第25話 模擬戦、やってみた

「くぅっ!!」


 カーラの蹴りを正面から受けたレオナが後ろへ吹き飛ぶ。


 身に沁みついている受け身で身体への衝撃ダメージを最小限に緩和しつつも、レオナは内心舌を巻いていた。


(やっぱり、本職の戦士は強いわ……)


 地面に大の字になったまま、レオナは両手に持つ、訓練用に刃を潰した双剣を手放す。


「降参です、こーさん」


 ここは、州都レージュにほど近い旧砦。

 ここが前線でなくなった今は、軍の訓練所となっている。


 先端を尖らせた丸太を隙間なく地面に打ち込み横板で繋いだだけの、少々城壁とは言い難い簡易な壁に四角く囲まれた敷地。


 その壁の対角に二カ所建つ見張り櫓の他、平屋建ての建物と小屋が二つあるだけの簡易な砦だ。

 ただ簡易とはいえ元砦なので、周囲は一応空堀に囲まれ、門は跳ね橋を兼ねる構造となっている。


 ここで隊員たちと裸の付き合いを終えたレオナは、隊員たちと順に敷地内で模擬戦を行っていた。

 そして今、レオナ対カーラ戦の決着がついたところだ。


「隊長~、大丈夫ですか~?」


 隊員の一人が歩み寄ってくる。

 犬人カーニスのエイルだ。

 彼女は治癒術士なので、今はカーラに蹴り飛ばされたレオナの治療をしようというわけだ。

 そんなエイルにレオナは軽く手を振り、上半身を起こす。


「うん、だいじょーぶ」


 だが、レオナの自己申告では、エイルは引き下がらない。


「カーラにあんなに乱暴に蹴り飛ばされて、無傷なわけないでしょー。内臓破裂してませんか? おなか、確認しましょーね。さ、服を脱いでくださいー」

「え、えと……?」


 ニッコリと優しそうに近づいてくるエイルの、ワキワキさせている両手に何か不穏なものを感じ、レオナは微妙に表情を引きつらせた。

 地面に座り込んだまま、なんとなく後退あとずさる。


 その様子を見ていたカーラが、バカバカしそうな表情でエイルへ近づいて頭をはたいた。


「やめんかっ。怪我なんかしてるわけねーだろ――つーか、おまえ、判ってて言ってるよな、それ? いくらオレでも、やわい人間を蹴りで器用に宙に吹っ飛ばすなんてできねーよ。同じ重さの丸太じゃあるまいし」


 ここには「丸太だったら吹っ飛ばせるのかよ」とツッコむ(カーラを知らない)者はいない。


「万一ってことがあるじゃない。大事な隊長の身体に痣でも残ったらどーする気ー?」

「キッチリ避けられちまったっつーの。後ろへ飛んでキレイに蹴りの衝撃避けてんのに、痣なんかできるわけねーっての」


 と、どこかくやしそうに不満を漏らすカーラ。

 それに向かって、レオナは「いやいや」と手を振る。


「そりゃ避けるよ。あの蹴り、本気だったよね? まともに受けてたら、ぜったい死んでたよね!?」

「隊長ならダイジョーブだろ? まともに受けきれないヤツ相手に、本気で蹴らねーよ」


 いやそれ女戦士アマゾネスの筋力で、本気で蹴ったってことだよね!? とレオナは蒼ざめ、「ぜ、全力で避けてよかった……」と胸を撫で下ろした。


 今更、全身からどっと汗が噴き出る。

 受け流して反撃しようなんて考えてたら、本当に内臓破裂してたに違いない。

 何を根拠に大丈夫とか言ってるんだこのねーちゃんは、と内心にも冷や汗かきまくりのレオナだった。


「ま、冗談はともかく、あれだけ派手に地面を転がったから、擦り傷だらけですよ。今、治療なおしちゃいますからねー」


 そう言って両手のワキワキを止めたエイルは、レオナの顔の傷口へ、今度は優しくそっと手を伸ばす。


治療ケア


 つぶやかれる呪文と共に、傷口に近づけられた掌がボウッと淡く光った。

 暖かさを感じた傷口から、ヒリヒリしていた痛みが一気に引いていく。

 あっという間に傷は癒え、赤い擦り傷が跡形もなく消えた。


「ありがと」

「いえいえ~」

「んなもん、全部終わった後でいーだろーが」


 呆れた顔のカーラに、エイルが振り返って口を尖らせる。


「最後ってわけにはいかないわよ。時間経つほど、治すの大変なんだから。魔法って色々面倒なんですからね」

「この程度で、わざわざ使うなっと言ってんだよ。擦り傷なんて、舐めときゃ治るっつーの」

「あ、その手があったか」


 エイルが、わざとらしくポンと手を打った。


「え?」


 エイルが戸惑うレオナの肩にそっと手を置き、顔を近づけてくる。


「え? え?」


 唇がゆっくりと開き、赤く柔らかな舌が顔を出した。


「ええっ!?」

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