第11話 情報を聞いてみた(強制)

「では、話せ」


 幕舎の中。

 ただ一人帰還した副官を前に、副指揮官であるグエンが口を開いた。

 グエンの隣にはマリアとサイカ、そしてその後ろにレオナが控えている。

 ちなみにもう一人の副指揮官は、蒼い顔に脂汗を流し、胃を押さえたまま倒れてしまったので、外に運び出された。


「はっ」


 グエンの正面にひざまずいているのは、指揮官ヨークが生まれる前からのヨーク家の家臣という、古参の風格をまとった壮年の副官だ。

 彼は、昨夜からの指揮官ヨークの動きを整然と、淀みなく報告し始めた。

 グエンはもちろん、マリアもサイカもわずかも情報を取りこぼすまいと耳を傾ける。


 唯一、レオナだけが後ろでなにか呟いていた。


    ――――    ――――


 が、グエンが耳を澄ませても、微かに聞こえるのは意味の解らないおんの羅列でしかなく、そしてそれもすぐに終わった。


 使者二人も気にする様子はなく、副官に至っては聞こえてすらないようだった。

 グエンもそれ以上はとくに興味を持つこともなく、すぐにレオナから副官へ意識を戻し、その報告に耳を傾ける。


「――そして、未明に森を探らせていた従者よりゴブリンキングが少数のゴブリンと共に森の外れにいたとの報告があり、若様はその場にいた手勢のみで急ぎその場所へと向かいました」


 ゴブリンキングといえば、ゴブリンの大きな群れを統べる上位種だ。

 総数が百にもなろうかというゴブリンの群れであれば、キングが生まれてきてもおかしくはない。

 たしかにこれを倒せば、群れの統率は大幅に弱まる。


 昨夜決まった作戦では独自の采配の余地がない指揮官殿ヨークは、作戦前にゴブリンキングの討伐により群れを弱体化させ、作戦を容易にすることで己が戦功を誇ろうとしたというわけだ。


「なぜ指揮官殿は少数で向かった? なぜ兵を招集しなかったのだ?」

「若様はゴブリンキングがその場から離れる前にと、時間をなによりも優先されておりましたゆえ。ゴブリンキング程度であれば、手勢で充分だと」


 寝ている二百の兵たちを起こして隊列を整えて移動――などとやるよりは、直属の従者だけで動く方が早いのはたしかだ。

 それにゴブリンキングといえども、一緒にいたゴブリンが少数ということであれば、戦いに慣れた人間の武装兵が十人もいれば、正面から戦って後れを取る心配などない。

 そう。正面からであれば。


「そして、従者が発見した場所のほど近くでゴブリンキングどもと戦闘になったのですが、そこで若様が罠にかかり、動けなくなったところで、ゴブリンキングの刃により命を落とされました。そのときの動揺で供回りがわたくしを除いて全滅。わたくしは命からがらこちらへ舞い戻り、こうして生き恥をさらしている次第です」

