第15話

 朝日が射し込む病室。

 白いベッドの上で体を起こすペルーシュカに、ルーデットは淡々とズオウ五世が秘密裏に進めていた調査結果を伝える。


「閣下が調べて下さったよ。遍歴商人の行商ルートから、デカいトカゲの密輸先までな」


 サーラが身を隠していた商隊の移動経路、そして巧妙に隠されていた魔獣の購入者を探っていたところ、一人の老貴族の名前が浮かび上がったそうだ。


 また、昨日襲ってきた黒衣の男達。

 その全てをガラが撃退。逃げ遅れた何人かを捕まえて、『出来るだけ優しく』痛めつけて情報を引き出したのだという。


 そうした調査で名前が挙がったのが――リッケル・サウルテック侯爵。


 国土の端にある森林地帯に狭い土地を持つ、齢七十を超える老貴族である。


 三十年街道の外れにあり、戦略、内政ともに重要度の低い土地は、リッケル侯爵の隠居の地であり、普段からほとんど人の出入りの無い場所。


 しかし、それは仮の姿だった。


 王都からも遠く離れたうらぶれた土地は、”魔導爵”として名をはせたリッケル侯爵の隠れた魔導研究所でもあった。


「リッケル侯爵様……その人がサーラちゃんのご主人様で――」

「あぁ、私達に喧嘩を売ってきた連中の雇い主だ」


 面白くなさそうに、ルーデットは腕を組んで息をつく。

 

 リッケル侯爵はルーデットと同じ、”魔導爵”の地位を持つ王国でも有数の魔導士だった。

 しかし、その研究は少々、特殊。

 多額の資金を投じて行っていたのは、人体に眠る魔力を強引に呼びさまし、より強力な兵士を作るための強化実験。


 それはルーデットや祖父のエルムンドが行ってきた”特殊義装”の研究とは相反する、健康な人間を魔力の力で無理やり狂暴化させ理性を奪うような、非人道的な実験。


 当然、そんな実験が容認されるはずがない。


 十年ほど前。

 リッケル侯爵の冒涜的な研究が前国王の耳に入るなり、その怒りを買ってしまう。


 結果、老貴族は”魔道爵”の肩書と領土の大半を没収され、残された辺境の地に追いやられ王国史から名前を消されてしまった。


 しかし、どうやら。

 老貴族は地位も名誉も奪われながらも、ひっそりと実験を行い続けていたらしい。

 もともと、王国内でも有数の実力を持つ”魔導爵”だ。研究に支障が無いよう、実験材料を手に入れるため、あらかじめ『裏ルート』をいくつか確保していたのだろう。


「サーラやリグラント・ゲッコーは、そんな実験の非検体だろうな。人間よりも体内に多くの魔力を有する獣人や魔獣……そいつらを飼育して、解剖するなり実験するなり、好きに使うつもりだったのかもしれない」


 ルーデットの声が徐々に密やかになる。

 

「サーラちゃんはそんな事実を知って、侯爵様の元から逃げ出したんですね……」

「そうだろうな」

「……もっと早く、相談してくれればよかったのに」


 がっくりと、うつむくペルーシュカ。

 大きな瞳に溜まる涙は、何もしてあげられなかった無念の感情が零れだしたモノ。

 

 ルーデットは嘆息しながら、首を横に振る。


「サーラは『売られてきた』んだ。リッケル侯爵の実験を告発すれば、彼女を売った家族の身にも良からぬ嫌疑がかかる。それが、嫌だったのかもな」


 もしそうなら……それは十歳の少女とは思えない、賢く、優しく――自分だけが傷つくやり方だった。


「おーい、先生。邪魔するぜ」


 沈んだ空気を入れ替えるように。

 部屋に入ってきたのは、小柄だが体格のがっしりした隻腕の剣士、ガラ。


 のっしのっしと大股で歩み寄ると、ガラは無遠慮に涙目のペルーシュカの顔を覗き込んだ。

 

「おうチビ、元気になったかい。それにしても辛気臭ぇ顔してるな」

「ガラさん……すみません、ちょっとまだ元気が出なくって」

「友達が心配なんだろ? いや、良い話だぜ。魔女先生から色々と聞いたが、お前もなかなか苦労したみたいじゃねェか」


 四角い顎を上げたり下げたりして、大げさな動作で頷くガラ。

 どうやらペルーシュカが眠っている間に、事情を主から聞いているらしい。


 そんなガラは入口の扉を親指で指す。 

 

