1-3
「おいちょっと!」
クワの声が、屋上の出口へと走る僕の背中に投げかけられる。そんなこと言われたって、眠っていたら知らない学校の屋上にいて、急に超巨大なハエトリグサが出てきて、目の前の同い年くらいの少年に共闘をせがまれて、うんと快く頷くやつがいるのかよ⁉
僕はドアをこじ開けて中に入る。とにかくどこかへ逃げさせてほしい。
「いやいやいやいや! なにこの急展開! もうちょっと心の整理させてほしいんですけど!」
そんなことを叫び、僕は暗い踊り場を何回も曲がって階段をダッシュで降りる。二階まで降りて、僕は目玉が飛び出そうなくらいにおったまげる。
「いぃぃぃぃやああああああああああああああああ!」
一階の階段から、ハエトリグサの一匹が自分の巨体など気にせず、茎をのばしながら階段を上って、二階の廊下にいる僕に大きく口を開けて突撃してきたのだ。
ハエトリグサが通った後のコンクリートの壁がぼろぼろになる。
僕は階段を下りるのを瞬時に諦め、右の方向の廊下へと走る。それを、通りづらそうにどんどんと廊下の壁や床に当たりながらハエトリグサは追ってくる。教室のガラス窓が割れる音、壁に張り出された紙がビリビリに破ける音、ごみ箱がぶっとんで中のごみがぐしゃぐしゃに散乱する音を後ろから聴きながら、僕は全力の力を振り絞って逃げる。
「えええええええ! なんでこんなことになってるのーっ⁉」
僕は叫びながら、橋のようにかかった別校舎への渡り廊下を走る。
すると、僕の目の端に、何か小さいものが映った。
ひらりとした見た目、黄色に黒い線が張り巡らされた羽……。アゲハ蝶? なんでこんなところに? そう思って通り過ぎると、またおかしな現象が起きる。
……こらー! カブトーっ! 逃げてばっかで情けないぞー!
……この主人公、見た目はいい感じだけど臆病過ぎない?
……あ、新しいアニメの一話やってんじゃーん。
え、なにこの声……? カブト? 逃げてばっかで情けない? 仕方ないじゃん! ていうか僕の名前、深山佐凪なんですけど! なにこのカブトってダサい名前⁉
そう思って、左耳のイヤホンマイクから聞こえる謎の声に気を取られていたせいで、僕はつまずいて前方にずるずるとすっころんだ。
「うああああああああああっ‼」
僕は前方に腕を伸ばし、まるでコントでズッコケている人みたいに滑り、別校舎の廊下へ渡り切る。手に握っていた光剣の黒い柄を離してしまい、コロコロと前に転がっていく。
瞬時に僕は上半身を起き上がらせ、左耳にかかっているイヤホンマイクに手を当てながらきょろきょろとあたりを見回す。
まだ、ぼやけた声は聞こえている。その大多数は、少年や少女の高い声。
「え、なに、なんなの?」
渡り廊下の方へ振り返ると、ハエトリグサが真正面から襲い掛かってくる。
「しょうがないなあ」
呆れたような声が、今度はイヤホンマイクからではなく、ハエトリグサの方から聞こえてくる。しかし、ハエトリグサがそんな声を出しているとは思えなかった。
これ、眠っていた時に聞こえた声……。
そう思うと、ハエトリグサの前で舞っているアゲハ蝶が、旋風を巻き起こして巨大化した。僕の着ているジャケットや短パンが靡く。
「ええっ⁉」
僕はその巨大化したアゲハ蝶に目を見張る。
そのアゲハ蝶は、この廊下のスペースをぎりぎりに使って羽を後ろに構え、一気に前へと動かした。
「とりゃああああっ!」
僕を、助けてくれている?
