第120話 renown/名声

 まだ科学も何も発達していなかった頃、この世界はまだ魔物で溢れていた。しかし、その中でも、クータルマの森はエルフなどの種類が多く存在していた、珍しい地であった。

 そんな地であったが故に、度々この地は魔王率いる魔物に襲われていた。


「キャー!」


「ファイアドラゴンよ!」


 日に日に強くなる侵攻。我々も次第に厳しくなっていった。


「もう、ダメだ……」


 その時はとてつもなく侵攻が激しく、多くの森が焼けた。多くの民が終わりだと思ったその時、救世主が現れた。


「『雷刃』!」


 その者はドラゴンの発した炎を刀で切り裂くと、その炎を吸い取り、さらにはドラゴンの体を一刀両断した。


「みんな、俺に任せな!」


 彼は次々とドラゴンを切り倒していった。雷撃が宙を舞っていた。その雷撃も攻撃を重ねるごとに強くなっていったような気さえした。


「これで、任務完了だな」


 カチンと刀を収めれば、そこに脅威と言えるものは何もおらず、我々は生還を果たした。


「「「「うおおおーーーーー!!!」」」」


「救世主様だ!」


 森は大いに盛り上がった。そして、民の1人がその者に名前を聞いた。


「あ、あなたは……」


「ああ、俺?」


 すると、救世主様は笑顔で答えた。


「俺の名前は竜王 和導。しがない勇者だよ」



 それから、このクータルマの森は急速に発展していった。この近くに貴重な資源が多く取れる場所があることがわかり、街も豊かになって行った。


「勇者様、これを販売したいのですが……」


「なるほど。それなら、これをこうして……こんな具合の建物はどうだ?」


「おおこれは目立って良いですね!」


 勇者様はこの街に滞在して、様々なものをお造りになった。この森にある多くの建造物も、勇者様発案のものだ。


「後、この森って村長はいるのか?」


「ええ、いますが……」


「それじゃあ、その人にこれを渡して欲しい」


「これは?」


 勇者様がお与えになったのは、透明な水晶玉。勇者様がおっしゃるには、それが未来の出来事を予測してくれるらしい。


「神からもお告げみたいなものだよ。持っておいて損はない。それにここはきっと、将来的にも重要な土地になる。自力で守れるだけのものはおいて行くよ」


 それから、勇者様はこの森に結界を張った。それは、魔封じの結界。霧のようにも見えるそれは、内部に入れば視界を遮り、外部からの魔法もシャットアウトしてしまう。


「この結界を保っておくために、ちょっとこれを置いておきたいんだ」


 そう言って勇者様が取り出したのは、何か禍々しい鎌だった。


「……これ大丈夫な代物ですか?」


「うん、これは昔魔界から持ってきたんだ。魔族が使ってる武器らしくって、おそらく妖精の君たちには触っても害しかないよ」


「んじゃ、なんでおくんですか!?」


「それはね、これは辺りの悪い気みたいなものを吸い取ってくれるんだ。だから、結界ができてから数年ほど置いておくと、結界に不純物が混ざらないで、とても強固なものになるんだって。これをくれた化ケ物が言ってたよ」


 我々は半信半疑ではあったが、勇者様を信じ、置いておくことにした。すると、その言葉の通り、結界は凄まじく強固なものへと変貌した。おかげでこの森は、平和に暮らすことができるようになったのだった。


 めでたしめでたし。



「……なるほど」


 私は本をパタンと閉じた。


(なんか、この勇者……私と似てない?)


 先程の老人が話していたことも少しわかった気がする。挿絵を見てみると、中性的な顔立ちで、スーツを着ていた。


(というより、この刀ってもしかして、元はこの勇者の物だったのでは?)


