第2話
帰り支度を済ませ、校舎を出ると、校庭の隅に光るものがあった。
スメラギの白髪が夕映えに照り輝いている。しゃがみこんで抱えた格好の腕のなかに、もぞもぞと動くものがあった。
富士見坂中学では、ウサギを飼っていた。生徒が交替で世話をすることになっていたが、特に誰がという決まりはなかった。誰が面倒みるというわけでもなく、見捨てられた格好のウサギだったが、飼育小屋内の地面を掘って外に出てエサをとっているらしく、たくましく生き延びている。
スメラギが抱いているのは、ウサギだった。慣れたもので、スメラギの手から野菜の切れ端をもらい、鼻をひくつかせながら葉をむしり取って食べている。その様子を、スメラギは目を細めて見入っている。
―笑えるんだ
そういえば、この1か月、スメラギの笑顔というものをみたことがない。いつも怒っているような、泣き出しそうな顔をしているだけに、その笑顔は美月にとって新鮮な驚きだった。
その笑顔は、まるで誰かに向けられているようだった。スメラギの周りには誰もいない。にもかかわらず、まるでそこに誰かがいるかのようにスメラギは空にむかって笑いかけ、時々、しゃべりかけてもいるようにみえた。
―この風景、どこかで―
同じ風景を遠い昔に目にしている。
思い出した、あれは3歳ぐらいの頃だ。
公園で、ひとりでに揺れているブランコを見たのだ。今と同じような夕暮れ時、誰も揺らしていないのに宙を舞うブランコ―そしてかたわらには白い髪の小さな男の子。男の子は、まるで誰かが乗っているかのように、揺れるブランコにむかって笑いかけていた。
あの男の子はスメラギだ。
2年前が初めてだったわけじゃなかったのか。
両親が離婚するまではこの街に住んでいたという話だから、幼い頃どこかで出会っていたとしてもおかしくない。
子ども心に、あれは夕焼けがみせた幻だとばかり思っていたが、現実の光景だったとは。
沈みかけの太陽が投げかける最後の光に、スメラギの白髪が照り輝いている。
それにしても、キレイなもんだ―他の子どもたちはスメラギの白髪を忌み嫌うが、美月は美しいと思っている。
風に揺れるタンポポの綿帽子だな―そういったらスメラギは怒るだろうか。
怒るだろうな―スメラギに喧嘩を売られる場面を想像し、苦笑いを浮かべながら美月は校庭を後にした。
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