天上の魔導研究者~古代魔導遺物と乙女の願い~

やよ

第1話




 その村は、春の芽吹きに彩られていた。

 暖かな陽ざしの下で、萌えたばかりの草木や花々がやわらかに揺れている。

 ここは、フルーレ王国にある村のひとつ、ブロウ村。小国ながら豊かな自然と優れた文化を持つこの国には、慎ましくのどかな村がたくさんある。ここも、そういった村のひとつだ。

「キレイなところっすね~!」

 黒鎧の騎士ギルバート・ベオグラムの隣で、彼の後輩である従騎士イドットが声を弾ませた。

 イドットはギルバートの隣に馬を並べながら、辺りを見回し、美しい花々を見つけては純朴な目を輝かせている。

 その様子を見て、ギルバートは小さな笑みを浮かべた。

 素直な性格のイドットは、王宮の空気に馴染めないのか、よく緊張しては硬くなっている。彼の故郷はのどかな村だという。こういった土地のほうが故郷に似て落ち着くのだろう。

「でも、こんなのんびりしたところに、本当にお偉い学者先生がいるんすかね?」

「アロイス殿下はそうおっしゃっていた。きっと、静かなところで地道に研究に勤しんでいる方なのだろう。……ところでイドット。また口調が乱れているぞ」

「あっ! すんませ……すません! ギルバート先輩!」

 シャキッと伸ばした背とともに、慌てて滑舌にも力を入れる。

 彼の教育係でもあるギルバートは、苦笑を浮かべた。

「まだ油断すると乱れるようだな」

「はいぃ……情け……いえ。申し訳ありません。気をつけては、いるんですが」

「ここの空気が気を緩ませるのだろう。ここにいるあいだはいいが、王宮では気をつけろ。何を理由に目をつけられるか、わからないからな」

 騎士になって長いギルバートも、新人の頃は何かととやかく言われたものだ。

 ただし、その多くは彼がご婦人方の目を奪う美青年であることを原因にしていた。

 恵まれた体格に黒鎧と同じ漆黒の髪、青い瞳を持つギルバートは、騎士団でもまれに見る美丈夫で、貴族令嬢をはじめとした多くの女性から熱い視線を送られている。当人は騎士道一筋のため、全く気づいていないが。

「はいっ、ギルバート先輩!」

 そんなことは知る由もなく、イドットは先輩騎士を尊敬の眼差しで見つめる。

 ギルバートは、馬の手綱を持つ手に力を入れ直した。

「急ぐぞ。なんとしても『天才魔導研究者』リズ・トワイライト嬢に、殿下のご依頼を受けていただかねばならないからな」




「まぁまぁ、ミリアナさん! お茶でしたら、わたくしが淹れましたのに」

 ミリアナがキッチンで紅茶を淹れていると、ハルマ夫人が恐縮した声を上げた。

 開いた茶葉の香りがキッチンのなかを漂っている。ミリアナはのんびりと微笑んだ。

「このくらい自分でやりますよぉ。わたしは居候の身ですしねぇ」

 ハルマ夫人よりも低い背。コーヒーブラウン色のもさっとした髪。瞳も見えないほど分厚く、渦巻きを描いたグルグル眼鏡をかけた小柄な娘はそう言うと、夫人にも「いかがですかぁ?」と、紅茶のカップを勧めた。

 二人はリビングに移動し、焼き菓子もセットしてひと時のティータイムと洒落込む。

 カバーに瀟洒な刺繍のほどこされたソファーに腰をかけるミリアナが、紅茶に口をつける。その事実を認識すると、ハルマ夫人の唇から残念そうな溜め息がこぼれた。

「リズさんもタイミングが悪かったですわね。ミリアナさんが戻ってくると知っていたら、なんとしてもこちらに留まったでしょうに」

「それは困りますぅ。リズちゃんの邪魔にはなりたくありませんからぁ」

 焼き菓子をサクサク食べる姿が、リスに似ている。口調も相まって、可愛らしさが先に立つ。「事実」を知らなければ、ハルマも孫娘のように思ってしまうところだ。

「そうおっしゃるんでしたら、ここにお住まいになればよろしいのに。リズさんもお喜びになって、迎えてくださいますよ」

 ハルマ夫人は、この館に住み込んで家政婦をしている。その期間は長い。何かと忙しく留守にしがちな雇い主の少女が何を最優先にしているか、よく理解していた。

「うーん、一か所に留まるのは苦手なんですよねぇ。誰かに見つからないとも限りませんしぃ……」

「なんだか逃亡者のようなおっしゃりようね。まあ、ミリアナさんお捜しの筆頭がリズさんなんでしょうから、お住まいになったらお住まいになったらで、大変かもしれませんわね」