 それよりも、私にはこの刀の謎が気になっていた。この本の中での刀。その挙動は炎を切り、吸収する。そしてそれを己の力に変えるという、完全に私の愛刀そのものだった。


(だとしたら、なんでそれが私なんかの手に……)


 だとしても謎は多い。未だに私がここに来た理由もわかっていないし、何の特別さもない私がなぜこの刀を貰えたのかも疑問だ。加えて、髪の色も、スーツも、何もかも謎は解けていない。


(詳しいことはわからず終いか……)


 私が少しの落胆をした頃、テーブルに猪鍋の第二陣が運ばれてきた。


「さて、どんどん食べて!」


「……まあ悩むのはこれ食べてからでもいいか」


 私はグレーテさんたちと猪鍋を楽しむことに決めたのだった。




「ふぃ〜食べた食べた」


 たらふく食べた私たちは、リビングでゆっくりとした時間を過ごしていた。


「猪鍋って意外と美味しいんですね」


「そうだよ。ここの猪は栄養豊富な野草とか、色々食べて育ってるから、もっと美味しいんだよ!」


 グレーテさんの話なんかも聴きながら、私たちはしばらく過ごしていた。


「リンゴーン。リンゴーン」


 そんな折、外から何やらやかましい鐘の音が聞こえた。


「あら、何かしら?」


「なんなんですかこの音」


「これは村のみんなを集める鐘の音だよ。村長さんとかが何かが会った時にみんなを呼ぶために使うんだ」


「へー」


「とりあえず行ってみましょうか」


 私たちはゾロゾロと鐘の音がする方へと向かった。すると、そこには木でできた高台の上に老人が佇んでいた。


「あれって……」


 それは先程出会った老人だった。


(あの人村長だったのか)


