婚約破棄されたその令嬢は、名探偵

青空あかな

第1話:婚約破棄と謎解き

「ミステリア・ライベート! 僕は君との婚約を破棄させてもらうぞ! 僕が真に愛する女性は……」

「ストーーーーップ!!」


 婚約者のフラウド・シニスター様が言いかけたことを、寸でのところで止められた。

 ふぅ、危ない危ない。

 フラウド様は気が短いからね、少しも油断できない。

 危うく、私の出番が無くなってしまうところだった。

 当のフラウド様は唖然とした様子で佇んでいる。


「な、なんだ、ミステリア」

「その先は私に言わせてください」

「……なに?」


 ここはアンソルブ王国にあるシニスター伯爵家のお屋敷。

 フラウド様から大事な話があると言われて来たのだ。

 思った通り、一方的な婚約破棄だったのだけど。

 私に恥をかかせようとしたのだろう、お部屋の中には何人かの執事やメイドたちも集まっていた。


「フラウド様、あなたが真に愛するという女性は……ドアの後ろに隠れているクラフティ・ライベート男爵令嬢。私の義妹ですね」

「「……っ!?」」


 私たちの左手にある扉からゴトッ! という、何かがぶつかる音がした。

 だけど、彼女は入ってこようとしない。

 仕方がないのでドアを開けてあげた。

 ピンク髪の女の子が気まずそうに俯いている。

 男爵令嬢とは思えないほど、ルビーやサファイアを散りばめた豪華なドレスを着た女の子。

 私の義妹、クラフティだ。

 

「さあ、どうしたの、クラフティ。早く入ってちょうだいな。あなたはこの事件の主役でもあるのよ」

「あっ……」


 彼女の背中を押してお部屋に入れた。

 二人はこれまた気まずそうに佇んでいる。

 まったく、私がいないときはバターのようにベタベタくっついているというのに。

 私とフラウド様の婚約は一方的に決められた。

 ライベート家は男爵だから、伯爵家には逆らえなかったのだ。

 そして、クラフティはわがままな継母の娘。

 気弱な父は彼女らにも逆らえず、このような状況になってしまった。


「フラウド様。あなたは真実の愛と仰いましたが、私と婚約しながらクラフティと浮気していましたね。これは列記とした不法行為に当たります。よって、慰謝料の請求をさせていただきます」


 この不貞が起きるのは別に不思議なことじゃない。

 起きるべくして起きたのだ。

 フラウド様は浮気性かつお調子者。

 貴族界の前評判通りだった。

 クラフティは見栄っ張りで、私を目の敵にしている。

 彼女は権力だとか宝石なんかも大好きだから、私の婚約者を奪って気持ちよくなりたかったのだろう。

 こういうのを需要と供給の一致とでも言うのかしら。

 二人がせっせと逢瀬を楽しんでいる間、浮気の証拠を集めるのは本当に楽しかった。

 自分は生粋の探偵なんだと再確認することができたのだ。 

 満足感の余韻に浸っていたら、フラウド様たちが大声で叫んだ。


「し、証拠はあるのか!? 僕のことを浮気者だと言うなど……これはれっきとした名誉棄損だぞ!」

「そうでございますわ! こ、こんなでたらめを言われるなんて……お義妹様のことを訴えてもよろしいのですよ!」


 来た、来た、来た、来た!

 ずっとずっと言われたかったセリフ!

 探偵を目指してから、何年も何年も待ち望んでいた。


「もちろん、証拠はございますわ」

「「……っ!?」」


 空気が張りつめ、皆が私の言葉を待っている。

 執事もメイドも私を見ている。

 …………くぅぅ、これよ! これ!

 この瞬間を待っていたのよ!

 何度も頭の中で思い描いていた光景だ。

 用意しておいた鞄から一枚のシーツを取り出す。


「二人が情事を交わしたであろう時に使われていたシーツがこちらです」

「「なっ……!」」


 部屋中の視線がシーツに集まった。

 一見すると何の変哲もない白い布。

 でも、今この瞬間は世界中のどんな物より価値があった。


「王国の検査機関に送ったところ、フラウド様とクラフティの体液が検出されました。体液中の魔力紋も、お二人が国に登録している物と一致しております」

「や、やめろ……!」


 フラウド様はシーツを奪おうとしたので、捕られる前にすぐ離れる。


「それぞれの体液は性的興奮時に分泌される物のため、フラウド様とクラフティが情事を働いていたことは明白の事実です」

「「……ぅっ!」」


 執事やメイドは気持ち悪そうな顔で、コソコソと話し合っていた。

 クラフティは慌てた様子で大きな声を張り上げる。


「よくもそんな意地汚いことができますわね! あたくしが使ったシーツを盗むなんて! お義姉様の心はいやらしすぎます!」

「このシーツはライベート家の物よ。家の物を私が回収してどこが悪いのかしら? それに、今の発言は自供と捉えていいわよね?」

「そ、それは……」

 

