第5話 コケました

「はっきりお断りしました、あなたとはお付き合いできません。何度いえばわかるのです、私の言っている日本語が理解出来ないのですか」

 美香はかなりきつめにお断りをしている、しかも多くの生徒が見ている中でだ。相手はかなり大柄な先輩。3年生のガッチリとした体格をしていた。


 彼は放課後教室に現れ、美香の腕をいきなり掴んで何処かに行こうとした。あっと言う間だった。

 突然、教室から連れ出された美香も黙っているわけがない。腕を振り払い廊下で言い争いが始まった。


 言い争いを聞いているとこいつは頭が悪い。

 ここ進学校だったよな、あんなのが入れるとは思えないんだが。それは彼ではなく、取り巻きの2人も言える事だが。


 いつでも止めに入れるようにとそばに寄る。騒ぎが大きくなれば先生も駆けつけるだろう、その程度の時間は僕でも稼げる。

「なんだと、下手にでてればいい気になりやがって」

 こんなセリフ、ドラマでさえリアリティが無いとカットされるレベルだよ。それを恥ずかしげなく吐いた。

 どんな人生歩めばこんな仕上がりになるんだ、彼は僕より2つ上のはずだよな。


「黙って俺の言うこと聞いていればいいんだよ。いい思いさせてやる」これはダメだ。

「センパイ、やめましょう」美香と彼の間に入った。

 美香には話しかけていないから約束は守ってるよね。


 彼は突然出てきた僕に驚いたようだが、すぐに「うるっせぇ」と腕を振る。

 いきなり殴られるとは思ってなかった。顎を殴られ衝撃を受け視界が変る。

 よろめく。

 ヨロヨロと数歩さがったところで、床が無い!


 僕は階段を転げ落ちて踊り場で止まる。「ぃて〜」足が痛む、声が出てしまった。

 ヒーローのように助ければ見直してもらえるかもと思っていたが、それどころでは無い。


 混乱していて何が起きているのかわからないが、生まれて初めて救急車に乗ったのは覚えている。何故か担任ではなく美香が一緒に乗っていたが。

 診療の結果、左足の骨にヒビと右手首の捻挫。頭部も打ったあとがあり精密検査も行われ時間がかかった。幸い頭には異常はない。


 足にギブスをはめ車椅子で治療室をでると、美香と小野さんが待っていた。

 小野さんはお父さんの会社が契約している法律事務所の人だ。この事務所は僕の家族とも契約している。事務所では小野さんが一番若く、この5年新人が入らないので未だ雑用をやらされていると愚痴っていた。

 でも病院へのお迎えは弁護士の仕事ではないと思う。当の本人は「ついでです。特別手当も出るのでお気になさらず」と言ったのでこれでいいのだろう。


 車に乗せられマンションへ、美香も一緒だ。

「なぜ美香が」素朴な疑問だ。こんな時は学校の先生が付き添うのだと思っていた。

「彼女が救急車を呼んだからです」

 どうしてそうなるんだ。


「学校は警察の介入を嫌がって内々で処理したかったようで、すぐに救急車を呼んでくれませんでした」と小野さんが続ける。

「ごめんなさい。私痛がってるカー君見れられなくて救急車を呼んだの」僕はその辺の記憶が飛んでるみたい。

「ありがと」僕の一言で美香は泣き出してしまった。

「謝る必要はありません、美香さんは正しい事をしました。現に和樹様の骨にはヒビが入っていたんです」


「それを躊躇した」あまりいい気分はしない。

「はい。はっきり言えばこれは事件です。救急車を呼び事が公になるのを嫌ったというのは、学校側もそう考えている証でしょう。内々に済ませたい理由があるのです」

 面倒な事だな。

「父さん達に連絡は」さすがに学校もこれは普通にしたよね。両親がいない事で僕を軽く見ているのか?