「皆の衆、聞いてくれ」


 彼の下に多くの人々が集まり、彼が口を開いた。


「焦らないで聞いてくれ。もうじきこの村にドラゴンが攻めてくる」


「ドラゴン!?」


 辺りがざわめき出した。私たちはというと、ドラゴン程度あちらの都心で慣れているため、あまり驚きはしない。


「へ〜、そういうこともあるんだね」


「そうじゃの」


 反応を見るに、どうやらここでは大事件らしい。まあ確かにこんな木々だらけの空間に炎など放たれてしまえば、簡単に滅んでしまうだろうに。


「そのため、迎撃準備に入ってくれ。しかし安心してくれ。来てもせいぜい1、2体。そこまでの被害は出ないだろう」


 その言葉を聞くと、皆胸を撫で下ろしたようにふうと息を吐いた。


「これは魔法軍がなんとかしてくれそうだね」


「魔法軍……ですか」


「うん、この森の守護者さんみたいなものだよ」


 どうやらこの森にも守護者的な存在はいるらしい。まあ度々何かが攻めてくるのだから、そりゃそうではある。


「だから、私たちはお家で静かに待ってようか」


「そうですね。出る幕なさそうですし」


 こうして、村長の話も終わり、私たちはグレーテさん宅へと戻るのだった。



「あの……一個聞いてもいいですか?」


「どうしたの?」


 家に帰って数時間後。村長の言った通り、ドラゴンが飛来してくるのが見えた。私は家の窓からそれをのぞいて見ていた。


「ドラゴンって1、2体とか言ってましたよね」


「うん、そう言ってた」


「なんか50体くらい見えるんですけど」


「あれ? 間違っちゃったのかな?」


 誤差どころではない。想定の20倍以上の数がこちらに来ている。


「後、魔法軍って魔法で戦うんですよね?」


「そりゃそうだよ。魔法軍だもん」


「あの黒色のドラゴンって確か魔法効きにくいですよね」


「あ、ブラックドラゴンだ。確かにそうだよ」


 ブラックドラゴン。過去に都心に数度来たことがあり、私も戦ったことがある。奴らは上皮を己の魔力で覆っており、魔法がそう簡単には効かないのだ。

 まあ凛は関係なしに貫通していたが。


「……不味くないですか?」


「まずいね」


「魔法軍というか、この森壊滅しません?」


「するね」


「まずいじゃないですか!」


 窓のそばで私とグレーテさんはそのドラゴンを眺めていた。


「……行きます? 戦いに」


 正直、全然出る気はなかったが、こうなっては行った方がいい気がしてきた。


「うーん、魔法軍さんの様子を見てから……」


「うわー!」


「ぎゃー!」


「ダメですねあれ。ボコボコです」


 様子を察するに、明らかに敗戦濃厚だ。空中からの数の暴力で何もできていない。


「……行こっか」


「そうですね」


 私たちはそうして、戦場へと向かうのだった。




「大変です村長!」


「なんじゃ?」


 その頃、村長のいる高台に、若い男が駆け込んできた。


「想定よりもドラゴンが多いです!」


 息を切らしながら、彼はそう叫んだ。


「ほう、何体じゃ?」


 しかし、村長は落ち着いた様子で応対する。


「約50体です!」


「50体……やはりお告げと同じじゃな」


 村長はそう言ってニヤリと笑った。


「村長?」


「見ておれ、もう少ししたら面白いものが見られる」


 彼が見ていたのは、森の中をかける導華たちの姿だった。




「やっぱり結構いますね……」


 私はグレーテさんと走りながら、ドラゴンたちの元へと向かっていた。


「そうだね、急がなきゃ!」


 グレーテさんは鎌を担ぎ、私も刀はスタンバイさせている。


「なんじゃ、わしを呼ばないとは水臭い……。わしとて戦えるぞ?」


 そんな声がして振り向くと、周りの木々を器用に飛び移りながら、星奏さんが現れた。


「星奏さん!?」


「わし、最近面白い能力を手に入れての。ちと使ってみたいんじゃ」


 そう言いながら、星奏さんはニヤニヤとしていた。


「わ、わかりました。でもとにかく急ぎますよ!」


「わかっておる!」


 段々とドラゴンの群れが近くに見えてきた。




「まずいぞ、逃げろ!」


 その頃、魔法軍はドラゴンたちの総攻撃を受けて苦戦していた。


「全然魔法が効いてません!」


「くそっ、どうすれば……」


 ブラックドラゴンの登場で、一気に不利になる彼ら。そんな彼らの元に、ブラックドラゴンが飛来した。


「! 皆、退却しろ!」


 急いで逃げるが、どうにも間に合わない。ブラックドラゴンの口から、ブレスが放たれようとしていた。


「これまでか……!」


 皆が諦めかけた、その瞬間だった。


「『炎刃』!」


 焼け付くような赤い炎の刃。それがドラゴンを一刀両断する。


「引火は……してない。おっけい!」


 ドラゴンがばたりと倒れて、その前に灰色髪の剣士がたたずんでいた。


「2人とも、巻き返すよ!」


「まっかせて!」


「了解なのじゃ!」


 諦めるにはまだ、早いらしい。




「グレーテさんは右側を、星奏さんは左側をお願いします!」


「みーちゃんは!?」


「真ん中をぶった斬ります!」


 そう言いながら、私たちは木々の上を駆ける。


「まだ森の端っこが少し焼けただけ。中心までは距離がある!」


 私は刀に再び魔力を込める。刀は今度は氷を纏い、白く輝く。


「『氷刃』!」


 空を飛ぶドラゴンの羽を凍りつかせ、いくつかのドラゴンを地に落下させる。私はそこに向かって大技を放つ。


「『絶対冷刀ゼッタイレイド』!」


 凛の魔力を増幅させたその刀は、凄まじい冷気を放ち、ドラゴンのいる地面ごとドラゴンを凍り付かせた。そこにいた数体のドラゴンたちは動けなくなり、戦闘不能になる。


「よいしょ!」


 そして、グレーテさんはそう言いながら、鎌を振り回す。加えて、地面からツルを生やし、ドラゴンたちを固定した。


「さあ、1発で行くよ!」


 そのままドラゴンたちを1箇所に固めると、彼女はバッと高く飛び上がった。そして、鎌が黒いオーラを放つ。


「『ソウル・メンス・キル』!」


 空中でキルモードになったグレーテさんの一閃がドラゴンたちに直撃する。その鎌はドラゴンたちの生気を一気に奪い去り、ガリガリとしたなんとも貧相な姿に変えてしまった。


「いっちょ上がりだよ!」


(相変わらず若干えげつないんだよなぁ……)


