第3話
その日の朝、授業開始のベルが鳴ったと同時に、スメラギが教室に入ってきた。遅刻は当たり前のスメラギが珍しいもんだと美月が不思議におもっていると、スメラギは吹き抜ける風のように静かに机の間をぬい、教室の片隅にむかった。その手に形の定まらない何かを持っている。
いつも自分をからかっていじめているグループがたむろしている一角にたどりつくと、スメラギは、手にしていた物体をそばにあった机の上に叩きつけた。
ぬちゃり―水風船を落としたときのような重く湿った音がした。
それは、皮を剥がされたウサギの肉塊だった。
たちまち血が机の上に滲み出し、グループの連中が机や椅子にけつまずきながら、あたりに散った。
スメラギはウサギの肉を片手に、逃げ遅れた生徒の襟首をつかまえ、その口に肉の塊を押し付けた。
「喰えよ! 殺したんだったら喰ってやれよ!」
生徒はスメラギをはじけとばし、その口をぬぐった。袖口に血がついたのをみて腰を抜かし、だらしない悲鳴をあげている。スメラギは次の獲物を探しにかかっていた。
「何だよ、喰わねぇのかよ! 喰わねぇのに殺したのかよっ! ざっけんじゃねーぞっ!」
スメラギはウサギを床に叩きつけた。とたんに肉片が飛び散り、女子は悲鳴をあげて教室の外へと逃げ出した。
「命なんだぞ! 誰かの命を支える命だ! それを奪っていいのは、生きようとする時だけだ! 生きるの死ぬの瀬戸際に立ったこともないくせに、命だけ奪ってんじゃねーよ!」
そう叫びながら、机や椅子をかき分け、スメラギは手当たり次第にあたりの人間に殴りかかっていった。
スメラギの行く手には悲鳴があがり、床には点々と血が滴った。あたりに充満する血と死臭のすえた臭い。教室はさながら地獄と化していた。
床にへたりこんで泣き出すもの、悲鳴なのか助けを呼んでいるのか、わけのわからないことを叫んでいるもの ― 正気でいるのは誰ひとりいなかった。美月を除いては。
美月は、馬乗りになって狂ったように殴りつけている生徒のもとからスメラギをひきはがそうとした。人並外れて体格のいい、そして力のあるスメラギを押さえつけるのには力がいった。だが、体格だけでいったら美月も負けてはいない。
「おい、やめろったら!」
美月の制止の声は届いていない。スメラギは我を失っていた。
「よさないかっ!」
ふりあげる両腕を羽交い絞めにしようとしたその瞬間、スメラギの肘が美月の左目に入った。
「っ!」
美月が思わず声をあげると、一瞬、スメラギの力が弱まった。その隙に、美月はスメラギを取り押さえた。
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