第39話 取り調べるだけの、簡単なお仕事

 街道を移動する馬車。

 訓練所から州都レージュへ戻るティア太守の護衛のため、ティア本人の他にレオナ、サイカ、クレア、ルックアが同乗している。


 レオナが隊をマリアに任せて護衛に回っているのは、戻ったら使用人メイド転職ジョブチェンジし、ティアの午後の仕事にお供する必要があるからだ。


「やっぱり、今回の件はおおやけにしないんですね」


 御者台に座って馬の手綱を取っているのは、レオナだ。

 なぜなら、出発前にクレアとサイカが揉めたからだったりする。


 どっちが御者をするのか――正確には、どっちが相手を御者台に追いやるか――などという不毛な争いが延々と続いたのである。

 行きのサイカが羨ましかったから自分も、とかいうクレアの主張は、レオナにしてみれば「何が!?」だし、どっちを選ぶのかと二人に迫られる意味も判らなかった。


 なので、とりあえずレオナは、自分が御者台に行くことにしたのだ。

 ――そうしたら、今度はレオナの隣にどっちが座るかと、いきなり真逆の争いを始めたのだけれども。(ちなみにスペースはありますが、御者台に二人座る必要性はありません)


「当たり前だ。お忍び中に外で襲撃を受けたなんて頭の固い家臣どもに聞かれたら、二度と出歩けなくなるじゃないか」


 結局、レオナの隣に座って興味深そうに周囲の景色を楽しんでいるのは、ティアだった。

 太守様に「譲れ」と言われれば、サイカもクレアも逆らえない。

 というわけで、幌付きの荷台にはサイカとクレア、それにルックアが乗っている。

(ちなみに街の近くまで来たら、御者台には入れ替わりでサイカとクレアが座ることになった――二人とも、不満そうだったけど)


「大事なのはそっちですか!」

「私にとっては一大事だぞ? ……まあ、そう睨むな。一番の理由は、もちろんお前が想像している通りだ――こんなこと正直に公表なぞしたら、アザリア全体が混乱する」

「ですよねぇ……」


 レオナは翼竜ワイバーンを倒した後でマリアたちと合流した時のことを思い返し、溜息をいた。




   ■■■




 訓練所の敷地内。

 襲撃前に模擬訓練を行っていた広場スペースのど真ん中に縛り上げられて転がされているローブの男を、レオナとマリア、サイカ、ルックアで取り囲んでいた。

 残りの隊員とティアは、帰り支度だ。


「今すぐ我を解放せよ! この束縛を解かぬのであれば、我が偉大なる魔術によって、再び無数の骨人スケルトンを召喚するぞ!」


 さっきからレオナの足元では、芋虫のように転がった状態のまま、ローブの男が喚き散らし続けていた。

 レオナは、それを困ったように見下ろす。


「……え~と、このツッコミどころ満載なのが、マリアが捕まえたくだん魔術師ソーサラー?」


 骨人と竜牙兵の区別もついてないけど? ――困惑を隠せないレオナが、そんな疑問をたたえた目でマリアに問う。


「はい……まあ、魔法を使っているところを直接見たわけではありませんが」


 骨人ザコならぬ竜牙兵強いやつの大半を吹き飛ばしたルックアの火球魔法の余波で気を失って倒れていたところを、縛り上げて引きずってきただけなので――と、マリアから歯切れの悪い答えが返ってくる。


「私自身、本当に竜牙兵を操っていた本人なのかちょっと自信が持てなくなってきましたが――間違いなく、その杖を使っていた男です」

「ということだけど。ルックア、やっぱりなのかな?」


 レオナは、マリアから先ほど受け取った杖を、ルックアに手渡した。


「ん」


 受け取ったルックアは、その先端に付けられた宝石を手で覆うと、静かに目を閉じて魔法を発動する。


隠された真実の暴露アイスティマティオネート


「わ、鑑定の最上級魔法……」


 思わず感嘆の呟きを漏らしたレオナを、片目を開けて見るルックア。

 さらっと口にしているが、発動させようとしている魔法が何かなど、普通は判るものではない。

 とくに、使い手の少ない最上級魔法レベルなら、なおさらだ。


(この、本当によく知ってる……)


