第五十話 翔 ルピオン帝国の動向

≪ジスリーク視点≫

 皇帝ジスリーク・アベル・レン・ルピオンは、会議場で繰り広げられる話し合いを黙って聞いていた。

 普段であれば、くだらない会議に参加する必要は無いのだが、今回の会議は余のルピオン帝国にとって重要な会議となっておる。

 最重要課題は魔王討伐であるが、集まった者達の目的は領土拡大に重きが置かれておる。


「ロンランス王国は我が帝国の要請を断り、魔王討伐には非協力的です。

 我が帝国が魔王領の堤防になっている事実を忘却した愚かな国だと言わざるを得ず、存在意義を疑うべきものです。

 我が帝国としましては、速やかにロンランス王国を吸収合併し、魔王討伐への戦力増強を行うべきだと愚考いたします」

「何を言っておる!魔王側が戦力を集めていると言う情報もあるこの時期に、ロンランス王国との戦争など言語道断!戦力を分散させる愚策だ!」

「魔王領側の守りは完璧だとおっしゃっていたのは、卿ではありませんでしたかな?」

「守りは完璧であるが、侵攻する戦力は不足しておる!」

「魔王領に侵攻しないとは言っておりません」


 集まった者達は意見は分かれておるが、要は自領が魔王領かロンランス王国のどちらに近いかに過ぎない。

 勇者のスキル持ちは常に現れる訳では無く、この時を逃せばまた数百年待たねばならぬ。

 ただし、ロンランス王国に侵攻する絶好の機会を得たのも事実。

 ロンランス王国など、余のルピオン帝国が本気を出せば滅ぼす事など簡単にできる。

 今までの皇帝が、それを行って来なかった事には理由がある。

 ロンランス王国は亜人の国ヴィルムーム国と友好関係にあり、亜人を穢れた存在だと定義し排除しているルワース聖国と敵対関係にある。

 ルワース聖国と余のルピオン帝国は表面上敵対はしておらぬが、両国とも隙あらば攻め込む用意はある。

 ルワース聖国がロンランス王国かヴィルムーム国に侵攻すれば、その隙を突いて余のルピオン帝国はルワース聖国に侵攻する。

 逆に、余のルピオン帝国がロンランス王国に侵攻すれば、ルワース聖国は余のルピオン帝国に侵攻して来るであろう。

 それに、ロンランス王国に侵攻すれば、ヴィルムーム国もロンランス王国に協力するはず。

 簡単に落とせる国でもない。

 魔王側も戦力を集めている中で、ロンランス王国に侵攻している余裕は何処にも無いのが実情だ。

 集まった者達もそれは理解しておると思いたいが、己の利益のみ追求する姿を見ておれば、理解しておらぬ者が多いと思わざるを得ない。

 余が命令を下して全員従わせる事は可能だが、反乱の芽を増やすだけになるので、それは最終手段である。


「勇者様が参られました」

 呼び出しておった勇者が、遅れてやって来た。

 会議場に堂々と入って来た姿は勇ましく、勇者の風格をかもし出しておる。

 集まった者達は、遅れて来た勇者に対して非難を浴びせておるが、勇者はそんな事は気にせず与えられた席にドカッと座った。

 余としては、会議を纏めてくれるのであれば、どんな非礼も許そう。

 僅かな期待をし、勇者の意見を待つ事にした。


≪翔視点≫

 俺様が勇者に成ってから結構な日数が経ち、ハンターとして魔物を狩り、帰って来てからは遊び回る充実した生活を送っていたぜ。

 ディルクのやろーとも仲良くやれているし、ここでの生活はかなりい気に入ってるぜ。

 ただ、一つだけ問題があるとすれば、いつまで経っても魔王討伐に行けねー事だな。

 いやな、俺様も魔王討伐が終われば元の世界に戻らされるだろーから、今となってはどうでも良い事なんだが、勇者としてはそうはいかねーだろ?


『魔王討伐に行くにはルピオン帝国の許可が必要ですし、一人で行っても死ぬだけですよ…』

『それもそーだな』

 俺様も無駄に死にたくはねーし、一人で行くとか無謀としか言えねー。

 強力な仲間がいれば別なんだろうが、俺様にもディルクにも仲間はいねー。

 他のクラスメイトを探しては見たが、誰が誰の中に入っているのか分からねーし、調べる事も出来ねーから諦めた。

 まぁ、もう少しでディルクが欲しがっている剣と防具が買えそうだし、それまで遊んで暮らすぜ。


「勇者様に呼び出しがかかってるぜ」

 ハンターギルドに行くと、いつも世話になってるオヤジがそう言ってきたかと思うと、鎧を着た兵士達に囲まれ、そのままハンターギルドから外に連れ出されて無理やり馬車に乗せられたぜ。

 俺様を乗せた馬車は城へと向かい、城に到着すると、そのままどこかの部屋の前まで連れて行かれた。


「皇帝陛下がいらっしゃいますので、失礼の無きようお願いします」

 扉の前に立っている兵士にそう言われて、部屋の中に入れられた。

 部屋の中には長いテーブルが置かれていて、そこに高そうな服を着たおっさんたちが座っていて、俺様が入って行くとおっさんたちの視線が一斉に降り注がれた。

 ちっ!さげすんだ目で見てんじゃねーよ!

 悪態をつきたくなったが、じっと我慢して長いテーブルの一番手前の席についた。

 正面の一番遠い席の高級そうな椅子に座っているのが、皇帝なのだろう。

 じっと、俺様の事を見つめてきやがる!

 女に見られるのであればいい気分にもなるが、やろーに見られてもいい気はしねー。

 さっさと終わらせて帰りてーぜ。


「勇者よ、魔王との戦いの準備は出来ておるのか?」

 俺様の近くにいた髪の薄くなったおっさんが、偉そうに問いただしてきやがった。

「まだだ!」

 俺様も、ディルクが購入しようとしている剣と防具があった方が良いと考えているから、それが買えるまでは魔王討伐には行かないつもりだ。

 だからまだだと答えたが、集まっていたおっさんたちからため息を吐かれ、文句も言われた。

 かなりムカついたが、皇帝の前だ、大人しく我慢するぜ。


「なれば、魔王討伐前に経験を積むのはいかがかな?」

「経験だと?」

「左様、聞けば勇者は魔物としか戦っておらぬ様子。大規模な戦闘を経験しておけば、魔王討伐時にもその経験は生かされるであろう?」

 確かに、俺様は魔物としか戦ってねーから、経験と言われればねーな。

 魔王討伐に行けば、大勢の魔族と戦う事になるはずだ。

 どんな事をやらせられるのか分からねーが、経験を積むのは良い事だぞ思うぜ。


「俺様にどんな経験をさせてくれるんだ?」

「なに、簡単な事だ。ルピオン帝国はとある国に侵攻を予定しておる。勇者もその戦争に参加し経験を積んではいかがかな?」

 髪の薄くなったおっさんは、貼り付けた様な笑顔を俺様に向けてきやがった。

 他のおっさんたちも、似たような笑顔を見せていやがる。


『カケル、駄目です!』

『わーってる、俺様も戦争の道具になったりはしねー』

 ディルクと俺様は、戦闘の道具になりたくはねー気持ちで一致した。

 俺様は勢いよく立ち上がり、おっさんたちを睨みつけてやった。


「俺様は魔王と戦う勇者!人々を魔王の脅威から守る者なり!」

 決まったぜ!

 俺様は、それだけを言い残し、踵を返して部屋を出て行ってやったぜ!

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