第5話
サーラの件で話しあっている最中。
蝋燭に照らされる薄闇の中で、ルーデットが思い出したように顔を上げた。
「そうだ、ペル。足を見てやろう」
ルーデットの細い指が、ペルーシュカを手招きをした。
「久しぶりの戦闘だったし、ちょっとメンテナンスしてやる」
「えへへ、ありがとうございます」
言って、ルーデットは椅子から立ち上がる。
執務室の端に置かれた診察用のベッドに移動すると、そこにペルーシュカを座らせた。
黒い髪を頭の後ろで束ねると、ルーデットは仕事モードの顔つきになる。
「義肢は外せるか」
「はい、自分で出来ます」
聞かれ、ペルーシュカは白い診察用ベッドの上で、背を曲げて太ももに手を伸ばす。
スカートを少したくし上げると、膝から下――ペルーシュカの足が、すぽんっ、と小気味の良い音と共に外れた。
ペルーシュカの両足は、義足である。
深いカップ状になったソケットに足を入れることで機能する、ルーデットが開発した最新式の義足だ。
ソケットの内部には、魔生成物より搾取した弾力のある皮下組織が使用されていた。
ここに足を入れることで、皮膚とソケットの隙間が埋まり、真空状態となり簡単には抜けなくなる。
同時に皮下組織はクッションの役割も果たし、歩く際の痛みを大きく軽減する仕組みになっていた。
「凄い勢いで走っていたが、違和感は無かったか?」
「もう、バッチリです! 戦闘も問題なくこなせましたよ!」
ペルーシュカは今日一日の出来事を思い出し、朗らかな声で言った。
商人や護衛の傭兵、サーラを助けたことにご満悦らしい。
「ペル、一応言っておくけれどな、私の義足は完璧で、素晴らしい」
「何ですか、いきなり。自画自賛ですか?」
「そう、なのだが……私に直せるのは、ちょっとした怪我や義足だけだ」
「…………」
「無茶はするなよ。ヤバくなったら、逃げるということも覚えておくんだ」
「……はい、気をつけます」
ルーデットが製作する義肢――”
普通の人間が義肢を装着しても、それはただの『肉体の代わり』としか機能しない。
けれど、ペルーシュカは違う。
彼女には、ルーデットと同じように魔力を扱う才能が有った。
そうした者が”特殊義装”を扱うと、それは途端に兵器と化す。
叡晶石により、体内の魔力が増幅。
それをコントロールして、肉体に超人的な力を宿し、頑丈な義足は鋼をも砕く武器となる。
ペルーシュカのような魔力を扱うことの出来る”特殊義装”の装着者を、ルーデットは”
”特殊義装”を整備する繊細さは、さながら楽器の調律であり、使用者は楽器を演奏するように、義装を軽やかに扱うから。
そして、このエルムンド施療院はそんな”調律兵”を探すための実験場でもあった。
重傷者の治療と義肢の訓練を行う慈善施設は、表向きの姿である。
”調律兵”とは、新たな兵器の形。
たった一人で敵国に侵入し、兵士百人分の働きをする、対敵諜報兵士の到達点。
それは施療院を作ったルーデットの祖父エルムンド魔導爵と、この地――サマル地方をおさめるズオウ五世公爵が国のために密かに行う軍事事業でもあった。
ルーデットは亡き祖父にかわり、ズオウ五世の命の元、施療院を運営しているにすぎない。
ルーデットが常にペルーシュカを傍に置くのは、”調律兵”として、有事の際に即座にあらゆる戦闘行為に介入し、”特殊義装”を問題なく扱えるか確かめるため。
ペルーシュカ自身も、自分がルーデットに選ばれた特殊な実験体――”調律兵”であると理解してる。
けれど。
だからかもしれないが。
ペルーシュカは、ルーデットが自分を心配してくれる言葉に、嘘はないと思っていた。
「ありがとうございます。やっぱり、ルーデット様はとっても優しいですね」
「えへへ」とからかうようにペルーシュカが言うと、ルーデットはムッと怖い顔でチビナースを睨む。
けれど照れているのか、ちょっとだけ頬が赤い。
「煩いぞ、ちょっと静かにしていろ。集中できない」
「はーい」
怒った風に言うと、ルーデットはすぐに難しい顔に戻って義足のメンテナンスに集中。
ルーデットはなかなか、気難しい性格。
あまり本心を口に出すことは無い。
けれど、そんな不器用な優しさが。
ペルーシュカには頑張ったご褒美みたいで、とても嬉しかった。
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