第6話
「このクソがきっ!」
頭の上で雷が落ちたような怒鳴り声がしたかとおもうと、ゴツンと鈍い音がした。鉄球のような拳骨がスメラギの白髪の頭におちて、スメラギは声もあげられないでいる。
「どうも、先生方、こいつがご迷惑かけまして」
とたんに声が裏返って、角田や校長、女担任にペコペコ頭を下げているのは、スメラギの父親だった。
派手な柄の解禁シャツの胸元にはスメラギと同じ紫色の丸メガネがかかっている。てっきりスメラギ同様、白髪だとばかり思いこんでいた頭は黒々として、背はこれはスメラギの父親らしく、高い。少しばかり酒と香水の甘い香りを漂わせていた。
「クソおやじ、また飲んでんのかよ」
「おめぇみたいなクソガキがいたんじゃ、飲まなきゃやってられねぇんだよ」
「なんだとっ」
親子ゲンカが始まって、スメラギの怪我がまた増えそうになるのを、角田が割って止めに入った。その様子に、まわりでヒソヒソ言葉がたった。
“やっぱりねえ”“この親にしてこの子ありよねえ”
スメラギの実家は代々の旧家で、このあたりの土地はほとんどを皇家が所有し、働かなくても食べていくのには困らない。スメラギの父は、昔はサラリーマンをしていたが、今は自由の身らしく、ふらりと街を出ていき、出ていったときと同じようにふらりと帰ってきては、必ず美月の父親のもとをたずねる。そのたびに、「大きくなったなあ」と目を細めて美月の頭をなでた。
スメラギの父が変わったと感じたのは、スメラギが美月の住む街に戻ってきた時だから、2年前だ。スメラギの両親はスメラギが幼い頃に離婚し、スメラギは母親に引き取られた。その母親が事故死し、スメラギが父親である慎也と暮らし始めたころだ。不幸な事故直後より、1年ほど時間が流れたあとのほうが慎也の荒れ様がひどかった。浴びるように酒を飲み始め、酔っ払って暴れたり、夜遅くまで遊び歩いては、美月の父親にたしなめられるが、夜遊びも酒も一向にやめる気配がない。
美月は、口もとをおさえてコソコソ噂話に花を咲かせている母親たちを睨みつけた。昼間から酒を飲んでいるような親の子だから、手がつけられない問題児なんだとでも? スメラギの何を知っているというんだ。誰も面倒みなかったウサギを可愛がっていたのはスメラギだったんだ、それを簡単に殺したのは、髪が真っ黒で“普通です”って顔して平気でウソつくあんたたちの子どものほうじゃないか。
何もかもぶちまけてやりたい。だが、スメラギに握り締められた手首の痛みが残って“何も言うな”と言う。
「悪かったな、その目」
父親に引き摺られていこうとするスメラギがつぶやいた。暴れるスメラギを羽交い絞めにしようとした時にスメラギの肘があたった左目は、青あざに縁取られていた。
「2、3日したら腫れもひくさ」
氷で冷やしながら、美月は懸命の笑顔をつくった。
「うん……」
父親の背中について、スメラギは廊下の先に消えていった。その姿が、2年前、父親の背中に隠れて美月家を訪れた時の幼いスメラギと重なった。
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