第6話
ペルーシュカの義肢の調整を終えると、ルーデットは執務室を後にする。
夜更けだが、寝室に向かう訳ではない。
足音を低く、城内の影から影を渡り歩く。
蝋燭の火がもったいないので、廊下にはほとんど光源が無い。
月明かりを頼りに、ルーデットは闇の中を泳ぐように進む。
到着したのは、城の端にある礼拝堂。
本来であれば神聖な場所のはずだが、白い月明かりが射し込むそこには、言葉に出来ない冷たい空気に満ちていた。
と、そんな礼拝堂の奥。
青白く発光する『何か』がゆらゆらと漂っていた。
幽霊、ではない。
『ルーデット、今日は少し遅かったね』
「申し訳ありません、閣下。今日はお耳に入れておきたい報告がございます」
ルーデットは青白い影の前に進み出ると、膝をつき首を垂れる。
青白い人影は、魔力により作り出した
幻影の主は、この地を収めるサマル公ズオウ五世。
かつて、大陸より魔物を追い出した英雄王と共に戦った偉大な魔導士であり、その功績から”偉公爵”の地位を賜った賢者ズオウの子孫。
五代目である彼にも強大な魔力は生まれつき備わっており、こうして遠隔地でも自身の姿を投影し会話が可能な、王国内でも有数の魔導士である。
何かと資金繰りの難しいエルムンド施療院の重要なパトロンであり、またルーデットが仕える上級貴族でもあった。
ズオウ五世の住む王都とエルムンド施療院は距離が離れている関係上、こうして魔術的な手段を使い、お互いに連絡を取り合っているのだった。
ゆらゆらと陽炎のように揺れる幻影体では分かりにくいが、ズオウ五世は口に髭をたくわえた初老の男性。
夜だというのに疲れた様子もなく、ピンと背筋を伸ばし、後に手を組んでルーデットを見つめている。
『それで報告とは何かな。いつもの定期連絡とは違うようだね』
「はい。今朝、獣人の娘を拾いました」
『……なんだって?』
ルーデットは無駄な言葉を挟まず、事実だけを淡々と伝える。
街道で盗賊が商隊を襲っていたこと。
サーラを保護したこと。
そして……盗賊の目的は、どうやらサーラの命らしいこと。
『獣人の娘に盗賊とは……また、妙な縁があったものだね』
一連の報告を聞き、ズオウ五世は目頭を揉むように頭を抱える。
港湾都市である自治都市アマルセアには、大陸中から様々な物資が集まる。
その関係上、街道の整備と保安は各都市と領主が連携して行い、莫大な資金が投入されていた。
にもかかわらず、今回の盗賊事件。そして、大陸に居るはずのない獣人の少女の保護。
王族以外の獣人が、他の大陸を訪れることはほとんどない。
そもそも獣人が人間達を下等とみなし、まともな交渉が出来ないから。
そんな気高く、面倒くさい獣人が王国内に居るというのは、それだけで大問題。
もし、サーラが獣人の貴族階級であり、こちらの大陸に
サマル地方を収めるズオウ五世にとっては、溜息が一時間くらい止まらない面倒くさそうな事態だろう。
老貴族はしばし頭を抱えて悩んだ後、ゆっくりと顔を上げる。
『わかった。獣人の娘の件はこちらで調べておこう。君は、そのまま彼女を保護して、監視してくれ。しばらく街道にも、巡視の兵を増やすことにしよう』
「はい」
報告が終わると、不意に青い影が肩を揺らして笑った。
『しかし、ペルーシュカといい、君はよく少女を拾ってくるね』
「……ペルは、”
『と、言いながら、今ではすっかり懐かれているそうじゃないか』
「すべては、歴王国アルピアのためです」
『素晴らしい忠誠心だ。おかげで学生時代よりも、性格が丸くなったらしい』
貴族でありながら、王国立大学で上級魔導士として教鞭を振るうズオウ五世。
ルーデットはその教え子であり……多感な学生時代を知る人物の一人でもあった。
バツが悪そうに押し黙るルーデット。ズオウ五世は、身内に向けるような穏やかな笑い声をもらす。
『まぁ、いい。獣人の娘の件は頼んだよ。こちらも何か分かれば、連絡しよう』
「はい」
『それでは、すべては”月の家族”のために』
「はっ、”月の家族”のために」
会話を終えると。
ズオウ五世の幻影体が、空気に溶けるように霧散。
聖堂に再び、静寂が訪れた。
ルーデットは立ち上がると、小さく息をつく。
「ちっ……閣下相手だと、調子が出ないな」
王国でもトップクラスの権威でありながら、ルーデット相手に軽口をたたく、砕けた性格の人物。
そういう意味でいえば、自分の周りには曲者が多い気がする。
ペルーシュカ、ズオウ五世、そしてサーラ。
順番に顔を思い出しながら、ルーデットの口元は少しだけ引きつっていた。
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