アゲハ蝶からそんな声が聞こえると同時に、反動でこちらへと後ろ向きに飛んでくる。
ぶつかる! そう思ったのもつかの間、いつの間にかアゲハ蝶は元のサイズに戻っており、僕の肩の上に乗っかっている。
そして、アゲハ蝶は高い声を上げる。
「頼む! あのハエトリグサを倒してくれ!」
その言葉は、クワという男の子が発した言葉とおんなじものだった。この喋れるアゲハ蝶は、クワの仲間なのか?
「そんなこと言ったって! 何が何だか……!」
僕は右肩に乗っているアゲハ蝶を見やりながら言う。
「お願いだ! 人命がかかっているんだ! キミにしかできないんだ!」
人命……。その言葉が吐き出され、僕は血の気が引いていく思いがした。誰かの命がかかっている。そう分かるだけで、僕のぼやっとしていた意識ははっきりとしたものになった。
とにかく、ここまで来て分かったことは、夢の中で僕はこのカッコいい衣装を着た、誰かを救う何者かだということ。僕が戦わないと、話が進まないということ!
「分かったから! とにかく戦う方法を教えて!」
僕はそう言いながら、廊下に転がしてしまった光剣の柄を拾ってスイッチを入れる。カラフルな光剣が出来上がり、炎色反応のような様々な色のオーラがまとわりつく。ジャケットとシューズの蛍光色のライン、光剣の光がこの廊下に明かりを灯す。光剣を両手で持ち、アゲハ蝶の生み出した風で怯んだハエトリグサを捉える。その姿は、傍から見たらかなり様になっているのだろう。
……おお! カブトがやる気になったぞ!
……めっちゃカッコいい!
……あの敵を倒すんだ!
イヤホンマイクからは、まだ幼い声が沢山聴こえてくる。
どうせここは夢の中だ! 戦うことだって、夢の中なら出来る! それに、僕は大量のヒーローものを頭の中に刻んできているじゃないか!
僕は、心を自分で奮い立たせた。
「ありがとう! まず、君の視界の右上に、数字が見えるだろう?」
するとなぜか、イヤホンマイクからアゲハ蝶の声がした。肩に乗っかっていたアゲハ蝶はいつの間にかいなくなっている。
「えっ?」
そう言われて、言われた通りに右上に視界をずらす。アゲハ蝶の言う通り、そこにはものすごい勢いで増量していく算用数字の羅列があった。
「これは、君の戦闘をテレビから見ている人数を表しているんだ! 見てくれている人の数は約百万人!」
「ひゃくまん⁉」
僕の戦闘が、テレビで見られている⁉ それに、百万人も⁉ なんてぶっ飛んだ夢なんだ⁉
「そして、その数字が多ければ多いほど、君の持つ光剣は強い力を発揮する! 百万人も見てくれればこいつは倒せる! あとは、君がカッコいいと思うアクションで、こいつを倒せばいい! 痛みは感じないから安心して!」
アゲハ蝶の説明を聴きながら、僕の心はうずいていた。少年心が昂っていた。なんて、なんて最高な夢なんだ! 僕は今、みんなの憧れのヒーローとして、テレビに出ているのだ!
「わかった。ありがとうアゲハ蝶さん! 僕、やってみる!」
怯んでいたハエトリグサは、体制を立て直し、咆哮を上げる。
「さあ、かかってこいっ‼」
ハエトリグサは光剣を構えている僕を捉え、口を大きく開けて突っ込んでくる。
僕は廊下の床を蹴って高くジャンプし、突っ込んでくるハエトリグサの口の上を飛び越えた。
こいつは突っ込むスピードは速いが機動性はない! まるでまっすぐ突き進むイノシシみたいだ!
僕は横向きに体の方向を変える。ハエトリグサの口はジャンプした僕をくぐる形になり、僕の目の前には茎が露になっている。
今だ!
僕はそう確信して、両手で大きく振りかぶった光剣を落下しながら振りかざし、茎を一刀両断した!
空間が揺らぐほどに光剣の光の残像がまぶしく輝き、気づけばハエトリグサの茎は焼き切れていた。
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