紅蓮の乙女は腐ってる

@hucyou

01 フレイムスクリュー治療法

 失敗と成功は表裏一体である。


 ――数時間前。

 わたしは弟に連れられて、近くの河川敷にサッカーの練習をしに来ていた。


「フレイム・スクリュウゥゥゥゥ!」


 必殺シュートの名前を叫びながら水平大回転し、ボールを蹴る弟。

 なかなかの威力だが――「ほっ」と軽く横に跳躍し、難なくボールをキャッチするわたし。

 空間認識能力には自身がありネキ、球技全般は無駄に得意なのだ。


「まだまだだね」

「あー、やっぱり姉ちゃんはすげぇや」


 弟に褒められるのは悪い気分じゃない。

 ただ、男女の体力差に加えて年齢差が顕著な小学生の頃だからできる――今だけの芸当、しょせんは子供だましなのでして。

 尊敬の眼差しはある程度で止めておいて欲しいと思うのです。


 どうせ褒めてくれるなら、力を入れている美容や所作にして欲しいものだが――そういった事では一向に褒めてくれない弟なのである。

 将来恥をかかないように、適度にリップサービスというのを覚えさせなければ……


 そんな風に思いながらシュートをキャッチする作業を繰り返していると、野生のリスと思わしき生き物が目の前を横切っていった。


 ふだん河川敷にいるような生体ではないし、珍しい。

 リスくん、高速ダッシュする姿もかわいいなぁ。


 ――そんな風に、弟から気を逸らしリスを目で追ってしまったのが失敗だったのか。

 気付いたときには自分に直撃するコースで弟の必殺シュート――ここ一番で最高のクオリティ――が放たれており、気付いたときには「もうダメだ」というタイミングで回避行動が間に合うことなく。


「グフォッッッ」


 ボディにシュートが突き刺ささり、吹き飛ばされた私は背後の壁で頭を強打して――。


 通りがかりの誰かが「だせぇ~!」と爆笑する声と、泣き叫ぶ弟の声を聞きながら意識を落としたのを覚えている。


 で。


 病院に救急搬送され、意識を取り戻す直前に蘇ったのが、前世の記憶。

 走馬燈のように流れたそれは、サークルの飲み会に参加した帰り道でプッツリと途切れ――今世のわたしの人生ものがたりへと繋がった。


「はは、まさか異世界転生とは……いや、異世界というか未来の日本だけど。うーん、普通に輪廻転生?」


 前世の”私”がオタク趣味を嗜んでいたため、『転生』という状況を混乱することなく冷静に受け入れることができたのは僥倖だ。


 テンションが上がりすぎて「やっぱり、小学生転生は最高だぜ!」と叫んで計器のコードを引っこ抜いてヒャッハァしたのは失敗だったが……。


 なんせ、転生した環境があまりにもSSRクラスの人権だったのでテンションが限界突破してしまうのもやむなしだろう。


 わたしこと、紅楳深紅こうばい しんくの家はお金持ちだ。カネの力で無双できるレベルのお金持ちだ。

 大切なコトなので何度でも言わせて貰う。お金持ちなのだ。

 イケメンの婚約者はいるし、親友もいるし、両親は優しいし、環境に恵まれすぎている。


 それに、容姿すらも恵まれている。

 小学5年生現在には不釣り合いで、成長をすることを確約されたおっぱいに、愛嬌がある顔。前世の面影なんてまるでない。

 成長したら、男性の理想的な”近所のお姉さん”風の女性となるだろう。


 前世で胸がないことがコンプレックスだったので、巨乳仕様なのは実に嬉しい。

 思わず揉んでしまう。こう、もみもみと。


「この感触、もう前世の自分を超越してやがるぜ」


 最高にハイ。

 テンション爆上げで、もう何も怖くない気分だった。

 口からは「フヒヒ」と怪しい笑いが堪えきれずに漏れてしまうし、奇声をあげるのを我慢していたら興奮が収まらず、なんか鼻血が出てきて草しかない。


 大人知識で、学校の授業も楽になる! そう思ったけど、英才教育を施されている今現在のほうが英語や一般教養など、ジャンルによって前世よりも知識を累積している気がするのはちょっと闇深い案件。


 前世の”私”とは何だったのか、しっかり勉強しろよ大学生!


 ともかく、大人知識があるというのはそれだけでチート。

 生憎、今の時代は”私”の生きていた頃よりも未来――2041年だ。

 科学の発展が著しく知識チートの制限はあるが、小市民らしく机に向かって勉強する時間を減らす程度には……ささやかに活用させて貰おう。


 あと、せっかく子供時代に戻ったのだから、婚約者と『お医者さんごっこ』もしないとなぁ!


 合法的にショタの肉体を隅々まで診察するチャンスだ。ち○ことか。

 弟のでは駄目なのだよ、家族を性の対象にするのは玄人の“私“でも無理。

 やっぱり命を救うのは他人のち○こに限るのだよ。


 止めどなく溢れる欲望。

 まるで悪魔に魅入られたようだ。ヤバイ。


 純粋無垢だった、大切に育てられた箱入りのお嬢様だった”わたし”はもういない。

 前世の趣味しんえんを覗いたことにより……人間の暗黒面を知り、淑女へんたいへと染まってしまった。


「わたし、退院したらBL本を入手しにメイトまで行くん――――」

「深紅ちゃん!」


 ガタン。と、扉を開けて可愛い女の子が入って来た。

 慌てているようで汗をかいて、呼吸が荒い。「はぁはぁ」している。


 息切れする女児、だと……けしからん通報した。

 そんな無警戒では、キモいおじさんに狙われてしまうぞ?


 急いで来てくれたのはすっごい嬉しいけど……


 すぐにベッドに駆け寄って、顔をのぞきこんでくる幼馴染の姿が、なぜだか娘のように愛らしく思え――自分の相好が崩れたのがわかった。


「心配かけたね、蒼葉あおば。わたしなら大丈夫よ」

「ホントに心配したんだから! 私、吃驚びっくりして心臓が止まると思った!」


 彼女は蒼咲蒼葉あおざき あおば

 わたしの幼馴染。幼稚園時代からの親友で――――って。




 やばい。名前に既視感がある。

 激やばい。脈拍が上がり、心臓がバクバクいっているのが自分でもわかる。


 蒼咲蒼葉は、前世で”私”が同人サークルで作成していたR18禁乙女ゲーム『妖怪憑きと王子様』の主人公だ。


 親友の名前は――紅楳深紅・・・・


 わたし――紅楳深紅はどのルートでも死亡確定なんですけど!


 過程や相手は分岐するけど、レ○プされてから死亡して未練から怨霊おんりょうになるのは既定路線です。本当にありがとうございました。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」

「どうしたの、深紅ちゃん、しっかり! しっかりして! 深紅ちゃん!」


 蒼葉が私の肩を揺する。

 だめだめ、出てる鼻血が飛び散ってる。

 頭がぐらぐらして、視界に星が見える。


「あはは、アハハハははは!!」


 こりゃぁ駄目だわ。人生オワタ。



----SHINKU MEMO----

┌(┌^o^)┐「来世もあるなら、BLゲームの世界に傍観者として転生したいです」

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