第46話 突入(後編)

 レオナが部屋の入り口を振り返って声をかける。

 部屋の外で警戒を続けていた女性が、レオナの方へ振り向く。


「はいはーい」


 エイルは、軽い口調を返しながら部屋へ入って来た。

 その容姿に、少女たちの視線が集まる。


 エイルの艶のある明るい茶色の髪は肩を覆う程度に長く、美しく揺れている。

 ――いや、そこではなく。


 頭の上――そこに、髪と同じ色の短い毛に覆われた三角の耳が生えていた。

 よく見ると、腰の向こう側から、揺れる尻尾の先がさっきからチラチラと覗いている。

 頭の上の耳はピコピコと動き、腰のふさふさ尻尾はぴんと上を向き、歩くのに合わせてユラユラと揺れる――飾りではない。紛れもなく、彼女の体の一部だ。


 耳と尻尾以外に目立って人間と異なる点がないため人間の目にはなかなか区別がつかないのだが、彼女は一般に犬人カーニスと呼ばれる種族の獣人。


「さあ、隊長。怪我してないか診るから服脱いで~」

「あ、あはは……そ、そうじゃなくて……」


 にこやかな表情で手をワキワキさせて近づいてくるエイルに、レオナがじわりと後退あとずさる。


「だいじょーぶ。痛くしませんからね~」

「あ、あの……」


 接触まであとわずかな距離となった瞬間。

 先ほど一度は鞘に納めたサイカの刀が一瞬で抜き放たれ、エイルの鼻先で、その切っ先がキラリと光を放つ。

 その視線は、レオナへ向けられていたものと同じだとは、とても思えないほど厳しい。


「遊ぶな。今のお前の役割は回復役ヒーラーではないだろう。与えられた任務、真面目にやれ」


 言われた方は気にする風もなく、切っ先を摘んでひょいと顔の前から退けた。


「はいはい。もー、サイカってば、真面目すぎ」

「おまえが不真面目すぎるだけだ」

「え~と、エイル、この子達だよ。あとは頼むね」

「りょーかーい――じゃあ隊長、残念だけど、お楽しみは仕事の後ってことで」


 柔らかい笑みと共に力の抜けたふにゃりとした敬礼をするエイルをサイカがジロリと睨むが、エイルの方はどこ吹く風。


「あ、あはは……」


 レオナは苦笑いを浮かべながらエイルと視線を交わすと、目の前の少女の頭を優しく撫で、その場をエイルに譲った。

 エイルは少女たちの前へ進み出ると、フワリとしゃがみ込む。


「じゃ、順番に名前教えてくれるかな? ――ん? 急がなくていいのかって? うん。ここから外までは悪いヤツ全部倒しちゃってて、もううちの仲間しかいないから、慌てなくても大丈夫だよ~」


 エイルが子供たち一人一人と話をしていくと、目に見えて子供たちの緊張がほぐれていく。

 しばらくそれを見ていたレオナは、扉の方へときびすを返した。


 この様子なら、道中も大過なく連れ帰ることができそうだ。

 あとはエイルに任せておいて大丈夫だろう。


「さあ――こっちも、仕上げに行こうか、サイカ」

「はっ!」


 レオナは、サイカと共に部屋を出た。


 作戦は続いている。

 レオナにはまだやることが残っているのだ。

 時間を無駄にしている暇などなかった。


(やれやれ)


 忙しいことだ。

 だが、しかたない。

 自分は『隊長』なのだ。


 レオナはメイド服のスカートをひるがえし、駆け出した。

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