はバッとこちらを見て、嬉しそうに笑っていた。

やはり蘭は可愛らしい方だと思う。

見た目も、心も。

……わたしには少々、眩しすぎるほどに。


「絵穹ちゃん、おはよう!」

「あ、瑠梨。おはよう〜」

「ちょっと聞いて!? 昨日ね、テレビで推しが出ててさっ!」

瑠梨は嬉しそうに顔を輝かせながら、わたしに報告をしてくる。やはりこの間感じた違和感は気のせいだったのだろう。

わたしはニコニコと微笑みながら、瑠梨の話に耳を傾けていた。

──このあとに起こる、重大な事柄になど少しも気付かないで。


それは昼休みのことだった。

また蘭が、キョロキョロと辺りを見回している。

わたしは不思議に思い綺花達の方を見ると、やはりクスクスと笑っていた。

思わず眉をひそめてしまう。

……体育祭に夢中になっていればいいのに。

そのとき、蘭が困ったようにこちらを見た。

「助けて」と言いたそうな視線を送ってくる。

わたしは固まってしまった。


綺花、葵、美菜や瑠梨がわたしのことを見つめる。

──お前は蘭に助けを求められ、どうするんだ?

と、無言で問われているように感じた。

緊張やら恐怖やらで、息がしにくい。


蘭を助けると決めたのではなかったのか?

……助けるなんて、上から目線だな。

昨日、友達になったではないか?

……呼び方を変えただけで友達? 浅はかすぎるだろう。

こちらを見ている蘭と、三人や瑠梨ならお前はどちらを選ぶ?

……そんなの、そんなの──。


「……綺花ちゃん、葵ちゃん、美菜ちゃん。わたしのシャーペン盗ったよね……? 返してほしい、です」


ハッ、と顔を上げた。

震えた声と、必死に泣くのを我慢する顔。

──あの日の放課後、独りで叫ぶ蘭の姿と今の姿が一致した。

そしてわたしの頭の中に、そのときの映像がフラッシュバックする。

『放っておいてよ!!』

『絶対いつか見返してやる』

『でも……独りは怖い』

蘭は、ただ単に叫び喚いていたのではない。


──己の強い気持ちを、言葉にして、決意を固めていたのだ。


蘭は虐められて、それをただひたすらに受け入れるほど弱い子ではない。

優しく笑い、自分のために声をあげる、強い子だ。


「……えー、何? 蘭ちゃん。言い掛かりつけないでよ」

「わたし達、何も盗ってないよ? 酷すぎ」

「ちゃんと考えてから発言してほしいなぁ?」

綺花、葵、美菜はあくまでもしらばっくれている。

蘭はギリ……と奥歯を噛んでいた。


わたしは席を立った。

「絵穹ちゃん……?」

瑠梨が戸惑ったような声を出し、申し訳ないがわたしは無視をして三人の前に立った。

「何、どしたの? 絵穹ちゃん」

わたしは一度俯いたあと──ニッコリと微笑んだ。

「もー、ビックリさせたいなら早くネタバレしないと! さっき見たよ? 三人が蘭の筆箱弄ってるの。こっそり盗って、驚かせようとしたんでしょ?」


わたしは笑顔を絶やさず、ニコニコとそう告げた。裏腹に、握りしめた拳には手汗が溢れていた。

教室はシン……と静まり返り、夏にも関わらず緊迫感のある冷たい空気がその場を支配していた。

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