第6話 街をかけるメイド

 州都レージュ、中央広場のいち

 定期的に開かれるそれは、今日も活況をていしていた。


(やっぱ、市は人が多いなー……)


 今日のこの場所は、数多くの露店が立ち並び、大勢の人でごった返している。

 そんな中に、メイド服のレオナはいた。


 ヒョイヒョイ。


 そんな表現がピッタリな感じで、人混みを縫って歩く。

 かなりの早足だ。

 胸には、蓋の付いた籠を大事そうに抱えている。


「きゃっ」


 レオナの方で全部避けているのだが、目前の急な動きで、すれ違った老婦人を驚かせてしまったようだった。


「ごめんなさーい!」


 謝りつつも、レオナは足を止めない。


 今日のレオナは、重大な任務を帯びていた。

 そしてこの任務は、時間こそが成否を分かつのだ。


(ティア様、待っててください!)


 でも、得てしてそういうときほど。


「泥棒だー! そいつを捕まえてくれーッ!!」


 突然、進行方向から、状況の判りやすい叫び声。

 続いて、レオナの前の人混みが、すごい勢いでザッと割れた。


「どけぇッ!!」


 ナイフを振り回し、割れた人並みの向こうから、目を血走らせた男が走って来る。

 みんな、この男(とくにナイフ)を避けていたのだ。

 そして、男の正面に立つ形となったレオナは。


 ヒョイ。


 やっぱり、素直に道をあけた。


 レオナは、か弱いメイドだ。

 男が無闇に振り回しているナイフが当たったら、怪我をしてしまう。


 レオナは、小柄だ。

 あんな勢いで走って来る男にぶつかられては、弾き飛ばされてしまう。


 ――からでは、もちろんない。


    美しき緑の髪    逃れ得ぬ束縛を


 男が通り過ぎざま、レオナの口から小さく呪文がこぼれた。


「えっ!?」


 男の両足が、その場でガクンと止まる。

 逃走の勢いのまま、顔面から地面へ倒れこんだ。


「ぐはッ!!」


 擬音にすれば、「びったーんっ!」といったところだろうか。

 まるで、走っているときに両足首を掴まれたかのような転倒っぷりだった。


 しかし、急に男が転倒した原因がいるのは、張本人のレオナだけ。


 そう。

 逃走する男の両足首に絡みつく、地面から生えている緑色のツタ

 そして蔦の根元にいる、緑に淡く輝く身体を持つ女性の姿をした妖精ドライアードの姿。

 ――それは周囲にいる者には、視えていないのだ。


「もういいよ。ありがとね」


 レオナが妖精に向けて呟くと、気を失って動かなくなった男の足から、緑の蔦がスーッと消えていく。

 続けて、レオナに向かって微笑む妖精の姿も、消えていった。


「……ったく。時間がないってのに」


 レオナは倒れた男を一瞥いちべつすると、さっさとその場を立ち去った。




   ■■■




 逃げる泥棒に魔法妖精の力を使ってから、ほどなく。


「よお、メイドの嬢ちゃん。迷子かい?」


 大通りから外れた道の奥で、レオナは頭を抱えていた。


(……今日って厄日?)


 まあ、この州都レージュ。

 時間を優先してこんな裏道を通れば、こうなるを予想してしかるべき治安なのは、レオナも承知してはいたのだが。


(甘く見てたなー)


「ちょっと付いてきな――なーに、いい仕事を紹介してやろうってだけだ」


 怪しい笑みを浮かべてレオナを囲んでいる男は、たかだか三人。

 悠長にレオナを取り囲むあたり、玄人プロではなく、ただの街のチンピラだろう。


 レオナがその気になれば、適当に隙間をすり抜けていてしまえる。

 最初は、そうしようと思っていた。


 そうしなかったのは、男たちの言葉だった。


「兄貴。今日は何人、狩れますかねぇ」

「市の日は浮かれてるガキも多いからな。しばらく遊んで暮らせるくらいの数は売っ払わねーとな」


(あ、これ放置したらダメな奴らだ)


 こいつらはレオナを偶然見かけ、その場の思い付きで声をかけてきたのではない。

 元々計画的に、何人もの人をさらい、奴隷商に売るつもりなのだ。


(しょーがない、なっ!)


