第409話 特殊で済まさない
騙し煽てて発破をかけ激励し、種子島以外も駆け回り、多分俺のここ二週間の移動距離を合算したら地球が一周できてしまうのではなかろうか?
と思って計算したら、日平均百キロもいってなかった。
特に俺から職場に押しかけるぞとアクションしなかったら、是非うちにも来てくれ、是非是非、とかそっこら中から催促の連絡が来て意味不明だ。
俺が起きてた頃は、代表が現場視察に来るとかなったら、全員大わらわ。いきなり大掃除が始まったり使いそうな数字全部見直したり通常業務に支障をきたして皆からブーイングの嵐になったもんだ。
三日前に、二ノ宮を通して華山院から会合が確定したと連絡があり、場所はドバイとマスカットどっちが良いか聞かれたのでマスカットにしておいた。古代人としてはオマーンの方が親日に感じるんだよな。
そこなら貝塚が既に空母群を展開していて、本州からチュムポーン経由で飛行機に乗せてってくれるとのお言葉を頂き、二ノ宮の孫会社の支店も有るし、融通は利く。
逆にドバイはスコッチテックのテリトリーなので危険過ぎて選択肢に入らなかった。
あえてこの二つを出してきたんだろうが、ドバイを選んだら奴らどうするつもりだったんだろう?
中東出張の前日。
最後の最後まで現場周りしていた俺は結構ヘトヘトだった。
愛想笑いし過ぎで表情筋が歪に鍛えられて顔の形が変わってしまうかもしれん。
「リョウ君、何やってるの」
「何って。撮影会?」
一番最後の外回り、二ノ宮データセンターに顔を出した俺は、情報課の面々に写真を撮ってくれとせがまれて、いつの間にかポーズを決めて撮影会になってしまった。
こんなんじゃ兼康の事言えない。
部屋に入ってきた途端、呆れ顔のスミレさんは、取り巻いてた秘書たちを下がらせると隅っこで腕を組んで立っている。この苦行が終わるまで待っていてくれるようだ。
二ノ宮地所のトップを前にして、気にせず撮影会を続ける情報課の女子社員面々の面の厚さよ。
一枚撮る度にキャーキャー言ってる。
「俺の写真なんか、何の価値も無いだろ」
「分かってないですねえ!それに、つつみ専務が一緒に居ない時なんてレアケースなんですから!」
オフラインだからと言いたい放題だ。
「分かってると思うけど、画像は外には出せないわよ?」
「存じております!イントラネットの範囲内で愉しむ所存ですっ!」
「なら良いけど」
半笑いのスミレさんにも物怖じしない。
あれ?
「専務?」
つつみちゃん会社役員なのは知ってたけど、常務じゃなかったっけ?
「ああ、ツツミまだ言ってなかったの?」
俺の疑問に気付いたスミレさんが応えた。
「常務だと業務の拘束時間が多いから異動してもらったの」
縁故で入った役立たずの名ばかり役員でもあるまいに。
今のご時世、そういう理由で昇進するのはつつみちゃんくらいだろう。
会社も音楽もあるだろうに、時間を割いてもらっている身としては心苦しい。
足を向けない処か、五体投地しながら毎朝カンシャしなきゃなレベルだ。
否。カンシャなんか示したら不機嫌になってメンタルボコボコされてしまう。やっぱ無しだな。
「そろそろ良いかしら?」
俺が愛想笑いし過ぎで涙目になったのを察してくれたのか、スミレさんが助け船を出してくれた。
「「「えーっ」」」
女子たちに紛れておっさんらまでブーイングしてる。
お前らなあ。もう散々撮っただろ!
「今夜は予約してあったの、遠慮してくれないかしら?」
そうでしたっけ?
スミレさんが上目遣いで見回すと、皆もじもじして気持ち悪いなおい。
まぁ、俺もこんな目で見られたらもじもじしちゃうけど。
ディナーの予約なんてしてなかったのだが、地所のスミレさんのプライベートラウンジで夕食を御馳走になった。
寿司バーのカウンターに二人して腰掛け、仲間内をネタに下らない話で盛り上がりながら割烹料理に舌鼓を打つ。
席を隠れ家的な座敷に移して休憩中、お茶を煎れたコンシェルジュが障子を閉めた後、遠ざかったのを確認してから、スミレさんが本題に入り始める。
「百年」
「うん?」
「百年縮まったわ」
エレベータ―の事か。
「仲間も増えた。有り得ないくらいね」
悪戯が成功した子供みたいにクスクス笑っている。
「まだまだ増える」
「あらあら」
信じてないな。
「タイミングは頼む」
「そこはばっちり任せて。それより、向こうの反政府勢力に寝首を掻かれない様にね」
反政府勢力?
「スコッチテックじゃなくて?」
「そうよ。欧州の活動家たちは、卑劣さではこっちのナチュラリストといい勝負かしら?」
最悪って事じゃん。
「宗教戦争に巻きこまれるつもりは無い」
「そうね。こっちにつもりが無くとも、彼らは関係ないわ」
少し潤んだ目で、悲しそうに清酒のお猪口に口を付ける。
「ああ。そうそう。後、色々調べてたみたいだけど」
何だ?
