第13話
ルーデットと、その周りを取り囲む黒衣の男達。
ルーデット一人に対し、相手は武器を持った十人の男――勝負は当然、あっさりとついた。
魔法の力は、圧倒的。
しかも王国内でも最高峰の魔導士である、”魔道爵”の地位に立つルーデットにとって、剣やナイフはただの棒きれと変わらない脅威でしかない。
戦いがはじまると、ルーデットは大地に宿る元素に呼びかけ、魔力を行使。
ルーデットが右手の指に装着する五つの指輪は、それぞれが火、水、風、土、木の五元素に割り当てられた力を持つ。
魔力を発動すれば、五元素の指輪はルーデットの目的に応じた宝石を輝かせ、魔力を増幅。
呪文の詠唱を短縮し、最速で最大の魔力を生み出す――いわば、魔術的な最適化回路のような役割を果たしていた。
それはルーデットの祖父、エルムンド魔道爵より、生前に譲り受けたモノ。
エルムンド家に伝わる家宝の一つである。
今回、黒衣の男たちをボコボコにしたのは、三十年街道に転がる石や砕けたレンガ。
戦いが始まるや否や、ルーデットは男たちに岩の乱舞を見舞った。
死角から飛来する岩塊に、男たちの包囲はあっさりと瓦解。
そんな感じで、余裕で勝利を収めたルーデット。
だが……背後から響くペルーシュカの悲鳴に、その顔色が変わる。
「まさか……っ!? ペルッ!」
咄嗟に振り向いた、視界の先。
そこには、大男と戦っていたはずのペルーシュカが、地面に叩きつけられ昏倒していた。
地に倒れ伏すペルーシュカは、動かない。
ルーデットは瞳に殺意を全身に漲らせ――けれど、微かな困惑を顔に浮かべる。
ペルーシュカと戦っていた大柄の男。その両腕が獣化し、深い体毛と鋭い爪で武装していたから。
「貴様……その体は――」
「俺のことはどうでもいい。それいよりも、動くな。このガキの頭を握り潰すぞ」
ペルーシュカの頭を鷲掴みにして持ち上げると、大男は不敵に笑う。
ルーデットは薄桃色の唇を浅く噛む。
想定外――こんな化け物じみた相手だとは思ってもみなかった。
「聞け、魔道爵。このガキと、獣人の娘を交換してやる」
「…………断ると言ったら?」
「このガキとお前が死ぬだけだ。そのあとで、ゆっくり獣人の娘は探させてもらう」
小さく舌打ち。
ペルーシュカとサーラ――どちらも、天秤にはかけられない。
ペルーシュカは大切な”調律兵”。
サーラは、ズオウ五世より命じられた保護対象人物。
そして……二人とも、大切な仲間だ。
(どうする……魔法で速攻で腕を破壊して――いや、いっそのことあいつの頭を吹っ飛ばして――)
頭の中で、大男を無力化する方法を考える。
もう、迷ってはいられない。
相手を殺すつもりでかからないと、ペルーシュカは助けられないだろう。
けれど、ルーデットが瞳に殺意と、冷たい輝きを浮かべた時。
「ルーデットさん、待ってください!」
少し離れた場所に停められた馬車――その荷台からサーラが飛び出し、ルーデットの隣に走り寄ってきた。
「サーラ……出てくるなと言ったろう」
「でも、こんなのダメです! 私のせいでお二人が傷つくなんて――!」
サーラが首をゆっくりと横に振る。
栗色のふわふわした長髪が、張り詰める殺意の中で穏やかに踊った。
「あの人は、私を連れていくことが目的なんですよね」
「……そうらしい」
「だったら、私は行きます。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
サーラはルーデットにちょこんと頭を下げる。
幼さを残す、大きな鳶色の瞳。
そこには涙が浮かび、同時に親愛の色が浮かんでいた。
ルーデットは言葉に詰まる。
行くな、とは言えない。
サーラは振り向くことなく、まっすぐに大男の目の前に移動。
大人しそうな顔を震わせながら――けれど、しっかりと見上げる。
「来ましたよ。早く、ペルちゃんを放してあげて下さい」
「ふん、戻ってくるのなら最初から逃げ出すな。行くぞ」
つぶれた鼻で嘆息しながら、大男がペルーシュカの小柄な体を投げてよこす。
布切れみたいに地面に倒れるペルーシュカに、ルーデットはすぐさま駆け寄った。
「ペル、おい、しっかりしろ!」
