第3話
怪我人の手当てを終えた後、ルーデットは馬車を反転。来た道を戻り、帰宅することに。
ぶすっ、と面白くなさそうな表情のルーデット。
端整な顔立ちは目つきが鋭い分、機嫌が悪くなると飢えた狼みたいな狂暴性が宿る。
けれど、そんなルーデットの隣。
「いやぁ、やっぱりルーデット様は優しいです! 大好き! よっ、お人好し!」
ルーデットが座る御者席。その隣に座るペルーシュカが肩を寄せ、にっこにこで話しかけてくる。
丸い頬を赤く染め、きらきらした瞳でルーデットを見つめてくる姿は、どこか陶酔していて気持ち悪い。
小さく溜息をつきながら、ルーデットはくっついてくるペルーシュカをぎゅうぎゅう反対側に押しのける。
「暑苦しい。止めろ。離れろ。馬車の中に戻れ」
「いやでーす。もうちょっとここに居まーす」
「はぁ……何もかもが面倒くさい」
ペルーシュカがウザいくらい上機嫌なのは、ルーデットの責任。
その理由は……馬車の中にあった。
「あ、あの……ありがとう、ございます」
幌で仕切る荷台から、控えめな声が聞こえた。
声の主は、獣人の少女。
商隊の馬車に隠れていた彼女を、ルーデットはこっそりと自分の馬車に乗せかえていた。
このまま商人の馬車に隠れていては、彼女は都市に入る前の検問で絶対に見つかってしまう。
獣人とはいえ、まだ十歳くらい少女だ。
どうやら複雑な事情を抱えているらしく、素直に家に帰るつもりは無いらしい。
だから。
仕方がなく。
ルーデットは獣人の少女を保護することにした。
ただの親切心――ではない。
海を隔てた反対の大陸……グルギアに住まう獣人が、なぜこんな場所に居るのか。
そこに妙な引っ掛かりを感じ取り、面倒ごとが広がる前に引き取ったのだ。
「お前、助けてやったんだから名前くらいは教えろ」
ルーデットに言われ、荷台から小さな声が返ってきた。
「サーラ、と申します」
「そうか。私はルーデット。さっきから煩い隣のチビは、ペルーシュカだ」
紹介されるなり、ペルーシュカが弾んだ声でサーラに話しかける。
「よろしくね、サーラちゃん!」
「は、はい、よろしく、お願いします……ルーデットさんも、ありがとうございます、助けて頂いて」
礼を言われるが、ルーデットの口からはため息が漏れる。
今日、一日の予定。それが全て狂ってしまった。
けれど、ペルーシュカと獣人の少女サーラに子犬みたいな目で見つめられて――仕方なく、サーラを引き取るしかなかった。
「私は一体、なにをやっているんだ……」
ルーデットは、今日何度目かになる溜息を、深く、深くついた。
▽▼▽
荷台から顔を出すサーラは、ルーデットの『家』が近づくにつれ、驚くように目を丸くした。
「わぁ……」
幌馬車から顔を出して見上げるのは、鼠色のレンガの塊。
到着したのは、平野を見渡すような高台に建った古城だった。
城下町は存在しない。防衛拠点たる城が平原にドンッ、と鎮座しているだけ。
けれど、不思議と。
その城には、軍事施設独特の威圧感や厳めしさは無い。
表面に蔦の這った城壁は、どこか皺だらけの老人の皮膚を思わせる。
円塔もあまり高くはなく、なぜか監視用の窓には洗濯物が干されていた。
なんだか、年老いた巨大な生物がのんびりと平原に寝そべっているように見える。
「凄いでしょ、ここ、ルーデット様のお城なんですよ」
正門をくぐり、城内に入ったところで荷台にペルーシュカが移動し、サーラに色々と説明してくれた。
魔術研究で才能を示したルーデットは、女性ながら若くして
医者であり、下級貴族となったルーデットは魔術の研究所兼”とある施設”として古城を利用しているという。
「ルーデットさんって、お医者様なんですね」
「そうですよー。とっても頭が良くって、優しいんですから。私の足も、ルーデット様が作ってくれたんです」
言って、ペルーシュカが「こんこん」と自分の膝から下の足を叩く。
人間の皮膚とは違う、硬い音。
目の悪いサーラには、ペルーシュカの足は普通の人のそれにしか見えないが――どうやら、皮膚に似せた塗装を施した木工細工らしい。
「ペルーシュカさん、義足なんですか?」
「はい。数年前に、ちょっと大きい事故にあいまして――その時に、ルーデット様と出会って、そのまま一緒に働かせてもらっています!」
元気よく答えるペルーシュカに、悲壮感はない。
むしろ、誇っているかのような口ぶりだ。
「いちおう説明しておくが、ここは病院だ。ただの城じゃない」
馬車を停め、御者席を下りたルーデットが、ぐ~っと背伸びしながら話す。
ずっと座っていたせいか、腰が痛むらしい。
「病院……? このお城が?」