「千尋様がお受けになりました。だから私がここに来ております」

 すぐに来れない母さんが、事務所に連絡して小野さんが動いたという事か。

「千尋様は大変お怒りでした。和樹様がお怪我されたのが最大の原因ですが、今現在まで学校から満足のいく説明が無いのも大きいです」


 マンションに着いた、小野さんは2人が一緒に住んでいるのを知っていたみたいだ。美香が一緒に部屋に入るのを当たり前と受け止めている。

 ただ、目をキラキラさせ「ここが」とか言いながら、室内を見渡していたのは気になったが。


「失礼しました。こんな事をしている場合じゃありませんでした」よかった、小野さん自分の仕事を思い出してくれて。

「さて今回の傷害事件ですが、クライアントの和則様からは和樹様の意見を尊重して欲しいとの指示を受けています。和樹様はどうされたいとお考えですか」

「抹殺して」美香がいきなりとんでもない事を口走る。


「和樹様、ご意見させていただいてよろしいでしょうか」どうしたいか。すぐに考えが思い浮かばないな。

 視線を泳がせ考え込んでいた僕の前に小野さんが割り込んできた。

「和樹様に怪我を負わせた少年ですが、藤田一郎と言いまして過去にも色々な事件を起こしています。躊躇される必要はありません」

 その言葉に小野さんの顔を見つめてしまった、あの彼ならあり得るか。

「彼の家は地元の名士と呼ばれる家柄で、彼の父もこの地域の地方議員を務めています」

「さっき色々な事件といわれていましたが」一応確認したい。

「色々です。傷害や婦女暴行など調べ始めて数時間でボロボロ出てきました。全て示談になっていますので表には出てきていませんが」


 ひどい奴なのは理解した、なら「決まりました。彼が美香に一生近づけないようにしてください」

 そんな相手を野放しにしてたら美香が大変な目にあってしまう。それだけは絶対にさせない。

「お受けいたしました。大丈夫です我々小手川法律事務所にかかれば、地方議員の不良息子などどうにでもなります」そう簡単に言い切る小野さんも怖い。

 僕はかなり無茶なお願いをしたつもりだったんだけど。

 その後、いくつかの打ち合わせをして小野さんは帰っていった。


「カー君、ごめんなさい」美香が弱々しい声で謝る、目が真っ赤だ。

 美香を泣かせた、あいつは絶対に許さない。

「なんで美香が謝るの、何も悪い事してないじゃない」

「でも」

 ク〜。僕のお腹がなった、まったくしまらない。

「すぐ何か作る」と美香はキッチンに入る。


 その時、ブザーが鳴り来客を知らせた。

 もし向こう側が接触してきた時は合わずに弁護士に任せたと言ってくださいと、小野さんに言われてた。

 緊張してインターフォンを覗いたが、カメラに写っていたのは幹と志郎そしてあさひさんだった。彼らの手には僕の鞄がある、届けに来てくれたのだ。

 美香と顔を見合わせてしまう。


 どうしよう、と迷っていると美香が「私も一緒にいく」と僕の車椅子を押し始めた。

 セキュリティを外して3人にロビーに入ってきてもらう。

「ありがと」と声をかけるが、幹と志郎は車椅子の後方に視線がむいている。そうなるよね。


「本当にプーと蜜里さんおんなじマンションだったんだ」と幹。

「彼らが君の家に鞄を届けるって言い出したの。でも住所はプライベートな情報だからと先生に聞いても教えてもらえなかった。だから私が教えたの、"美香も同じマンションだから知ってるって"ね」なるほど。

「ほい、これ」と2人は鞄を渡してそのまま帰ろうとした。


「私はいいよね」とあさひさん、彼女は部屋に来る気みたいだ。そう言えばここへは始めてだな。

「え、なんで近藤さんはいいの」と志郎。

「私は特別なの」とあさひさん、なぜ幹達にマウント?

「コーヒーを淹れる。飲んでいって」と突然美香が幹達を部屋に誘った。

 なぜだ!

「同じマンションに住んでいると知られてしまったのなら、きちんと話しておいたほうが良いと思って」と美香。

 そうかも。


「いい部屋住んでるな、1人には贅沢すぎる」部屋に入った志郎の第一声だ。

 隣と続いているとは微塵も思ってもいない、素敵な感想をありがとう。


 コーヒーを5人で飲み始めた。

 美香が意を決して何か言い出そうとすると。

「口止めでしょう。誰にも言わないよ」と幹「でも、その意味ないかもよ カー・ク・ン」

 コーヒーを吹き出した「なんでそれを!」お前が知っているんだ。


「何でって、倒れたカー君に美香がそう呼びながら泣きついてたからよ」とニヤニヤしてるあさひさん。

「ゴメンナサイ」と美香が小さい声で謝る。


「うちの学校には2人が異常に仲の良かった頃を知ってる生徒も多い、あれ見れば一瞬で今の2人の関係を理解したんじゃないかな」

「ほんと、協力してた私がバカみたい」あさひさん何を協力してくれてたんだ。

「ゴメンナサイ」また美香が謝る。


「今度遊びきていいか」と志郎。

 それを「それはやめておいた方がいいぞ。萌焦げると思う」と幹が止めた。

 なぜ燃える?


「学校に届けてる2人の住所はここだよな」と志郎。

 真面目な顔で言い始めた。

「普通ならマンションが同じでも問題にならないけど。たしか蜜里さんもご両親いないんだよな」

 志郎が言いたいことが判った。僕も両親がいない、この騒ぎで2人が顔見知りなのは知られてしまったと考えていい。


「学校が僕たちの関係を邪推すると」あり得るな、それが本当なら逆に嬉しいんだけど。

 でも「そんな関係じゃないんだけどな〜」とぼやく。


 ん?

 みんな変な顔してる、僕何か変なこと言ったか。

「美香、ほんとだったんだ。疑ってゴメン」とあさひさん。

 何がだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る