意識を失うペルーシュカからは、当然返答はない。
大きな外傷は無いが……すぐに手当てはしなくてはならないだろう。
焦燥感に駆られるルーデット――けれど、その鼻からは苛立った荒い息が吐きだされた。
ルーデットの周囲に、先ほど痛めつけた黒衣の男たちがぞろぞろと集まり出したから。
「おい、こいつらも連れていけ」
サーラを引き連れて遠ざかる大男に静かに抗議。
帰ってきたのは、馬鹿にするような嘲笑だった。
「そいつらは俺とは別口で雇われた傭兵だ。俺が面倒を見る筋合いは無い」
言って、大男は広い背中を揺らしながら街道の奥に広がる森に姿を消した。
残されたのはルーデットと傷ついたペルーシュカ――そして、未だに戦意を失わない黒衣の男たち。
「クソが。どっちにしろ、私たちを殺すつもりじゃないか」
怒りに口元がひくり、と吊り上がる。
どこの誰かは分からないが、首謀者はよほど性格が悪いらしい。
ルーデットは怒りに沸騰する感情を変換するように、体内で魔力を練り上げる。
このまま、ここに居る黒衣の男たちを全員、ぶっ殺してやろうか。
そう、考えた時。
「よ、面倒なことになっているな。先生」
緊迫した空気の中。
やたらと呑気な声がルーデットに届いた。
見れば、黒衣の男たちの奥。
今まさに三十年街道を歩いて来た、旅人風の人影があった。
身長はぴったり百六十センチ。
男性としては少々小柄ではあるが、それが気にならないくらい、体格ががっしりしている。
体を覆うマントから伸びる首は、船のマストのように太い。
また四角い輪郭と短く刈った黒い頭髪も武骨であり、先ほどまで戦っていた大男とは、また違った意味で頑強そうな男である。
そんな小さな岩みたいな人物を見て、ルーデットは驚いて声が裏返っていた。
「ガラっ! どうしてこんな場所に!?」
ガラと呼ばれた男性は、「よっ」とルーデットに左手を上げて挨拶。
「いや、ズオウ殿に呼ばれたんだよ。人使いが荒いぜ、あの爺さんは。こっちは隣国での偵察任務を終えたばっかりだってぇのによ」
短く刈った頭をわしわしと掻きながら、呵々と笑う。
そんなガラは、黒々とした小さな瞳でルーデットと、それを取り囲む男達を眺める。
「で、困っているっぽいな」
「ああ、いろいろと複雑でな。猫の手も借りたい」
「手が借りたいだって? じゃあ、俺だと難しいかな」
豪快に笑いながら。
ガラはマントに隠す右腕を、おもむろに夏空の下に晒す。
それは、腰から剣を抜き去る挙動にも見えた。
黒衣の男たちが一斉に身構える。
けれど――すぐに男たちは驚いたように動きを止めた。
マントから伸びだしたガラの右腕――そこに、『手』が存在しなかったから。
事故か病か。
ガラは、右手首から先を欠損。丸く、傷の塞がった手首が存在するだけだった。
剣を持てない、剣士風の人物。
訳が分からない、といった様子で黒衣の男たちは顔を見合わせるが――けれど、すぐに剣を構えなおす。
親し気に話している様子からして、剣士風の男はルーデットの仲間。
このまま見逃す理由のない人物だと判断したのだ。
そんな状況にガラは首を横に振りながら、呆れるような声を漏らした。
「おいおい、挨拶も無しに剣を向けるとは、剣士の風上にも置けん奴らだな」
剥き出しの殺意で威嚇する男達に、ガラは右手を見せつけるように持ち上げた。
そして、腕に力込めると――手首から、ジャキンッ! と硬質な音を立てて『それ』は飛び出した。
黒衣の男たちにどよめきが起こる。
ガラの手首。そこから、白銀色の刃が飛び出していたから。
両刃のそれは、長さ七十センチ。
ショートソードほどの長さだが、その刃は肉厚であり、剣でありながら同時に相手の攻撃を受け止める盾の役割も果たす。
普段はガラの腕部に収納されている”特殊義装”――”スレードボルグ”である。
ガラはひゅん、と風を斬る音と共に右腕を振ると、脱力した姿勢のまま男たちを見渡す。
「事情はよく分からんが、かかって来いよ。魔女先生謹製の”調律兵”である俺様が、遊んでやるぜ」
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