第10話 指揮官殿は、手柄が欲しかった

「行方不明?」


 サイカが、怪訝な表情をグエンに向ける。


「どうも、夜明け前に供回り十人ほどを連れて何も言わずにこっそり出かけたようで。使者殿が来られる頃になっても戻らないので、今は兵を出して捜索を行っています」

「副指揮官であるあなたにも、なにも告げずにですか?」

「ええ、困ったもんです。見張りの兵に問われても答えなかったらしくて、おかげでまだ捜索範囲すら絞り込めてないんですよ」


 サイカも、横で黙って聞いているマリアも、「仮にも指揮官の立場にある者が、そんなことするか?」と言いたげに、怪訝な顔をしている。

 その後ろに立つレオナだけが「まあ、あの若い武官ならやりそーだ」と一人納得していた。


 この世界では、ゴブリンの群れを掃討する場合の、常套の方法やり方がある。

 ゴブリンは、その数に応じた広さの洞穴などを巣にする。

 だから巣穴の出入り口をすべて押さえ、あとは毒性や刺激などのある有害な煙でいぶり出して、一匹ずつ、じっくり確実に潰してしまうのだ。


 だが、あの指揮官若い武官はなにかくだらないことでも思いついたのではないだろうか。


 さすがというべきか、少し考えてレオナと同じ結論に至ったらしく、サイカがふと思いついたように視線を上げた。


「……昨夜の作戦会議では、少人数で行う作戦案などが指揮官殿の口から出てきませんでしたか?」


 その場で決定できなくても、勝手に実行した可能性もある。

 それを前提にすれば、捜索の範囲も絞り込めるのではないか、というサイカの意図はこの場の全員に伝わった。


 事実であれば問題しかない仮定だが、あの指揮官ならあり得ると、この場の全員が内心認めている。


「ん~……指揮官殿が少数精鋭の部隊で森を焼くとか言い出したので、止めたぐらいですかね」

「「は!?」」


 マリアとサイカから、同時に声が上がった。

 グエンは「そんな反応になりますよねぇ」といった微妙な表情で、言葉を続ける。


「もちろん、何とか取り下げてもらいましたが。そんなことしてもここの広大な森全部焼けるはずもないですしね。なによりそんな災害級のことを起こしたところで、結局ゴブリンは逃がすだろうしで、誰も得しません……いや、隣の州ゾートは喜ぶか」

「その場では取り下げたものの内心納得できず、自分と供回りだけでそれを実行しようとした可能性は?」


 マリアの言う可能性は、小なりといえども軍の指揮官が実行する可能性としてあってはならないのだが、この場にいる誰もそれを笑なかった。


「一応『太守様が増援を派遣された以上、少数で片付けては太守様の面子メンツを潰すことになる。か弱い太守様のお立場を思い遣ってめておいて差し上げるべきだ』と言ったら、納得して取り下げてくれたので、それはないですね」

「……お手柄だな。グエン殿」

「まあ、そのために派遣されたんで」


 安堵あんどの溜息を漏らすマリアに、グエンが苦笑いを返した。


「しかし、グエン殿がそこまでティア様より仰せ付かった役目を全うしているのであれば、なおさら指揮官殿の行動は解せませんね」

「そうなんですよねぇ。念のため『太守様の使者殿を迎えて作戦を披露し、その目の前で堂々たる作戦の成功をおさめる』って話で昨日の会議はまとめたんで、まさかこっちが寝てる間に行動を起こすとは予想外でした」


 会議の決定を後で黙って引っ繰り返す指揮官を想定する方がおかしいので、誰もグエンを責めようとはしない。

 そのまま、数瞬の沈黙が場を支配する。


「レオナはどう思う?」


 マリアが急に振り向いて、レオナに話を振って来た。

 従者として黙って後ろに控えていたレオナは意表を突かれて「ヒャイ!?」と奇声を上げてしまう。


「えーと、わたしはただの使用人メイドですので……」

「ここには、お前も含めてティア様の意を直接受けた者しかいない。その顔はなにか考えがあるんだろう? 立場がどうとか気にしなくていいから、思ってることを言ってみろ」

「いや、でも……」

「素直に口を開かないと……口をふさぐぞ?」

「え……?」


 両手で頬を固定され、レオナは訳の分からない脅迫を受けた。

 マリアのニッコリとした微笑みが、至近距離へ迫って来る。


(ひ~~~~っ)


 目の端に映るサイカは「あ、ずるい……」とか言っている。

 反対側のグエンはというと、いきなりの展開についていけないのか、ただ茫然としているだけだ。


(見てないで、止ーめーてーーー)


 レオナは顔を動かして逃げようとするが、マリアの両手に頬をガッチリと固定され、微動だにできない。


 マリアは綺麗な唇をかすかに開き、さらに顔を近づけてきた。

 マリアの鼻が、レオナの鼻へ微かに触れる。


(こ、これ、ホンキだ……)


 この後どうなるか――レオナ今世に経験はなくとも、前世の知識が生々しく脳裏を駆け巡る。


「ふぇ……言いま、言いまっ!」


 逡巡したものの、結局唇が触れる直前に観念して、レオナは口を開く方を選んだ。

 正直なところ、人気ひとけのないところでされたのであれば受け入れてしまいそうだった。

 だが、こんな場で子供を揶揄からかうようにされるのはただの公開処刑だと、心に言い聞かせる。


「フラれたか――問答無用にやっておけばよかったかな」


 心臓の辺りを押さえ、顔を真っ赤に染めたレオナに、マリアは悪戯いたずらっぽく笑いかけた。


(あ、危なかったーーーっ)


「え、えーと……評定で見たときも思ったんですが、あの方は、ご自身の非凡な才能を発揮しての華々しい成果にこだわっているようでした――そこに、ちょうど都合のいい情報が入って来たんじゃないかと」


 衝撃冷めやらぬ様子で呆然としていたグエンが、レオナの言葉を聞いた途端に驚きの表情を見せた。


「マリア殿。こちらが、ティア様の言っていた?」

「ああ。そうだ」

「……なるほど」


 得心が行ったかのように何度もうなずくグエン。


(ちょっとティア様! こんな偉い人たち相手に、何を言ったんですかっ!?)


「たしかレオナ殿でしたか――その可能性、ありえます」


 グエンはレオナに向かって頷く。

 レオナ従者などさっきまで視界の外だったのに、いきなり態度が変わっていた。


「自分の案を太守様を引き合いに出して問答無用で却下されて、これじゃあお飾りの指揮官になってしまうと内心焦ってたのかもしれない――言われてみれば、思い当たることがいくつもあります」

「ま、まあ、少ない情報の中での推測に過ぎませんけど」

「レオナのその推測が当たっているか、ちょうど確認がとれそうですよ?」


 サイカが幕舎の入口へ視線を向ける。

 幕舎内の全員の視線を集めた中、入口から、さっき蒼い顔をして逃げ出していったもう一人の副指揮官が飛び込んできた。


「急報!」


 顔色は、さっきよりもさらに真っ蒼だった。

 胃のあたりを手で押さえている。


ヨーク指揮官殿の副官が、一人で戻ってきました――よ、ヨーク殿は、ゴブリンとの戦いで、う、う、討ち死にっ!」

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