「それでよ、先生。みんな集まったぜ」


 ガラの言葉の後。

 病室の扉が開かれると、そこに新たに二人の人物が姿を現した。


 一人は、巨大な銀鎧をまとった人物。

 身長は二メートルを超え、頭のてっぺんからつま先まで、一切の素肌を覆い隠すプレートアーマーに身を包んだ人物だった。

 歩く度に「ガシャンガシャン」と金属がこすれ合う音は騒がしく、病室に佇む姿は場違い感が凄かった。


 もう一人は十代半ばくらいの少年。

 日に焼けた顔つきは精悍だが、そこに浮かぶ笑みには子供らしい溌溂さが目立つ。

 背丈はペルーシュカと同じくらい、150センチ前半。

 強風に吹かれたようなぼさぼさの黒髪が印象的で、首からは工業用の大きなゴーグルを下げていた。


「久しぶりねぇ、ルーデット。去年の夏に鎧を調整してもらって以来かしら」


 長身の巨大鎧。

 そこから聞こえる声は、無骨な見た目に反して穏やかな女性のものだった。少し間延びした、聞いているだけで眠くなりそうな声。

 鎧内で響いてちょっとくぐもった声に、ルーデットは薄く笑いながら頷く。


「レジェさん、お久しぶりです。ちょっと力を貸してください」


 珍しくルーデットが丁寧な言葉づかいで話す。

 甲冑女のレジェは、仮面の奥から「困った時は助け合わなきゃ」と笑いながら手を振っている。


 続いてルーデットの顔を覗き込むように進み出たのは、日焼け顔の少年。


「やぁ、先生。急な呼び出しだったけれど、空を飛んで駆けつけたよ!」


 にっかりと。

 白い歯を見せて笑う少年は、悪戯っぽい目つきでルーデットとペルーシュカを見る。

 

「ナットも元気そうだな。どうだ、うまく飛べるようになったか?」

「もう、スゲー上達したって! 先生のくれた翼、俺の体と魔法によく馴染むんだ!」


 言って、ナットは背中をぽんぽん、と叩く。

 ナットの子供らしい、狭い背――そこには小型のリュックが背負われていた。


「しかし、閣下から声がかかったというのに、来たのはたったの三人か。随分と、集まりが悪いものだな」

 

 ルーデットが腕を組んで、面白くなさそうに呟く。


「ま、チビを入れて四人だ。”月の家族”は元々、集まって行動するタイプの集団じゃねぇし、これでもいい方なんじゃねぇか?」


 フォローを入れるように笑いながら、ガラが肩をすくめた。


「ガラさんの言う通りよ。私はたまたま、任務が終わって休暇中だったの。来ることが出来なかったみんなは今も特別任務中なのだから、責めることは出来ないわ」

「……まぁ、それもそうですね」


 年長者であるレジェに窘められ、ルーデットが溜飲を下げる。


”月の家族”は、歴王国アルピアにおいて国土防衛の任務を担うズオウ五世公爵が指揮を執る、公爵直属の戦闘部隊。


 その構成員は”魔導爵”であるルーデットを司令塔に、全員が”特殊義装”を身に着けた”調律兵”で構成される。


”調律兵”は失った肉体の代わりに”特殊義装”を提供され、歴王国アルピアのため、先進兵器の運用をその身をもって行い、陰ながら王国を支える戦うための集団。


 そして、今回の事件。

 怪しい実験、そして他国との密通の疑いのあるリッケル侯爵を捕らえるため、ズオウ五世により国内で待機していたガラ、レジェ、ナットは召集。

 ルーデットを訪ねてきたという訳だった。


「今回の目的は老貴族、リッケル侯爵を捕らえることだ。それなりに護衛の兵もいるだろうから、油断するなよ」


 ルーデットが言うと、ベッドの上でペルーシュカが身を乗り出す。


「侯爵様を捕まえる……と、いうことはサーラちゃんを助けに行けるんですか!?」

「まぁ、あくまで『ついで』になるがな。どうだ、ペル、戦えそうか?」

「もっちろんです! 私、今度こそ負けませんから!」


 ペルーシュカの顔に生気が戻る。

 友人を助けるため、主の期待に応えるため。

 小さなナースはいつにも増して張り切っていた。


 気を取り直し、ルーデットは一同を見つめる。

 

「そういう訳で、明日の夜、リッケル侯爵の屋敷を襲撃するぞ。お前達、準備は怠るなよ」


 貴族の捕縛。

 それが今回、”月の家族”のメンバーが集められた理由。


 ルーデットが宣言するように告げると、”調律兵”達は一様にうなづいた。

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