 すると、玄関のほうでチャイムが鳴った。反射的にハルマが腰を上げる。

「あら、郵便かしら。ちょっと行ってきますね」

「はいぃ。お願いしますぅ」

 ミリアナは悠々と紅茶に口をつける。

 ややすると、ハルマが慌てた様子で戻ってきた。

「どうしましょう、ミリアナさん」

「どうしましたかぁ?」

「リズさんを訪ねて、王宮から騎士様たちがいらっしゃってるんです。王宮から人がいらっしゃるなんて初めてですよ。おかえししていいものなのかしら?」




 ギルバートとイドットは、管理人だという婦人に客間へ通された。

 手入れの行き届いたゲストルームは居心地が良く、日当たりもいい。

 二人は目的の人物が留守だということをすでに聞かされていた。

「先触れをしておくべきだったな。リズ・トワイライト嬢が留守とは……」

「我々も今朝命令を受けたばっかりでしたから、仕方ありませんよ。でも、主人がいないのにどうして中に入れてくれたんでしょうね?」

 そんなことを話していると、部屋のドアが開かれた。

「お待たせしましたぁ」

 そう言って入室してきた娘を見て、ギルバートとイドットは同時に目を見開いた。

 子供と言ってもいいくらい小柄な娘だったからだ。屋敷の女主人ではないだろう。

 しかし、それはそれとして、礼は執るべきだ。二人は立ち上がると直立不動になり、左胸に拳を立てた。

「フルーレ王国黒獅子騎士団騎士、ギルバート・ベオグラムと申します」

「同じくフルーレ王国黒獅子騎士団従騎士、リドットと申します!」

「ご丁寧なご挨拶いたみいりますぅ。わたしはミリアナと申しますぅ。どうぞ、おかけくださいませぇ」

 どうやら、見た目通りに幼いわけではないらしい。ギルバートとイドットは、勧められるままソファーに座り直した。

 その正面に、ミリアナが着席する。

「リズちゃんにご用件のようですねぇ?」

「リズ・トワイライト」は、フルーレ王国の魔導研究分野において希代の魔導研究者と言われている。若くして優秀な論文を幾つも書き上げ、学会などに引っ張りだこ。

 そんなリズ・トワイライトを「リズちゃん」と呼ぶこの娘は誰だろうと、ギルバートは思った。

 年上には見えないから、同僚なのかもしれない。自宅兼研究所になら、同僚がいてもおかしくはない。

 ということは、この娘も研究者なのかもしれない。

「はい。しかし、リズ・トワイライト嬢はご不在とお聞きしましたが」

「そうなんですぅ。学会に呼ばれて二日前から留守で、戻るのは月末の予定なんですぅ。それまでお待ちいただけるのであれば、わたしからリズちゃんにご用件をお伝えしますけど……どうなさいますかぁ?」

 ギルバートは一瞬考え込んだ。そしてミリアナを見返す。

「我々は、アロイス王太子殿下からの命でこちらに参りました」

「この国の王太子殿下ですねぇ。偉い方ですぅ」

「はい。殿下のご下命は急を要するとのことでした。しかし、リズ・トワイライト嬢でもなければ解決できないだろうとおっしゃっていました。できれば、すぐにでもトワイライト嬢と連絡を取っていただきたいのですが」

「うーん、魔導鳩を飛ばしても返信に丸一日はかかると思いますよぉ。でも、それほど急を要するなんて……よっぽど変なものでも見つかったんですねぇ」

 ギルバートとイドットはギョッとした。

「どうかしましたかぁ?」

 ミリアナがこてん、と首を傾げる。

「何故……そう思われたのですか?」

「『そう』って、どれのことですかぁ?」

「『変なものが見つかった』、ということです。我々はまだ、何も用件を話していないのですが」

 ああ、とミリアナは得心する。

「カンタンですぅ。この国では、魔導研究はそれほどメジャーじゃありませんからぁ。魔導コンロや魔導冷庫といった生活に応用する魔導技術がほとんどですけど、王宮でそんなものが問題になるとは思えません。そんななかで魔導研究者が必要になるとしたら……未知の『古代魔導遺物アーティファクト』が見つかった、というところではありませんかぁ?」

 ギルバートは、この娘もまた魔導研究者であることを確信した。

 それも、リズ・トワイライトに引けを取らない人物ではないだろうか、とも思った。

 天才の名をほしいままにしているリズ・トワイライトは、然る魔導研究者を師に持つと聞いたことがある。同僚ということは、彼女もまたその魔導研究者を師に持つのかもしれない。

「……ミリアナ嬢」

「なんでしょうかぁ?」

「貴女に代わりに、王宮に来ていただくことはできないでしょうか」

「ギルバート先輩!?」

 ギルバートの隣で、イドットが驚きの声を上げる。

 ミリアナの目が、グルグル眼鏡の向こうで面白そうに細くなった。

「……どうして、わたしを?」

「トワイライト嬢と同じ魔導研究者でいらっしゃるとお見受けしました。トワイライト嬢からの返答をお待ちするより、貴女をお連れしたほうが殿下の意に沿うと判断しました。謝礼は十分にお支払いするとのことです。殿下から話だけでも聞いてはいただけませんか」

 ミリアナが、リズ・トワイライトより優秀だという確証はどこにもない。

 だが、きっとアロイスはミリアナを認める。彼女に任せる、と言う気がした。付き合いが長い者としての勘がそう告げていた。

「うふふっ」

 軽やかな笑い声が上がる。

「いいですよぉ。王宮にお伺いしますぅ」

「本当ですか」

「はいぃ。研究者として未知のアーティファクトには興味がありますし……それに」

「……それに?」

 ミリアナは砂糖のように甘い、至極楽しそうな、嬉しそうな声に、ほんの少し真剣な声をスパイスのように加えて微笑んだ。

「そういうときのために、〝わたし〟は居るのですから」






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