サーラが聞くと、ルーデットは黒い前髪を掻き上げながら、小さく頷く。
「そうだ。名前は、”エルムンド施療院”。とある身体的問題を抱える患者たち専用の病院だ。まぁ、大層な規模のくせに、医者は私一人だがな」
言いながら、ルーデットは革靴を鳴らして城の中へと進み入る。
ペルーシュカも馬車の荷台から診療鞄を抱え、その後に続いた。
サーラはおっかなびっくり、静かな城内へと踏み込む。
たしかに、そこは城にしては静かすぎた。
兵士の姿も見えないし、慌ただしく人々が行きかう様子はない。
静かな城の中を興味深そうに眺めるサーラに、ペルーシュカが隣にならんで小声で話しかけた。
「施療院の名前でもあるエルムンドっていうのは、ルーデット様のお爺様のお名前なんですよ。とっても高名な魔導士で、前国王様の侍医を務めた方なんですって」
「へぇ……ルーデットさん、おじい様もお医者さんなんですか」
ペルーシュカの説明を聞きながら、サーラは城内を見渡す。
目が悪いサーラは、城の隅々まで観察することは出来ない。
けれど、城内をしばらく歩いたところで、ここが『どういう施療院』なのか、ようやく気がついた。
長い廊下では、歩行訓練を行う者。
延々と続く螺旋階段には、登ったり下りたりを繰り返す者。
みな、動きがぎこちなく――よく見れば、手や足に義肢をつけている。
この城――『エルムンド施療院』は、義肢の訓練施設と病院を兼ね備えた施設のようだ。
サーラが案内されたのは、診察室。
ルーデットは馬車移動の疲れを取るように、部屋の奥に置かれた大きな椅子にどっかりと座ると、懐中からパイプを取り出す。
指を「ぱちんっ」と小気味よく鳴らすと、指先から火花が散り、パイプに火がともった。
大きく、煙を肺いっぱいに吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
ルーデットは「あー、疲れた」と狼狽した声を漏らしながら、視線をペルーシュカに向ける。
「ペル、鞄はそこら辺に置いておけ。隣の物置に、子供用のメガネが一つ置いてあっただろ。それを持ってきてくれ」
「はーい」
ルーデットに言われ、ペルーシュカは隣の部屋に移動。
どたばたと物を探す音が続くと、やがて小走りで戻ってきた。
「はい、どうぞ!」
「うむ、ご苦労」
ペルーシュカが持ってきたのは、丸いレンズのメガネ。
ルーデットはレンズに傷が無いかチェックすると、それをサーラへ手渡した。
「サーラ、これをかけてみなさい」
「えっ……いいんですか?」
小さく頷くルーデットに困惑しながらも、サーラは恐る恐る、メガネをかけてみる。
自分の目の悪さは、生まれつき。
視力が悪いというよりも、もっと先天的な問題。
だから、メガネを使って視力を調整したところで、物がはっきりと見える訳では無い――はずなのだが。
「み、見えるっ? すごい、物がはっきりと見えます!」
驚いた声を漏らすサーラに、ルーデットが鋭い瞳を笑わせる。
「サーラ、君の目の悪さは体内を廻る魔力に問題があったからだ。それは”
ルーデットは、驚くサーラを落ち着かせるようにゆっくりと説明。
獣人が高い身体能力を誇るのは、魔族の末裔として全身に強力な魔力がみなぎっているから。
けれど、ルーデットの見立てでは、サーラは視力に費やされる魔力の流れに問題がある様子。
それは、初めて出会った時、馬車の中に隠れるサーラを見てすぐに気がついたこと。
だから、叡晶石で作られたレンズを目に近づけることで、瞳部分の魔力を増幅。弱っていた視力が、元に戻ったというわけだ。
「そのメガネは、君にあげよう。私の知る子供のお古だから、気にしなくていい」
「こんな高価そうなものを、もらっていいんですか?」
目が良く見えるようになったサーラは、嬉しそうに部屋の中を見渡し、続いてルーデットとペルーシュカの顔を見つめる。
「ありがとうございます、助けてもらった上に、こんなに親切にして頂いて……」
言って、深く頭を下げるサーラ。
頭の上で、獣耳がぴこぴこと楽しそうに踊っていた。
ルーデットはパイプをくわえると、煙をゆっくりと吐き出す。
どういう事情であれ、自分の受け持つ患者の笑顔は尊いものだ。
だから、続くルーデットの言葉には、ちょっとだけ迫力が籠っていた。
「サーラ、感謝しているのなら教えてくれないか」
静かな声に、サーラは眼鏡の奥でぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「君は何者だ。なぜ、命を狙われている」
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