 フラウド様はしかめっ面でクラフティを小突いていた。

 彼らの行動全てが証拠そのものだ。


「そ、そんなの出たらめだ! 僕は認めない……認めないぞ! そのシーツは、君が魔法で偽造したんだ!」

「そ、そうですわ! お義姉様が魔法で造ったウソの証拠に違いありません!」

「ありえません。私に魔法は使えないので。魔法使用許可証にもそのように書かれています」

「「ぐっ……!」」

  

 一枚の紙を突き出すと、二人は私を睨みつつも黙ってしまった。

 アンソルブ王国では、魔法の使用は非常に厳しく管理されている。

 どんな魔法が使えるか【魔法使用許可証】に事細かに記載して、国に提出しなければならないのだ。

 それも、「自分が持てる重さの物を4秒間、15cmまで浮かすことができ、なおかつ元あった場所から半径1mまでなら移動させることができる」といったレベルでだ。

 

「だとしても、僕は絶対に信じない! 君の発言は筋が通っていない!」

「あたくしだって信じませんわ! お義姉様はウソばかり吐いています!」


 論理的に説明したのに、二人は大騒ぎしている。

 やれやれ……仕方がない。

 もっと強力な証拠を見せるしかないか。

 フラウド様の後ろにあるカーテンを指す。


「そちらのご令嬢の視線が何よりの証拠なのでは?」


 フラウド様はすごい勢いで後ろを振り向く。

 カーテンから現れた子爵令嬢が、涙を浮かべて彼を見ていた。


「ラ、ラブリー! どうしてここに! 今日から両親と外国へ行くはずじゃ……!」

「ミステリアさんに言われて延期したのです。結論から申し上げますと、延期して良かったですわ。それよりも……フラウド様! 私を騙してらしたのね! やっぱり怪しいと思っていましたわ!」


 カーテンからは、さらに二人の男女が現れる。

 ラブリー嬢のご両親だ。

 両人とも怒りのオーラが迸っている。

 そして、別のところからも同じようなオーラが出ていた。

 クラフティだ。


「フラウド様! あたくしのことが世界で一番大事だと仰ったではありませんか!」

「私はただの遊び相手だったのですか!」

「あ、いや……!」


 私の元婚約者は、義妹と子爵令嬢に首を絞められて大変そうだ。


「「フラウド様! 説明してください!」」

「ち、違う! これは違うんだ!」

「「何が違うっていうのよ!」」

「うわぁっ! 誰か助けてくれー!」


 クラフティとラブリー嬢とご両親は、我らがフラウド様に襲い掛かる。

 あっという間に、私の元婚約者はボロボロになっていく。

 もちろん、誰も助ける人はいなかった。

 さて、とフラウド様の執事のところに行く。


「では、慰謝料のほどよろしくお願いします。相場と同じで構いません」

「かしこまりました。この度はお坊ちゃまがご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした」


 慰謝料の請求だけしてさっさと家に帰る。

 父に「これからは探偵をやります」と申し出たら、「好きにしなさい」と快く送り出してくれた。

 「辛い思いをさせてすまん」とも謝られたので、「楽しかったです」と答えておいた。

 フラウド様との無理矢理な婚約を負い目に感じているんだと思う。

 継母とクラフティとも縁を切るつもりらしい。

 父に報告したその足で、前から相談していた大工さんのところに行く。

 後払いで探偵事務所の工事を依頼した。

 

「さて、あとは探偵の資格ね」


 工事を待っている間、国の探偵試験を受験。

 無事、合格。

 ちょうど試験期間に浮気してくれて助かったわね。

 トンテンカンと数週間後には三角屋根の小さな家が建った。

 看板には“ミステリア探偵事務所”。


「私の新しい人生が始まるんだぁ……」


 ということで、とうとう憧れの探偵生活が始まる。

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