 私の背後では、星奏さんがスキルを発動していた。


「『刀剣転移』!」


 すると、彼女の背後から、見覚えのある刀が日本出てくる。


「あれって……」


 それは、過去に私たちが戦った右近と左近の刀だった。


「なんでそれを星奏さんが!?」


「後で説明するのじゃ!」


 星奏さんはさらにその出力を上げる。


「『刀剣追尾トウケンツイビ』!」


 ビシュンと音がして、穴の色が変わる。背後の穴は緑がかった色になり、その穴からは何も出てこない。


「さあ、一気に詰めるのじゃ!」


 星奏さんは飛び上がり、右手の刀をふるう。すると、その場に空気の足場が出現する。

 彼女はそれを飛び移り、ドラゴンたちへと迫った。そのタイミングで、彼女に噛みつこうと、ドラゴンが飛んでくる。


「危ない!」


「大丈夫なのじゃ!」


 すると、ドラゴンの頭に無数の刀が突き刺さった。見れば、それは先程の穴から出てきていた。


「刀剣追尾があれば、わしに来る攻撃は刀のストックがある限り、全て迎撃される!」


 彼女はそのまま突っ切り、ドラゴンが群れている場所の前まで来た。


「かますのじゃ!」


 両手の刀が輝き、髪の手にいつの間にか握られていた刀にも魔力が込められた。


「『羅王・晄嵐ノ銀河』ッ!」


 ビカッと巻き起こる激しい光と轟々と吹き荒れる、荒々しい嵐。それはドラゴンたちを一掃し、捻り潰した。


「す、すごい……」


 まさか星奏さんがここまで戦えるとは。いつのまにこんなに強くなっていたのか。


「導華、あとはそいつらだけじゃ!」


 私の前方には数体の大きめのドラゴンがいた。おそらくこいつらが親玉だろう。


「了解っ、です!」


 私は右手に炎の刀を、左手に愛刀を持ち替えた。


「1発で片付ける!」


 刀に魔力が込められて、バチバチと雷が刀に走る。


「『雷炎無双』!」


 一瞬にして、私はドラゴンたちの後ろに立っていた。そして、カチンと刀を収めると、ドラゴンたちの体に焼けた十字のあとが出来上がる。


「ふ……決まった」


 流石に今のはカッコよく決まっただろう。



「ありがとうございます!」


「ああいえ、勝手に首突っ込んだだけなんで……」


 その後、私たちは魔法軍の方々からえらく感謝された。といっても、ただ乱入してきただけなので、そこまで感謝してもらう必要もないと思うのだが。


「あの、ぜひお礼を……」


「いらないですいらないです」


 私はそういった品の類は全部貰わないでおいた。そんな折、村長が話しかけてきた。


「やはりその戦いぶり、勇者様そっくりじゃった……」


「あ、見てたんですか」


「ああ、なんなら予言でお主たちが倒すと出ておったからな。少しイタズラさせてもらったよ」


 ああ、この人はわざと人数を少なく言ったのか。なんとも悪趣味な男だ。


「まあまあ。そんなお主に少し渡したいものがあってな……」


 そういうと、彼は私に何かをほいと投げた。


「これは……」


「これはかつて、この地に名声を轟かせた勇者様が、もしこの地に自分と同じようなものが来たら渡せと言ったものじゃ」


 それは小さな勾玉。瑠璃色に輝くそれは、とても美しい代物だった。




「いわばそれは、勇者様の形見のようなものじゃよ」



「形見……」


 私はそれを、大切にポケットにしまっておくのだった。

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