「彼らの事は昔の色眼鏡で見ないであげて?」
俺が何を調べてどんな考えでいるのか、しっかりバレているらしい。
「それは向こうの出方次第だ」
猿扱いされて話が通じなかったら、なんて事も想定しておかないといけない。
「彼らはブリティッシュとは違うわ」
あれ?
「つつみちゃんが拝金主義だとか言ってたけど」
「ツツミそんな事言ってたの?拝金というか、重金主義に見えるのは否定しないわ」
少し言葉を選んでいるのか、お猪口を置いた。
殻付き甘エビのたたきの小鉢をつついて、もう一度喉を潤してから俺にも箸を勧める。
食い物に見えなかったのだが、卵のプチプチが癖になる。
こんなのハジメテ。
これはポン酒が欲しいな。
「駄目よ」
「何も言ってない」
片眉を器用に上げた。
なんか少し酔ってるみたいだな。
「スコテシュは、あの環境では特殊な」
俺の顔に出たのに気付いたのだろう。
笑いながら言い直す。
「類を見ない性質の遺伝子ホルダーなの」
”特殊”が嫌いなのを配慮して頂いたみたいだ。
「どう違うんだ?」
「血統をずっと守ってる。アーリア民族より強固にね」
選民主義なのか?
「彼らはドイツとも違う、どちらかというとわたしたちに近いわ」
想像が付かない。
「アーリアは誇り高いって感じで、スコテシュは気高いってニュアンスかしら?」
「あー」
なんとなく分かる。
「話してみれば分かるわ。わたしも以前は金庫番と一緒に潰す予定だったの」
恐ろしい事軽く仰いますね。
「彼らは首は垂れなかったけど、敵愾心も無かった。彼らは、ヨーロッパで唯一、姑息ではないわ」
姑息じゃない。か。
なら何でこんな事をするのか、今ここでスミレさんに聞く必要は無い。
知ってればとっくに教えてくれただろうし、あと数日後には分かる事だ。
「わかったよ」
「下らない訃報だけは嫌よ?」
向こうで脳缶にされる心配はしないんですね。
「飽和攻撃は貝塚が動いてくれる。それ以外は、寝ててもだいたいなんとかなる」
「自信満々ね」
それだけの準備をしていく。
俺は準備大好きなんだ。
スミレさんとはラウンジでさらりと分かれ、見送りは無かった。
地所の屋上に行くと、ヘリポートの中、エンジンの温まった白いグライダーの前につつみちゃんが立っていた。
まだ少し肌寒いのに、こんなトコで待ってたのか?
ゆったり美味いモノ喰いまくってきて、めっちゃ気まずいんだが。
ヤッケのポケットに両手を突っ込んで、口元まで上げたジッパーを咥えながら寒そうに首を窄めている。
「お別れは済んだ?」
「特攻隊かよ」
今回、交渉テーブルにつつみちゃんは来ない。
ほぼ全員が、俺だけの方が良いと判断した。
可美村と井上は既に現地入りして場を整えてもらっている。
案の定テロが多くて、政府と協力して掃討の最中らしい。
俺とスコッチテックの話し合いを聞きつけて、連日わんさか入ってきてお祭り状態だそうだ。
「まだ迷ってる」
「うん?」
「一緒に行こうかって」
ああ。
「乗るか?」
軽く言ったら目が点になっている。
「このまま沖縄で給油して、チュムポーンまで一直線だ。したらスミレさんも戻れとは言わないだろ」
「一緒に行って欲しいの?」
そうして欲しいのはやまやまなんだが。
「ささっと片付けてくるから、泥船に乗ったつもりで任せてくれ」
つつみちゃんはこっちに居ないと困る。
「サトウさん聞いてたら怒るよ」
念の為、周りの無人機たちをチェックする。
大丈夫。ここには貝塚の力は及ばない。
「ダイジョブ。聞いてない」
向かい合ったまま何も言わずに立っていた。
深呼吸して、つつみちゃんが重そうに顔を上げ、一歩横にどいた。
「いってらっしゃい」
「ん。ちと行ってくる」
つつみちゃんとこうすれ違うのは何度目だろう。
なんか、振り返ったら衝動で抱きつきそうで、流石にセクハラで訴えられる訳にはいかないので我慢だ。
座席について、上昇し始めてから窓の外を見ると、風上で耳を手で塞ぎながらまだこっちを見ているハーフエルフが見えた。
こっちが見えてるか分からないけど手を振る。
振り返したように見えたが、拡大して確かめる気にはならなかった。
どんな顔をしているのか、知るのが怖かった。
「副代表。なんでチューしねえの?馬鹿なの?」
お前雰囲気台無しだな。
「前見て操縦しろ」
操縦席で振り返ってこっちを見ている馬鹿の所為で、高尚な心構えが霧散してしまった。
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