「罠、か」


 グエンがつぶやく。

 ゴブリンは、それなりの知能を有する。

 武器に毒になる物を塗ったりするし、たしかに罠だって使う。

 ゴブリンキングが統率していたのであれば、ましてや相手のホームグラウンドでの戦闘に際してであれば、何も知恵を巡らせていないと思う方が間違いだ。

 狩り用に設置していた罠を流用されたとしても、なにもおかしくはない。


「それで、そなたは指揮官殿の死を、しかとその目で見たのだな?」

「は。間違いなく。首と胴が分かれたご遺体を、ゴブリンどもが運び去ったのを確認いたしました」

「遺体をゴブリンどもが運び去っただと?」


 食糧難と思われるゴブリン――ならば、用途はひとつではないか。

 それは、この世界の人間の感覚として、非常に忌み嫌われることだ。

 すぐにでもゴブリンの巣へ軍を動かし、取り返さねば――そうグエンが考えていると。


「レオナ。今の話は、?」


 マリアが、またいきなり背後のレオナに声をかけた。


「え、と……バレてました?」


 疑問形だが、まあそうだろうなという表情で確認してみただけといった感じのレオナ。

 マリアは前の副官から目を離さないまま、フッと軽く笑う。


「私の後ろで堂々と呪文を唱えておいてよく言う」

「ティア様がバラしたんですか?」

「別に秘密でもないと聞いたぞ?」

「いや、たしかにそうですけど。屋敷では使う必要もないんで、わざわざ周りに言ってないだけなんですが」


 でも、、人のことを吹聴する人じゃないんだけどな――と、レオナは口の中で呟く。

 そのとき、二人ティアとマリア話していたのだろうか。


「……いったい、何の話をされているのですかな?」


 マリアとレオナの会話に、いぶかしげな副官の問いが割って入る。

 マリアは副官の目を見据えたまま、楽しそうに笑った。


「副官殿は、魔法については詳しいかな?」

「魔法、ですと? ――まさか!?」


 魔法――人間の社会にはそれほど使い手がおらず、世間では超常的な現象を起こす不可思議な術だという程度の認識だ。

 だが、それで十分。


「そういうことだ――な、レオナ?」

「はい。目には見えていなかったと思いますが、先ほどから魔法妖精を使って、あなたの言葉の真偽を見ていました」


 副官の顔から一気に血の気が引いた。

 たしかに魔法の知識はなかったが、この場にいる者――とくに副指揮官のグエンが異を挟まずにいることで、レオナの言葉が真実である、少なくともと悟ったのだ。


「最初の部分は真実。ですが、ゴブリンとの戦闘の話以降――すべて嘘でした」


 レオナの言葉に、蒼白の副官の表情が一気に引きる。

 こんな展開は、さすがに想定していなかったのだろう。


「ほう。すべて、ということは?」


 グエンの問いに、レオナは淡々と答える。


「ゴブリンキングと戦ったことがそもそも嘘。指揮官様や供回りの方が亡くなったことも嘘。もちろん、遺体を持ち去られたというのも嘘ですね」

「……そこまで判るのか。魔法とは恐ろしいものだな」

「ほんと、卑怯チートスキルですよね」


 恐れの色をにじませて振り返るグエンに、レオナは肩をすくめて答えた。


「くそっ!」


 副官が、何の予備動作もなしに立ち上がり、背後の入口へと向かって駆け出す。

 その判断の早さは、称賛に値するほどだ。

 だが次の瞬間。


「ぐっ……!」


 動きを止め、そのまま床へ倒れてしまった。

 その崩れ落ちる副官の向こうから、入口を背に悠然と立つサイカの姿が現れる。


「安心してください。峰打ちです」


 鞘に戻した片刃の剣が、チンと澄んだ音を響かせた。

 副官に傷はない。

 刃のない側で打ちえただけらしい。


「いつの間に……」


 グエンが呆然と呟く。

 グエン自身は、逃げ出した副官に反応して立ち上がり、一歩を踏み出そうとした姿で固まっていた。


「グエン殿。どうやら、この副官から情報を引き出す必要がありそうだな」

「……た、たしかに」


 マリアに声をかけられたグエンの反応は、少々鈍い。

 さすがのグエンも、色々意表を突かれて脳内の処理が追い付いていないようだった。


「ふふ。尋問であれば、わたくしにお任せいただけますか?」


 戸惑いが残るグエンに、サイカが物騒な許可を求める。


「あ、ああ……」

「では、空いている幕舎をお借りします。グエン殿は、立ち合いをお願いします」


 サイカはニッコリ笑って意識を失った副官の胸倉を掴んだ。

 そして、まだ呆然としているグエンを引き連れ、そのまま片手で副官を引きずって幕舎を出て行った。




   ■■■




「あのー、マリア様?」

「ん? どうした?」


 幕舎に残されたのは、レオナとマリア。

 サイカによる尋問が終わるまで、とくにすることもないので、待機というやつだ。

 それはいいのだが。


「椅子は余ってるので……その……」


 マリアは、椅子に座っている。

 幕舎の中の調度は、重臣の御曹司ぼんぼんである指揮官殿の趣味を反映してるのか、かなり豪勢だ。

 マリアの座る椅子もかなりゆったりしたサイズ。

 だからと言って。


「これはさすがにちょっと……」


 レオナは、座っていた。

 膝の上にまたがるように座らされ、抱きかかえられている。

 両腕ごと固定ホールドされているので、一切身動きが取れない。

 その上。


「なんだ、私の膝の上はイヤなのか?」


 レオナの肩の上にあごを乗せたマリアが話すと、そのささやくような声と共に、吐息が耳をくすぐっていく。


「あっ……いえ! ただ、ここはいつ人が来るか判りませんし、さすがに……」


 幕舎は今、入口が閉じられているとはいえ、鍵がかかっているわけではない。

 それに、外には衛兵が立っている。

 こんな状況を入って来た誰かに見られたらと思うと気が気じゃないレオナは、おかしいだろうか?


「ふふっ――気にするな。しばらくこのままでいてもらうぞ」


 レオナの両腕ごとお腹の辺りに回されたマリアの腕が、心なしかきゅっと締め付けてくる。


「~~~~~~~~っ!」


 マリアは近衛隊としてではなく、使者としてここにいる。

 つまりは、近衛隊の金属鎧は身に着けず、使者としての衣装――つまりは、布――をまとっているわけだ。


(マリアさん、かっこいい雰囲気オーラだまされるんだけど――スタイルは女性的なんだよなー)


 おかげで、さっきからレオナの意識は自分の背中の感触に集中していて、落ち着かないことこの上なかった。

 馬車でのことが、脳裏をよぎる。

 この後何をされるのかと、ビクビクドキドキしているレオナの耳元で、マリアが小さくささやく。


「この後の話をする。万が一にも誰かに聞かれたくない。お前も、声を落とせ」

「……はい」


 これまでとは一転して、マリアの声から甘さが消えていた。

 レオナも、気持ちを切り替える。


「この後、おそらく戦闘になる。あの副官がわざわざ策をろうしてきた以上、向こうが想定するように兵を動かすのではなく、少数で動く必要があるだろう」

「はい」


 マリアの見解に、レオナはすぐさま同意を返した。

 そこには、刹那の逡巡もなかった。


「ふっ、お前も考えていたか。なら話は早い。今回のゴブリン討伐に集められた雑兵では、役に立たん。我々が動くしかないだろう」


 そこでだ――マリアが一拍置き、レオナに問う。


「お前も、戦力として計算したい。お前がどれくらい戦えるのか、教えてくれ。剣、それから――使える魔法についてだ」

「判りました。ですが……」

「なんだ?」

「あの……マリア様の右手なんですが……」


 マリアの両腕はレオナのお腹辺りを抱えていたはずが、いつの間にか右手だけが下がってきていた。

 メイド服のスカートが、マリアの指によって、必死に閉じようとしているレオナの太ももの間に押し込まれていく。


「気にするな」

「いや、気にしますって……あっ……ちょ……」


 結局、レオナの剣と魔法の力を話す間――この攻防は、ずっと続いたのであった。

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