「@※★*#&ッ!!!」


 言語化不可能な声を上げ、レオナの正面に立っていた大男が股間を押さえてうずくまった。

 そのまま引き抜いた足を今度は大きく振り上げ、男のうつむいた頭にかかとを落とす。


(次!)


 男が地面に崩れ落ちる中、次の標的は横に立つ男。

 間髪入れず、身体を回転させて男の腹へ回し蹴りを叩きこんだ。


「グヘッ!」


 妙な声と共にドゥッと倒れた男は、そのままピクリとも動かなくなる。

 その結果を確認することもなく、すでにレオナの視線は最後の小柄な男へと移っていた。


「助け……グゲッ!」


 男は後退ろうとするがそれを許さず、レオナの足は男のあごを下から蹴り抜いた。


「……ふう」


 男の顎へ叩きこむために、天に向かって高々と突き上げられていたレオナの足――それが、ゆっくりと下ろされる。


(誰も見てなかったよね……?)


 キョロキョロ。


 悪いのは男たちだとはいえ、メイド服での大立ち回りは、さすがに外聞をはばかる。

 なにより、(両手で籠を抱えていたので仕方なかったのだが)自分より身長が高い男たちを、スカートをはいた足で蹴っている姿は、さすがに


(この世界に、文化があって良かったー……)


 当の男たちは見る余裕などなかっただろうが、もし周囲に人がいたら、確実にいただろう。


「じゃあ衛兵呼んでおくから、そこで寝ててね」


 聞こえてないのを承知で、レオナは意識のない男たちに声をかけ、そそくさとその場を後にした。


「…………」


 レオナが去った後。

 近くの横道から二人の女が現れ、倒れている男たちの元へやって来た。


「……すべて的確に急所を捉えてますね。見事なものです」

「あの体幹の安定した戦い方といい、さっきの魔法を使ったらしき件といい――間違いなく、あのあるじが言っていた例のメイドだな」

「ええ、そうですね。でも、まさかあそこまで……」

「ああ、強――」

「可愛かったなんてっ♡」

「いや、そこじゃないだろう――まぁ否定はしないが、な」




   ■■■




 屋敷に戻ったレオナは、執務室へと無事辿り着いた。


 任務達成だ。

 籠の中身も、問題ない。


 両脇に立つ近衛隊の女性に目で挨拶し、執務室の中へ入る。

 扉を閉めると、レオナは部屋の中へクルリと向き直り、満面の笑顔で報告した。


「ティア様っ、売り切れ前に無事手に入れましたよっ。今回の新作、なんとシュー生地の中に冷たいミルクアイスが入ってるんですっ! 溶ける前に帰ってこなくちゃって、メチャクチャ急ぎましたっ! ――あ、アイシャの分もちゃんとあるからねっ」


 しかし次の瞬間、違和感に気付く。


 正面の執務机に座るティアと、その横に立つアイシャ――二人は、気まずそうにレオナから視線を外していた。


「二人とも、どうし――」


 そのとき、ようやくレオナは、背後のよく知る気配に気付く。

 一瞬にして、レオナの背筋が凍りついた。


 まさか。

 扉を閉めるときに、なぜ気づかなかった?

 いや――それこそが、ではないか。


 ギギギ……。


 そんな軋みとともに、レオナはゆっくりと後ろを振り返る。


「え、えーと……一緒に食べます?」


 そこには、メイド長が立っていた。




   ■■■




「ごめんなさーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」


 分厚い扉の向こうから漏れ聞こえる悲鳴。

 近衛隊の二人は、申し訳なさそうにそれを聞いている。


 彼女たちは、中で何が行われているかを、よく知っていた。


 だが、何もできない。

 先ほどのアイシャのときも、彼女たちは何もできなかった。


「レオナちゃん、助けられなくてごめんねー……」

「悪いのは命令したティア様だし、仕事中のくらい、なんとか誤魔化してあげたかったんだけど……」


 だが彼女たちも、メイド長には逆らえないのだった。

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