 宝石を覆うルックアの手が淡く輝き、やがてゆっくりと消えていった。

 完全に消えたところでルックアは目を開き、レオナに結果を伝える。


「当たり。やっぱり、竜牙兵はこの男の力じゃない。これ創生魔術士コンジャラーの真似事をしてただけ」

「だけっていうには、とんでもない効果だけど」

うん。間違いなく魔法の遺物アーティファクト現代いまの物じゃない。竜牙兵も、創生魔術コンジャーとは異なる法則で生み出してる」

「そんなことまで判るんだ?」

「わたしが言うんだから間違いない。創生魔術とは系統が全然違う」


 鼻息も荒く、可愛く胸を張って断言するルックア。


 レオナは、子供の頃に育ての母の蔵書で見た伝承を思い出した。

 たしかその本には、彫像創生クリエイト・ゴーレムを初めとする今の創生魔術を編み出したのは、数百年前にいたエルフだと書かれていた。

 だから同じエルフであるルックアは、創生魔術に詳しいのだろう。


「他にも、杖自体に魔力増幅の効果が付いてる」

「魔力増幅?」

「そう。魔法の威力が、十倍くらいになる。こんな弱いオーラの魔術師が、あの威力の火球を撃てたのも、これのおかげ」

「えーと――それって、とんでもないんじゃ……?」

「わたしが使えば、軽く火球ファイアーボール撃つだけで、街ひとつ跡形もなく消せるかも――撃ってみる?」

「わーっ、ルックアそれ返して! そんなの持ってちゃダメ!!」


 慌てて、杖をルックアの手から取り戻す。

 どんな国家間抑止力兵器……。


「ヒャハハハッ! おまえらごときに、使えるものかっ!」


 突然、足元からの声。

 見れば、拘束されて芋虫のように地面に転がったままの男がわらっている。


「それは、教主リンダオ様に魔術の腕を認められた者しか使いこなすことはできんのだ! この我のようになっ!!」

「じゃ、試してみる」


 ルックアが、レオナの手からヒョイと杖を取り返すと、何気ない仕草でそれを天に向けた。


「ちょ、ルックア!」


 レオナが止める間もなく、杖の先端に付いている宝玉が輝き始める。

 ルックアが、魔力を練り始めたのだ。

 そのとき。


『貸与者以外の魔力導通を確認しました。貸与者より奪われたと判断します』


 突然、から、が聞こえた。

 男の全身が硬直し、表情が恐怖一色に染まる。


「ごっ、ぅおごォ……ッ!」


 男が本来の声で何か叫ぼうとするが、それはによって強制的に抑え込まれた。

 そして。


『本機能の停止、および貸与者のを開始します』


 恐怖で顔を歪ませた男の口から、なおも女の美しい声が続く。


「な、なにナニ!?」


 レオナは思わず一歩後退あとずさった。

 血走った目に狂気すら感じさせる男の相貌からこんな美しい声が出てくると、違和感を超えて恐怖ホラーでしかない。


「下がって」


 そんなレオナと入れ替わるように、隣のルックアが前に進み出た。

 男の前でしゃがみ込む。

 だが、男の顔を覗き込んだルックアは、すぐ諦めたように溜息をいて立ち上がった。


「……呪いみたい。どうしようもない」

「の、呪いって……どんなのっ!?」


 顔を引きつらせながらのレオナの問いに、ルックアはそのかわいいあごで男を指し示す。


「あんなの」


 レオナの目の前で、男の苦悶の表情を浮かべた顔からみるみる血の気が失せていく。


「ギ、オアァァッ! き、教主サマ……オ助ケぉ――」


 地面から必死に起こした男の顔が完全な灰色になり――。

 突然、男はバサリ、と厚みをなくした。


「…………」


 レオナたちの視線の先。

 残ったのは、男の服と、人の形をした灰だけだった。

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